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「…………」
「…………」
「……救いようのねえ馬鹿だな」
「う、うっさい! 見てないで早く助けなさいよ!」
「助けてほしいなら言い方ってモンがあるだろ」
「くっ……。た、助けてくださいお願いします!」
「仕方ねえな」
ニヤニヤとそれはもう楽しそうな政宗の顔をぶん殴りたい。なんでよりによってこいつに発見されなきゃなんないのよ! そりゃ助けを呼んだけど政宗以外が良かったよ! そしたら絶対にすんなり助けてくれたもん!
ことの起こりは数時間前。政宗のセクハラから逃げるためにたまたま見つけた物置の奥に出来ていた、入口からは死角になる箱と壁の隙間に入ったら抜けなくなってしまったのだ。
隙間に入って座ろうとしたら足が滑ってスポッ、て。前にも横にも動けないし立つことも出来ない。入る時にちょっと狭いかなって思ったけどまさかこんなにスッポリ嵌まっちゃうなんて。
しかも積み重なった箱は何が入っているのか重くてどんなに押しても全然動かない。こんなとこ恥ずかしくて見られたくないからしばらくは自力で脱出しようと頑張ったけど無理だった。どんなに頑張っても無理だった。
仕方ないと諦めて誰かーって何回か呼んでいたらなんと来たのは政宗。笑われてからかわれる! って思ったけど、物置はしばらく人の出入りが無いみたいで埃だらけで鼻がむずむずするしいつまでも嵌まったままは嫌だったから仕方なく政宗に事情説明。
そしたら政宗は笑ったりからかったりしてこなくて変わりに無言で見てきた。呆れた視線を向けられた。ため息も吐かれた。笑われたりするよりももっと恥ずかしい気持ちになるしでもう最悪!
恥ずかしさと悔しさにむくれる私をチラリと見ると、政宗は私が押した時はぴくりともしなかった箱をいとも簡単に押してずらした。男だし鍛えてもいるんだから当然の結果だと思うけどなんとなく悔しい。
それでも政宗のおかげでやっと脱出出来たと思ったら全身埃まみれになっていた。特にもがいた時に壁や箱と擦れた部分は黒く汚れている。裸足だった足の裏も真っ黒。踏んだり蹴ったりだ。
「あーあ。こんなとこに隠れるんじゃなかった」
「大人しく遊ばれてりゃ良いってことだ」
「なんでそうなるのよ! あんたがセクハラを止めれば私が隠れ場所を探す必要も無くなる、か……ふぇっくしっ!」
「きったねえな。こっちに飛ばすなよ」
「ちゃんと手で押さえたじゃ、っくしっ! あー、もう! とにかくここ出る!」
「ついでに体を洗ってこい」
髪にもほこりが付いちゃってるみたいで払い落としてくれた。一応(だってこうなった原因は政宗だもん)お礼を言って物置から出る。でも足の裏が真っ黒なのにこのまま歩いたら廊下を汚しちゃう。どうしようと思っていたら政宗が担いでくれた。いつもは嫌だけど今回だけはお礼言っとくわ。ありがとう。
◆ ◆ ◆
「ここに居たのかよ!」
お風呂の用意が出来るまで、待ちながら部屋の前の縁に腰掛けて盥に張った水で手足の汚れを落としていたら成実さんが来た。いつもと違い緊迫した様子で、それを見た政宗も真剣な顔になった。
「何があった」
「あの人が、来た」
あの人、と聞いただけで政宗の表情が一瞬だけ歪んだ。辛いのや苦しいのを堪えてる表情に見えた。政宗のこんな顔初めて見る。そんなに苦手な人なの?
「今小十郎が相手してる。綱元と手分けして二人を探してたんだけど、一緒に見つかって良かったよ」
「美夜が目的か」
「みたいだよ。来て早々に美夜ちゃんの部屋を聞いたらしいから。たまたま近くに小十郎が居たから足止め出来た。で、小十郎から伝言。美夜ちゃんは暑さにやられて体調を崩してることにするって」
「ちょっと待って。なんで嘘をつく必要があるの? 誰か知らないけど私に会いに来たんでしょ? だったら、」
「必要無え。というより会わねぇ方がいい」
「俺もそう思う」
「なんで……」
「話してる時間はねえ。とにかく今は病人のふりして…」
「お待ちください!」
ふいに聞こえてきた小十郎さんの声は今まで聞いたことが無いほど焦ったものだった。政宗が舌打ちをして、小声で私に向かって「何を聞いても無視しろ」と言ってきた。どういうことなのか聞き返す時間は無く、何がなんだか分からないでいるうちに角から女性が現れた。
豪奢な着物を着た迫力美人。すっきりした目許が誰かに似てる。私と眼が会うと、その顔が険しいものに変わった。追って来ていた小十郎さんが、私と女性が会ってしまったのを認めると阻止出来なかったことを悔やむような表情を一瞬だけ見せた。
「お前が美夜という名の娘か」
「は、はいっ」
尊大な口調。冷淡な視線。着ているものからも薄々思っていたけどこの女性は身分が高い人なんだろう。竦み上がりそうになるのを抑え、慌てて立ち上がってあいさつをした。ジロジロと全身を見られる。なんだか値踏みされているみたいで嫌な気分になってくる。女性がふん、と鼻を鳴らした。
「このような下賎な輩を妻にしようとは、いったい何を考えておる。よもや己(おの)が子を成して伊達の家を乗っ取るつもりか?」
侮蔑しか篭っていない言葉に最初は何を言われたのか分からなかった。ゆっくりと思考が追いついて、同時に怒りが沸き起こって反論したくなったけど、寸前で下手に口を出して場をややこしくしてはいけないことや政宗からも無視しろと言われたことを思い出して我慢した。
それに、今の私は服も髪も汚れたままだから、この人の目には尚更醜く映っているのかもしれない。でも、家を乗っ取るって、どういうこと? 政宗は正当な当主でしょ?
「違う。美夜は、」
「言い訳などいらぬ。伊達家を乗っ取るつもりではないと言うのなら、早々に小次郎に当主の座を明け渡せ。化け物の分際でいつまで当主面をしておるつもりじゃ」
女性は悪意の塊としか思えない言葉を政宗に投げつけた。こんなにも強い悪意の言葉を聞くのは初めてで、衝撃が強すぎて言葉の意味を捉え損ねる。視界の端に、女性を険しい顔で見る小十郎さんが映った。
視線を巡らせれば成実さんは今にも女性を殺してしまうんじゃと思うほど鋭い視線で睨みつけているし、いつの間にか来ていた綱元さんは無表情で女性を見ていた。いつも微笑を浮かべてる印象しか無かったからか、無表情なのが余計に怖い。
政宗は平然とした顔をしているけれど、その手が強く握り締められているのに気付いた。思わず手にそっと触れたら政宗はハッとした顔をして、大丈夫だと言うように微かに笑った。でも、普段の政宗からは想像もつかないほど力無く見えて、ちっとも大丈夫そうに見えなかった。
「義姫様。お言葉ですが、政宗様は先代様がお決めになった正当な伊達家当主であらせられます」
「何が正当じゃ。そのようなもの、この化け物が殿を唆したからに決まっておる。でなくば我が子を殺して成り代わったこやつを当主に指名するなどという愚行を殿が犯すことは無かったわ」
「母上、」
「やめよ!」
女性が嫌悪もあらわな顔で持っていた扇で政宗の顔を殴った。叩いた、なんて生易しい力じゃなかった。
「政宗!」
「平気だ」
「でも、」
殴られた頬は赤くなってしまっている。早く冷やさないと。
「化け物の分際で母と呼ぶなと何度言うたら分かる!」
怒鳴る女性の言葉がこれまで以上に信じられなかった。そうして、政宗もこの人のことを母上と呼んでいたことにも気付いた。
この人は、政宗の、お母さん? でも、じゃあなんで、この人は政宗を殴ったの? なんてこんな眼で政宗を見るの?
嫌悪、侮蔑、怒り、憎しみ。それに、恐怖? とにかく女性の眼からは負の感情しか見当たらない。政宗を見れば殴られた頬がさらに赤くなってきていた。このまま腫れてくるのかもしれない。そう思ったら口出ししちゃいけないと思ってしていた我慢が限界を越えた。
「なんでそんなこと言うの?」
「美夜」
止めようとする政宗の手を振り払って女性に詰め寄る。
「政宗のことを化け物とか伊達家を乗っ取るとか、なんでそんなこと言うのよ! 政宗はあんたの子供なんでしょ!?」
「これは我が子ではない。我が子梵天丸を殺して成り代わった化け物じゃ」
「違う! 政宗は化け物じゃない!」
「美夜、いい。黙っていろ」
「嫌よ! あんなこと言わ……」
口を塞がれて、そのまま抱き込むように身体に腕を回されてしまった。どんなにもがいても今度は振り払えない。言いたいことはまだいっぱいあるのに。どうして止めるの? なんで反論しないのよ!
言われるままの政宗にも酷いこと言葉ばかりを投げ付ける女性にも腹が立って、口を塞がれて何も言えない変わりに女性を睨むと女性の眉間に不快げなシワが寄った。
「なんじゃ、その眼は。下賎の輩が身の程を知れ!」
「っ!」
扇が振り上げられ、咄嗟に眼を閉じ体を強張らせる。政宗が動いて私の体を庇うように体の位置を変えた。でも、衝撃も音もいつまで待っても来なくて、恐る恐る眼を開くと、女性と私達の間に小十郎さんが居るのが見えた。
政宗が僅かに身体の向きを変えたことで、小十郎さんが振り上げられた扇を手で受け止めていたことが分かった。
「お止めください」
「わたくしに指図するつもりか」
「この小十郎はあなた様に仕えているわけではありませぬ」
「殿に重宝されておきながら、おぬしまで化け物に惑わされたか」
怒りが再燃する。でも口も体も政宗に抑えられてるから何も出来ない。何も出来ないことが悔しい。
女性は小十郎さんの腕を振り払うと政宗を睨んだ。
「よいか。お前のような化け物に伊達家は渡さぬ。己が分を弁えて速やかに小次郎に当主位を明け渡せ」
あまりにも腹が立って、目の前が真っ赤になった。こんなに腹が立ったのは初めてで、殴ろうとしたのか、掴み掛かろうとしたのか、自分でも何をしようと思っているのか分からないまま怒りのままに政宗の腕を力任せに振り払おうとした体がさらに強い力で押さえられる。
政宗の腕に爪を立て、もがき、唸る私を一瞥した女性はふんと鼻を鳴らし、けれどさらなる言葉を吐くことは無く、持っていた扇を投げ捨てるともう用は済んだとばかりに身を翻した。
小十郎さんも成実さんも綱元さんも、そして政宗も、誰も何も言わない。綱元さんは冷ややかな目で、成実さんは憎悪の篭った目で見送っているだけ。小十郎さんは何かを抑え込むように僅かに目を閉じたあと、政宗に向かって一礼したあと送るためか女性の後を追って行った。
止められた不満も込めて政宗を見たら、何かを堪えるような表情を浮かべていた。みんなの様子からも、こういったことは初めてじゃないんだと分かって、今度は悲しい気分になった。