零れる笑み
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「筆頭」
呼ばれて振り向けば城へ使いに出していた兵が居た。先程の微かなざわめきはこの男が戻って来た時のものらしい。
「こちらを預かって参りやした」
「Thanx. ご苦労だったな」
一礼した兵が下がるのを待って、渡された書状を確かめる。書状は二通。一通は留守を任せた綱元から。もう一通は、美夜からだった。側に居た成実が目敏くそれに気付き手元を覗き込んでくる。
「それ、美夜ちゃんから? なんつーか、字ぃ汚ふげっ!」
同じことを思いはしたがなぜか成実の口から聞くと腹が立った。その感情のままに顔面に裏拳を見舞ってからその場を離れる。
野営の外れまで来て足を止め、まずは綱元からの書状を開き月明かりのみで読み進めていく。内容は当然ながら事務的なもののみ。内容の一部に俺が城を留守にしたことによって#美夜の素性を探ろうと忍び込む者が増えたとあったが、それはあらかじめ予想がついていたため今のところ未然に防げていると記してあった。考えることはどいつも同じだなと思いながら綱元からの書状を畳み、次に美夜からのものを広げた。
『政宗へ
お手紙ありがとう。びっくりしたけど嬉しかった。書き方も、ありがとう。私でも自力で読めるようにってああいう風に書いてくれたんだよね?』
文と呼ぶにも拙い書き方。堅物の人間が読めば学の無い文面だと嘲っただろう。文字も、以前見た時より多少はマシだがそれでも手習いを始めたばかりの子供のように拙い。
だが、一文字一文字丁寧に書いたであろうことが伝わってくる。そこに込められた気持ちも。これを書いている美夜の姿を想像すると知らず笑みが浮かぶ。
『私の方は大丈夫だよ。兵士さん達の間で政宗が帰って来た時に私がキスするかどうかって賭けが行われていたのには困ったけど。』
冗談半分に言ったことだが、それを聞いていた門番辺りから城に残る兵へと伝わったのだろう。賭けを知った時の美夜が、「キスなんて絶対にしないから!」と赤い顔で怒っただろう姿が容易に浮かび、再び笑みが零れる。
『それに兵士さん達も私のこと子供だと思ってたみたい。もうすぐ十八だって言っても全然信じてくれないから、ちょっと脅したら角材で股間殴る暴力女って印象を持たれちゃったみたい。』
「何やってんだよ」
幼く見られることが嫌いなのは知っているが、そこまでして訂正したかったのかと思わず小さく笑ってしまう。
『どうしよう。せっかく可愛いって思ってもらえてたみたいなのに。』
ぐしゃ、と音を立てて文の端が手の中で潰れる。兵や城で働く者達の間で美夜の人気が高いことは知っている。身分を気にせず誰とでも気軽に接し、どんな些細なことにでも感謝の気持ちを相手に伝えるその気性が好ましく映るからだろう。
だが、それとこれとは別だ。嫌われていた方が良いなどとは冗談でも思わないが好意の気持ちを『可愛い』などとはっきりした言葉で知るとなぜか無性に苛立った。しかもそれを言ったのが兵、つまりは野郎だということがとにかく気に障る。
「こちらにおられましたか。政宗様、食事の用意が整いました」
「OK. すぐ行く」
片手を上げて小十郎に返事をし、意識して肺の中の空気を押し出して指から力を抜き、皺だらけになった文を伸ばす。そして苛立つ箇所をわざと読み飛ばして残りの文面に目を向ける。
『最後になっちゃったけど、政宗も気をつけてね。戦がどれくらい掛かるのか分からないけど、無事に帰って来てくれるのを待ってます。』
最後のその部分だけを無自覚に何度か読み返すと文を畳んで懐にしまい野営地へと戻った。ただの紙のはずの文が仄かに熱を持っているように感じる。胸元が温かい。その温かさは抱きしめた時の美夜の温もりに似ている気がした。
終