忍の心を揺らした少女
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美夜ちゃんを見送った時、どこかへ走り去る影があった。美夜ちゃんが俺を訪ねて来た時から彼女の後を着けていた影だ。美夜ちゃんの護衛の数が増えているのもそれが原因だろう。当の本人は護衛がいることにすら気付いていないみたいだけど。
少し経つと俺を監視していた忍の気配が遠ざかった。引き上げたのかと思ったが、研ぎ澄まされた忍の五感が不穏な気配を複数捉えた。
美夜ちゃんの後を着けていた男と何らかの関わりがある可能性が高い。太一の変装を解いて影に身を潜ませながら周囲を探る。忍と思われる気配と、その三倍はあるかというほどの不穏な気配。
周囲の気配も緊迫したものへと変化し、忍の気配が慌ただしく動き始めた。時折聞こえてくる金属音は刃が打ち合わさる音だ。音の出所を探って移動していた時、微かに悲鳴が聞こえた。美夜ちゃんの声に似ている。
やはりこの騒ぎは彼女が関係しているらしい。途中、忍がごろつきや侍崩れ達を相手にしている姿を目撃しながら美夜ちゃんの悲鳴が聞こえた辺りを目指した。
神経を張り詰めさせている伊達家お抱えの忍達に見つからずに移動するのはさすがの俺様でも一苦労で、ようやく美夜ちゃんの姿を捉えたのは彼女が路地裏に隠れようとしている時だった。
どうやら待ち伏せを受けたらしい。増やされる前から美夜ちゃんの護衛をしていたくのいちが一人で敵と対していた。その待ち伏せしていた連中の中に、見覚えのある子供の姿を見付けた。
あの子供は先日美夜ちゃんの後を着けたかと思えば城の通用門を潜る美夜ちゃんのことを、ぶつかった相手に対するものとしては不穏過ぎるほどの憎悪の感情を剥き出しにして見ていた子供だ。
気になって調べてみた結果、竜の旦那に熱心に娘を売り込んでいる男の子供だった。男の屋敷には既に密かに監視が置かれていたし、俺にも監視の目があり徒に警戒されるのを避けるためにも詳しくは調べられなかったがこれだけ分かっていればこの襲撃の意図など簡単に予想がつく。
古今東西、身分のある人間が邪魔な存在を排除する方法として最も用いるのは暗殺だったり策を巡らせて自害に追い込んだりとそこに至るまでの方法は様々あるが相手の命ごと始末すること。
父親は今回の戦に従軍しているはずだしここに居るということはこの計画を立てたのはあの子供なのだろう。父親に褒められたい一心か他に理由があるのか。もしぶつかったことだけが理由だったらあの子供終わってるなーなどと思っていたその時、隠れている美夜ちゃんに向かって一つの気配が近付いているのに気付いた。
ごろつき共の相手をしているくのいちが気付いた様子は無い。ごろつきの相手に手一杯といった感じだ。相手の数は多いがあのくのいちの腕は悪くない。なのにまだ片付かないのはどうやら相手を殺さずに片付けようとしているらしい。
騒ぎを大きくしないためか、それとも美夜ちゃんが直ぐ側に居るからか。さすがにこればかりは想像するしかない。何となく後者な気はするが。
それよりもと美夜ちゃんの様子を探るため、地中へと潜ると路地裏の影へと身を潜ませた。
程なくして現れたのは一目で姫として育てられたと分かる娘だった。言葉だけでなく態度や顔にも高飛車で高慢な性格が如実に現れている。懐刀を振りかざし、本当はしたくないと言いながらも躊躇いは微塵も感じられない。美夜ちゃんを下賎の女と蔑んでいるからか。きっと女の中では美夜ちゃんを殺すことは羽虫を殺すのと同程度なのだろう。
俺様から言わせればあんたは身分や顔の造作は良くとも中身は卑しく醜い小娘だ。対して美夜ちゃんは表情豊かで良くも悪くも正直で、そして驚くほど律儀で礼儀正しい。
城下で良い噂ばかりが流れているのは城で働く、実際に美夜ちゃんと接したことのある人間が彼女のことを慕っているからだろう。この女では天地がひっくり返っても得られないものだ。
くのいちはまだ美夜ちゃんに迫る危機に気付いていない。このままならあの子は殺されるだろう。逃げるだけの体力が残っているようには見えない。
あんな女に美夜ちゃんを殺させて良いのか?
ふいに浮かんだ感情に戸惑う。あの子はただの調査対象だ。それ以上でも以下でもない。彼女を助けるのは伊達家お抱えの忍の仕事で俺様のすべきことじゃない。
「私は、許婚なんかじゃ、ない……」
泣きながら話す美夜ゃんの姿は見ているだけで痛々しかった。偽の許嫁という立場がそれほどに悲しく辛いのか。
「お前、政宗様に恋をしてしまったのね」
「え……」
呆けたように固まる美夜ちゃんを見て、やっぱり無自覚だったかと悟る。美夜ちゃんと話している時、情報を引き出すためにさりげなく竜の旦那が関係してくる話題を振り撒いた。
答える美夜ちゃんは竜の旦那の名前こそ伏せていたし曖昧にぼかして(上手く出来ていなかったけど)話していても、言葉の端々から竜の旦那に対する特別な感情が見え隠れしていた。何より表情が言葉よりも雄弁に感情を語っていた。
女が懐刀を振り上げた。美夜ちゃんの目はその動きを追ってはいるが認識しているようには見えない。それほどに言われた言葉が衝撃的だったのか。
気付けば女の腕に向かって手裏剣を投げようとしていた。美夜ちゃんを助ける義理も義務も理由も、俺様には無いってのに。自身の無意識の行動に戸惑っている間に、ドサリと重さのあるものが倒れる音を耳が拾った。
視線を戻せば女が刃に付いた血を美夜ちゃんの袖で拭っていた。そうして女は懐刀を仕舞うと、美夜ちゃんを一瞥すらせずに去って行った。やはりあの女にとっては美夜ちゃんの命など羽虫と一緒なのだろう。
女の姿が完全に消えるのを待って美夜ちゃんの傍らへと移動する。まだ胸は上下しているが、流れ出す血の量を考えれば最早手遅れなのは明らか。重苦しいものが俺の胸に渦巻いている。
美夜ちゃんを見殺しにしたことを悔いてでもいるってのか? 俺はそれほどに美夜ちゃんのことを?
「………う」
吐いた血で汚れた美夜ちゃんの唇が動いた。膝を突いて口元に耳を寄せる。何をしている? もう調査の必要は無くなったのだからさっさと帰還すべきだろう。理性がそう訴えても体は美夜ちゃんの最期の言葉を聞こうとするのを止めなかった。
「……が…う………いじゃ、な……」
違う。恋じゃない。
死を目前にしても、思うことがこれか。なぜそうまでして否定する必要がある? 死への恐怖を凌駕するほどに。竜の旦那を好きになってはいけない理由でもあるのか? 身分の差だけでこれほどまでに頑なになるのものなのか?
「ま、さ……」
ヒューヒューと喉が鳴っているにも関わらず、その言葉だけははっきりと聞こえた。頑なに感情を否定して、それでも強く願う。短い言葉の中に、幾つもの感情が篭っているように感じられた。
美夜ちゃんの目から涙が一滴、流れ落ちる。
その時だった。美夜ちゃんの胸元から微かに光が漏れているのに気付く。確かそこに、お守りだとかいう石を下げていなかったか。昼間、一瞬しか触れなかったが触れた指先に針を刺されたような刺激を感じた不可思議な石だ。
気にはなったが複数の気配がこちらへとかなりの早さで近付いてくる。ごろつき共を全て片付け終わった忍が駆け付けているのだろう。ならば見つからないうちに立ち去らなければ。
「美夜様に何をした!」
闇に身を溶け込ませる間際、くのいちの怒号が響いた。あのくのいちもまた、美夜ちゃんの影響を受けたのかもしれない。
忍は道具だ。主のために生き、主のために死ぬ。感情など何よりも先に排除すべき不必要な代物。なのに、美夜ちゃんといると捨てたはずの感情が呼び覚まされる気がする。
美夜ちゃんと接していると、話していると、無意識のうちに自分の中の見えない部分を揺さぶられる。それとも、美夜ちゃんの豊かな感情が、捨てて虚ろになった部分に入り込むのか。
旦那に似ている。表情が豊かで隠し事が下手で、感情がすぐ顔に出る。俺があの子を気にしてしまうのはだからなのかもしれない。
だが今となってはもう関係の無い話だ。彼女の命は最早、数刻も持たないのだから。
終