らしくない
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なーんであんな真面目に相談に乗っちゃったんだろ。
ごろりと床に寝転がる。伊達政宗を初めとした伊達軍の偵察の際の活動拠点の一つである長屋の一部屋で、その部屋の天井を見るともなしに見ながら思い出すのは昼間接触した少女のこと。
最初に彼女の存在を知ったのは初夏の頃。ある日突然、奥州筆頭伊達政宗の元に許嫁が現れたとの報告がもたらされた。
伊達政宗は未だ独り身。数多の縁談を全て断っているだけでなくしばらくは誰も娶るつもりは無いと公言していた。それなのにいきなり許嫁の存在が現れれば怪訝に思うのは当然のこと。ましてそれまで許嫁に関する情報が噂ですら全く無かったのだから尚更だった。
直ぐに配下に許嫁の女がどこの家の者か調べさせた。一定以上の地位にある者の婚姻には必ずと言って良いほど政略が絡んでいる。だからこそしばらく誰も娶らないと言っていた男が突然その言をひっくり返すにはそこに何か大きな意味があるはず。
だが、どれだけ調べても女の素性は全く分からなかった。奥州近辺のみならず日ノ本全てに調査の手を広げたにも関わらず、女に関する情報は何一つ出てこなかった。
伊達政宗は南蛮との交易に力を入れている。その関係で知り合った女かとも思ったが許嫁の女の顔立ちはどう見ても南蛮人では無く同じ日ノ本の人間のそれ。もしも南蛮育ちの日ノ本の人間だったとしても、そんな珍しい人物の情報が何も出てこないというのは考え難い。
城下ではどこそこの出らしいという噂が、馬鹿馬鹿しい天女説の噂に紛れるように幾つか流れてはいたがどれも出所の不確かなものばかり。それは余りにも不自然だった。どれだけ巧妙に情報を隠しても、絶対に全てを隠すことは出来ない。綺麗に隠せば隠すほど、俺達のような人間の目には消された痕跡が違和感となって現れるからだ。
残された方法は件の女と直接関わっている人間から情報を入手すること。だが独眼竜の名は見せ掛けではない。その右目も。おかげで中々潜入の糸口が見つからなかった。ならばと遊びだ何だと街に繰り出してきた伊達軍の兵に接触してみたが全て無駄に終わった。
誰一人として有益な情報は持っておらず(尊敬する伊達政宗が連れてきた女なら素性など気にならないらしい)、それどころか口を揃えて言うことは「姫さんは乳と背はちっさいけど笑顔が可愛くて優しくって最高に素晴らしい人なんだぜ! 怒らせると角材で股間を殴られるらしいけどな!」だった。
酒のおごり損だ。俺が聞きたいのはそんなことじゃないってのに。だいたい機嫌を損ねただけで男の急所を角材で殴る姫ってなんだ。お転婆なんてもんじゃない。野蛮過ぎるだろ。
少女に関する幾つかの噂の中で唯一、天女云々の噂のみ伊達軍の兵達から広まったことがはっきりしていたのだが、同じ軍に所属していながら語る内容の落差に別の意味でも少女のことが気になり始めた。
こうなればもう彼女付きの侍女に接触するしかないと潜入の機会を伺うことしばし。ようやく潜入し問題の少女にも接近出来たかと思えばあろうことか俺の見ている前で湯中りを起こしてしまった。お付きの者すら一人も居ない中での無防備過ぎる姿に思わず助けてしまったものの、その日を堺に彼女の周辺の警備が厳しくなってしまった。特に忍び込みやすい時間帯の夜の警備は厳重だった。
助けてしまった時に入手出来た情報は、天女とは思えない平凡(良く言っても平凡より少し上程度)な容姿と本当に胸が小さかったというどうでもいいことの他は彼女の体は世辞にも鍛えているとは言えず、武芸を身につけてはいないということと、日焼けをしらない肌に爪まで綺麗な指先から毎日を労働に費やす農民や町民の出では無いという二つのみ。
かといって身分ある家の出とするには遠目からでも観察してきた見地から考えにくい。彼女の立ち居振る舞いも話し方も相応の教育を受けてきたとは到底思えないものだった。姫と呼ばれる身分には程遠い。庶子であっても伊達家に嫁がせるのならばある程度の教育は施すはずだ。
その後、一旦その場は配下に任せて報告に戻った。そうして他の仕事をこなすためにあちこちへ飛び回っているうちに月日は流れ秋になり、伊達軍が出陣するという報告が届いた。
独眼竜と右目が留守になれば潜入の機会が出来るはず、と急遽奥州に向かった。だが彼女のことを探りに間者が来ることはやはり予想済みだったようで上手く忍び込む好機を探ることにした。
そんな時だった。城から出てきた荷車の違和感に気付いたのは。荷を下ろして戻ってきたはずの荷台がほんの僅かに片側に傾いていたのだ。荷台には幾つか瓶が乗せられていたのだが、それを踏まえても傾きがどうにも気になった。然り気無く近付き探れば荷台に人の気配を感じた。まさかと思い後を着け到着した先で人目を避けて荷台から降りてきたのはあの少女だった。
これまでにも何度か城下に降りて来ているという報告はあったが、隣には常に独眼竜の姿があったという。だが今回は彼女一人。なぜ荷台に隠れていたのかは分からないがこの機会を逃す手は無いと急ぎ潜伏する時の姿に変装した。彼女には護衛だろうくのいちが密かに着けられていたがバレないように後を追うのは俺様には容易いこと。
そうして人気の無い神社の一角に座り込んだ彼女を気遣うふりをして接触した。荷車に隠れていたこともそうだが歩いている時から少し様子がおかしかったが顔を見ると何かに悩んでいる風だった。まさに絶好の機会。相談に乗るふりをして多少なりとも情報を引き出して、と思っていたのに気付けば真面目に相談に乗ってしまっていた。
しまったと思ったのは彼女を見送った後という体たらく。得られた情報は相談内容から察するに彼女は竜の旦那とはかなりの身分差があるらしい、ということだけ。良家の子女らしくない言動から以前から推測していたことが確信に変わっただけ。
全く何やってんだか。せっかくの好機だったってのに。俺様らしくない。それもこれもきっとあの子のせいだ。
これまで観察してきた姿は表情豊かでいつも明るく元気な子、という印象を持たせるものだった。だからあんなに元気の無い姿を見せられたら放っておけない気分になるのも仕方ない……。いや。言い訳、だな。ほんとに俺様らしくない。それどころか忍らしくもない。己の感情に左右されるなんて。
「…………」
こちらを伺う気配が出現した。と言っても俺様くらい優秀な忍でなければ気付かないほどその気配は上手く隠されている。
その気配は俺様を警戒するのではなく、あくまで様子を伺う体だ。変装が見破られたのではなく、彼女にとって真実害の無い人間かどうか探っている、というところか。
へまをしなければまだしばらくは騙せるだろう。今後のことを考えれば警戒されるわけにはいかない。これまで以上に慎重に動く必要がある。それに、なんとなくだが近いうちにまた彼女に会えそうな予感がした。
ああ、またらしくない。忍が予感を当てにするなんて。一流の名が泣くよ。
終