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この世界に来てどれくらい経ったんだろう。来た時は初夏だった。今は秋。一つの季節が過ぎた。一年の四分の一以上が経ったということ。
短くはない時間が過ぎた、と思う。電化製品の無い生活に戸惑うこともなくなってきたのがその証拠でもあると思う。
でも、それだけの時間が過ぎてもどうにもならないことがある。
「あの、」
立てた膝に埋めていた顔を上げる。数人の兵士さんが居た。そうしょっちゅう私に用事なんて無いだろうけど、綱元さんが来たらと思うと怖くて、部屋に居ることが出来なくて逃げるように鍛練場に来ていたことを思い出す。と言っても適当に歩いていたら辿り着いただけなんだけど。
「なに?」
彼らの邪魔はしていないはず。多くの兵が出陣しているために鍛練場に居る兵は少ないし、私が座っていたのは鍛練場に建てられた休息場も兼ねた建物の広縁の、そのさらに端っこ。それとも、気が散ってしまうとかだろうか。そう思ったけれど違った。
「何かあったんすか?」
「え?」
「なんか姫さん元気ないみたいだから」
「そんなことないよ」
笑ってみるけれど、彼らは曇った顔のまま隣同士顔を見合わせた。ちゃんと笑えていなかったらしい。
「大丈夫っすよ!」
「え?」
「筆頭は強いっす! だから負けるなんて有り得ねぇっす!」
一人が言ったことに残りの兵士さん達もそれぞれに頷いて私を励まそうとしてくれた。彼らは私が元気が無いのは政宗を心配してのものだと思ったらしい。ありがとう、と返しながらも心が苦しかった。
城に残った兵士さんは役立たずだから置いていかれた訳じゃない。彼らにはお城の守るという立派な役目がある。
そんな彼らに、私は本当は無知で愚かな人間だったことを隠しているのが申し訳無かった。でも、伝える勇気が無い。彼らにまで嫌われたり拒絶されたらと思うと怖かった。
もし、もしも私が戦のことをちゃんと理解していたら、こんな心配や不安になることは無かったのかな。
ううん、と否定する。
たとえ理解していたとしても、きっと拒絶されることに変わりはなかったと思う。
綱元さんに拒絶された一番の理由は、生まれ育った世界が違うこと、なのだから。
綱元さんからの拒絶。
だからといって政宗からも、とは限らない。本人は今お城を留守にしていて聞けないから確かめることが出来ない。
側に居たとしても、きっと怖くて聞けない。だって政宗は綱元さんと同じ世界の人だ。綱元さんと同じ可能性が高い気がする。
そう思うと政宗の優しさは私に対する同情だったのかなと思えてくる。
突然たった一人で異世界に放り出され、一晩で傷が治ったり感情におかしなことが起きたりする私を哀れんでいるだけ。それ以外の理由なんて無かった。そう思ってしまう。
もしくは珍しがられていただけ。政宗が集めている異国の珍しい品々と同列の扱いだった可能性もある。しょっちゅう構われていたのも異世界の人間という珍しさからだけだったのかも。
体や感情に異常が起こることを気味悪がられなかっただけ幸せだと考えるべきなのかもしれない。
生まれ育った世界が違う、というのはどうしたって変えられないのだから。
「えっと、ありがとう。私そろそろ戻るね」
励ましの声を掛けられるのに堪えられなくなって、鍛練場を離れた。言いながらも戻る気なんて無かったはずなのに、気が付けば本丸へと戻ってきていた。
もう部屋に戻ろうかとも思ったけど足は向かなくて、かといって他に行きたい所も無かったから本丸の周辺をぼんやりと歩く。
陽射しは暖かいけど風が少し強くて肌寒い。一枚羽織ってくれば良かったかも。一度だけ部屋に戻ろうか悩んでいると、人々の話し声が聞こえてきた。近付いていくとそこは台所の裏側で、たくさんの人が荷車から薪や食材を下ろしていた。
奥からは新たな荷車が数台引かれて来るのが見える。何となく興味を引かれて、彼らの邪魔にならないよう塀沿いを通って荷車が来る先に向かってみた。さほど歩かないうちに裏門と呼ぶのが正しいのか、荷車が通れる程度の簡素な木戸が見えてきた。荷車はそこを通って来ているらしかった。
ちょっとした出来心。お城から逃げ出したかったわけじゃない。ただ、誰も私のことを知らない場所に、少しの間だけでも居たくなっただけ。
荷下ろしが行われている場所に戻ると、空き箱や荷台の覆いに使われていたござを纏めたものが積まれた荷車に近付いて、誰も私に気付いて居ないことを確認してからそっと荷車に乗り込んだ。見つからないようにござで体を隠す。
軽くなるはずの荷車が重いとか、見つかったらどうしようと緊張で鼓動が早くなり手の平に汗が滲む。と、ごとんという音とともに荷車が僅かに揺れた。ござの隙間から覗き見るとバスケットボールほどの大きさの瓶が乗せられていた。
周りの話し声から、中身は小十郎さんが作った野菜を使った漬け物だと分かった。食材や薪代の一部として貰ったものみたいで、幻とも言われる小十郎さんの野菜が食べられると喜ぶ声が聞こえる。
その後も幾つか瓶が乗せられ、しばらくすると忍び込んだ荷車が動き出した。漬け物が入った、重そうな瓶が幾つも乗っているおかげか、荷台の重さを不審がる様子は無い。
見つからないよう揺れる荷車の中で息を殺してどれくらい経ったのか。続く緊張に疲れてきた頃、揺れが止まった。片付けを指示する声が聞こえてくる。目的地に着いたらしい。
ござの隙間から辺りを伺うも、何人もの人が居るらしくこっそり出ていくことは出来そうにない。このままじゃ見つかってしまうと焦りが生まれ始めた頃、瓶が運ばれていき、我慢出来ないとばかりに瓶を持つ男性達の元に人々が集まって行った。
荷車の周りが静かになって、恐る恐るござをずらして辺りを見回すと、全員が一つの場所に集まっていた。あの中心に漬け物入りの瓶があるのだろう。誰も荷車の方を見ていない。
今しかないと、音を立てないように、けれど急いで荷車から降りると走ってその場から離れた。
荷車が着いた場所はそれなりに大きな家の庭だったようで、塀沿いに歩いて見つけた、裏口らしき木戸から外に出ると声のする方に向かった。
城下街には政宗に何度か連れて来てもらったけど、歩くのはいつも大通りばかりだった。だから細かい路地は分からなくても大通りに出られさえすればある程度は現在地を知ることが出来ると思う。そしてたくさんの人の声が聞こえるということは大通りからそんなに離れてはいないはずだ。
声だけを頼りに二度ほど角を曲がった時、広い通りに出た。無事に大通りに出られたらしい。
周囲を見ながら歩いていると、見覚えのあるお店の暖簾を見つけた。政宗が贔屓にしている輸入品を扱うお店だ。現在地が分かるとホッと安堵の息が出た。帰る方法を考えなきゃいけないけど、とりあえずこれで迷子にだけはならずに済む。
これからどうしよう。日暮れ前には戻ろうと思っているけど、それまで何かしたいことがあるわけじゃない。とにかく私が異世界の人間であることや、政宗の許嫁だということを知る人が一人も居ない場所に来たかっただけだから、日暮れまでどうしようか迷う。
とりあえず適当に大通りを歩こうと顔を上げた時、行き交う人々の多くが私を見ていくことに気付いた。どうして、と考えてすぐに理由に気付く。
着ているものだ。周りの人達はみんな着物。だけど私は上着は着物をアレンジしたものだから和服に見えなくもないけど、下は膝上丈のスカートで足は剥き出しだ。これじゃあ注目されても仕方がない。
人目を避けるためにすぐ近くの路地に入り、大通りまでの道順を頭に叩き込みながら人の居ない場所を探して歩き、小さな神社を見つけた。周囲に人影は見当たらない。