「ゔーー」
「これで九敗だな」
最後のますに政宗の持ち石の黒が置かれて一気に七つの白石が黒石に変わった。碁盤の上は八割ほどが黒色。
「次こそは勝ってやる!」
「その台詞は八度目だな」
「うっさい! 次は政宗からよ!」
黒と白の碁石を分けてそれぞれ二つづつ残して白石を自分の手元の入れ物に戻して黒石は政宗の方にある入れ物に戻す。残しておいた二つづつの碁石を碁盤の真ん中の、線が作る升目の中に互い違いに置けば碁石と碁盤を使ってのオセロの準備が完了。
なんでオセロをしてるのかって言うと、もちろん目的は政宗にセクハラをやめさせるため。二日ほど前、いくら政宗の腕の中が心地好かったからって上半身裸だったのに抱きしめられたままいつの間にか寝てしまった。
起きた時にはすっかり陽が暮れてて、でも袿を掛けられてて政宗の優しさに嬉しいような気恥ずかしいようなよく分からない気持ちになった。でも政宗は真っ赤になった私を見てもセクハラしたり寝ちゃったことをからかってきたりしなかった。
お風呂上がりにバッタリ会っちゃっても何にもしてこなかった。「風邪引くなよ」って言ってぽんと頭に手を置かれただけ。あまりにも優しい政宗にやけにドキドキしたし、明日からどんな顔をしてれば良いのか分からなくて、その日はなかなか眠れなかった。
けど、そんな私の気持ちは杞憂に終わった。次の日にはいつものセクハラ野郎な政宗に戻っていたからだ。
ホッとしたけどそれを許すこととは別で、やめさせる方法は何か無いかと考えて思い付いたのが、オセロ。
オセロなら政宗はルールすら知らないはずだから勝負を挑んでも私が勝つに決まってる。そして勝った暁には二度とセクハラするなって命じてやる! と思ってスキップしそうなくらいの気分で政宗に勝負を挑んだのが昼過ぎ。簡単にルールを教えていざ勝負! 結果は予想通りに私の勝ち。
でも私の持ち石の白石と、政宗の持ち石の黒石の差は一つ。たったの一つ。ルールを知ったばかりの政宗と、オセロのアプリゲームをこの世界に来る前は結構やっててそこそこいい感じの成績出してた私との差がたったの一つだけ。
納得出来ないのと悔しいのとで二戦目を申し込んだら、負けた。しかも圧勝された。まだ二戦目なのに。
もっと悔しくなってもう一回もう一回と繰り返しても増えるのは負けの連続回数だけ。
ルールを知ったばかりなのになんでこいつはこんなに強いわけ!?
「十敗だな」
「くぅやぁしぃいぃー!」
「
美夜ちゃん諦めたら? 梵に勝つのなんか無理だって」
「そんなの分かんないじゃん! そのうち勝てるかもしれないじゃん!」
「差が必ず二桁なのに?」
ぷいっと成実さんから顔を逸らす。言われなくたって石の差が有りすぎて毎回盤上を埋めるのが黒ばっかりなのなんか分かってる。
「悔しい気持ちはわかるけどさぁ、確か勝ったら負けた奴に一つ命令出来るってるーるなんだろ? 一回だけとはいえ一応勝ってんだからそれで良しとして梵に命令したら?」
それもそうか。このまま勝負続けたって次いつ政宗に勝てるか分かんないんだし。よし、政宗に命令しよう。これでセクハラから解放される!
「じゃあ政宗に一つ命令するわよ」
「OK. 言ってみな」
「私からの命令は今後一切私にセクハラしないことよ!」
「Hnm」
あ、あれ? なんか反応が思ってたのと違うぞ? 予想だと舌打ちすると思ってたのに。
「えーと、これはセクハラじゃないとか屁理屈は無しだからね?」
「ンな姑息な手は使わねぇよ」
「じゃあなんでそんなに平然としてるのよ」
政宗の唇が片方だけ上がった。ニヤ、って笑み。
「な、何?」
「
美夜、お前自分が何敗したか忘れたのか?」
「忘れるわけないじゃない。あんなに連続で負、け……」
さぁ、っと血が引いていく。救いを求めてさ迷った目に映ったのは、「あー、仕事あったの忘れてたよー」と棒読みで言って去ってく成実さんの後ろ姿。
分かってたけどね! これまで成実さんが私のこと助けてくれたことなんか一度も無いんだもん!!
「
美夜、俺のOrderを聞いてもらうぜ?」
「わ、私の命令を取り消せってのは聞かないからね!」
「取り消す必要なんざねぇ」
碁盤を横に退けた政宗から反射的に逃げようとした体は腕を掴まれて引き寄せられてあっさり捕獲された。腕を掴んでるのとは逆の手が首筋から鎖骨にかけてをどことなくいやらしい手つきで撫でてきた。
「セ、セクハラは無しって…」
「一つ目のOrderは俺に何をされても逆らうな、だ」
「………………」
聞かなかったことにしていい? だって政宗に何されても逆らうなって。それって結局私の命令が無しになったのと一緒じゃん! むしろ悪化だよ! ただの取り消しだったら逆らうこと出来たんだもん!!
「ぎゃっ!」
「前々から思ってたが、お前もうちょっと色気のある声出せ」
「そんなん知らないわよ!」
押し倒して首筋を舐めてくる政宗の顔を全力で押す。でもくすぐったいしぞわぞわしてくるしで力が抜けてきちゃう。
「ひにょぁ!」
キュロットスカート風の衣服の隙間から左手が肌の上を滑りながら入ってきた。太ももまで来た指先がちょっとだけ足の付け根に触れてビクッと体が小さく跳ねた。猛烈な恥ずかしさで体が熱い。
「変なとこ触らない、でぇ……」
服の中に入って来た右手がお腹を撫でたあと背中に回って背筋を上から下へと撫でた。変な感じがしてへにゃっと一気に体から力が抜けた。
「Backも弱いみてぇだな」
「そんな、こと…んっ」
また背筋を撫でられた。のけ反った喉を舐められたあと微かな痛みが走る。なんでそんな目立つとこに付けるのよ! 馬鹿!
「あっ!」
何とかもがいて抵抗して、這うようにしながら顔だけ廊下に出すと、こちらへと歩いてくる小十郎さんと綱元さんを発見した。ピンチの時の(たまに)救い主現る、だよ!
「こ、小十郎さん!!」
「小十郎? チッ」
さすがに小十郎さんと綱元さんが来てまで続けようとは思わないみたいで、政宗は舌打ちしつつも離れてくれた。そして足を早めて来てくれた小十郎さんに事情を説明して助けてもらおうとしたんだけど……。
「負けた方は勝った方の命令を一つ聞く、と言い出したのは
美夜、お前の方なんだな?」
「そうです、けど…」
「なら今回は潔く諦めろ。自分で言い出したことの責任は取れ」
「そんなぁ」
助けてもらえると思ったのに! そりゃ自業自得だろうけど。でも政宗があんなにオセロに強いだなんて思わなかったんだもん!
「
美夜さん」
「はい?」
綱元さんが私の正面に来て屈んで目を合わせてきた。もしかして今日は助けてくれるのは小十郎さんじゃなくて綱元さん?
酔った時のこと考えたら助けるどころかむしろ的外れなアドバイスしかしてくれそうにないと思ってた。
綱元さん、偏見の目で見ててごめんなさい。
「抵抗はしない方が良いですよ」
「え?」
えーと、何? 何の話?
「殿に身を委ねた方が余計な痛みを感じずにすみますよ」
「あの、綱元、さん?」
「女性は初めての時は痛いと聞きますから、ささやかながら私からの助言です」
はは。全然偏見じゃなかったよ。爽やかな笑顔でそんな助言言わないで。いらないから。私が欲しいのはどうやって政宗の命令を回避するかだから! あと命令は九個も残ってるんだもん!
では、と言ってにこやかな笑顔を浮かべながら小十郎さんを促して去っていく綱元さんに恨みの視線を送る。
あんな助言いらないです! って言いながら綱元さんを追い掛けてさりげなく逃げようとしたけど、体が動かない。ていうか動かせない。
綱元さんのいらない助言に脱力してる間に、後ろから政宗に抱きしめられてた。行動早過ぎだよ!
仕方ない。心の広ぉーい
美夜さんは潔くなろうじゃないか。別にこいつから逃げれたことがなくてもう諦めるしか道がないからってわけじゃないからね!
「好きにしなよ。でも今だけだからね! 今回は私が言い出したことだから渋々ってどこ触ってんのよー!」
「好きにしろっつったのはお前だろ」
「だからって直に堂々と揉むな! せめて服の上からにするか触るかだけにしなさいよ! 変な気分になったらどうしてくれんのよ!」
「俺はVirginには優しいから安心しろ」
「そんな安心いらないわよ!」
「最初から激しくされる方が良いのか? 好き者だな。いや、ただの被虐趣味か?」
「変な勘違いするな馬鹿!!」
私の神経を逆撫でする質の悪い笑みを浮かべながら縄でも用意してやろうか? などと言ってきた政宗に、体力使いきってグッタリするまで遊ばれた。
いつか絶対に仕返ししてやるんだから!
続
「
臣下の思い」