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何も出来ないばかりか迷惑ばかり掛けている自分が情けなくて涙が出そうだった。でも、泣けばもっと迷惑を掛けてしまう。ゴシゴシと乱暴に目元を拭い、叱咤して立ち上がると楓さんを促す。楓さんは大丈夫かと問い掛けるような表情を浮かべたけど、もう一度私が行こうと言うと頷いて私の手を引いて走り出した。
周りから見ればはしたないと思われるだろうけど、今はそんなことは無視して着物の裾を持ち上げたおかげでさっきよりも少しだけ走りやすい。
ふと見れば、私の手を握って走る楓さんは、反対の手に変わった形状の刃物を握っていた。確かくない、だっけ。アニメとかで忍者が使う定番の武器の一つ。
楓さんは侍女じゃなくて忍者なのだろうか。さっき見た忍者らしき男性は顔立ちから見て楓さんの家族だと思う。家族が忍者なら楓さんも同じでもおかしくない。でも、もしそうならなんで侍女をしているの?
頭を振って思考を切り替える。今考えることじゃない。お城に帰ったら聞けばいい。強く疲労を訴えてくる足を無視して必死に走る。来た道よりも少し広い道に出た。そう思った時には楓さんに突き飛ばされていた。
「え………」
尻餅をついた足元近くの地面に一本の矢が突き刺さった。非現実的な出来事に理解が追い付かない。呆然とする私の耳に微かな呻き声が聞こえ、慌てて楓さんを見れば左腕に一本の矢が刺さっていた。
「楓さん!」
「大丈夫です。大した怪我ではありません」
そう言って楓さんは持っていたくないを一閃させて矢を切った。でも、まだ矢の先は腕に刺さったままだ。抜こうとすらしない。
どうして抜かないの? 早く抜いて、手当てしないと。
「後ろにいる女だ。あの女を殺せ」
場違いにも思える子供特有の高い声で、その声に不釣り合いな不穏な台詞を言うのが聞こえた。疲労で震える足でなんとか立ち上がって楓さんの肩越しに通りを見る。刀や矢を構えた男達の後ろに少年が居た。見覚えがある気がする。どこだっけ。
思い出した。この間ぶつかっちゃった子だ。でも、なんで? たったあれだけのことで私を殺すの? そんなの、異常過ぎる。狂っているとしか思えない。
「美夜様」
楓さんの声に意識を引き戻される。視線は男達に向けたまま、近くに居る私にしか聞こえないほどの声で伝えてきた。
「美夜様の直ぐ後ろに細い路地があります。しばらくそこで身を潜めていてください。もしもの時は先程お渡しした笛を吹いてください」
「で、でも」
「大丈夫です。直に兄さんや仲間が他の者達を片付けてこちらに応援に来てくれますから」
男の一人が切り掛かって来た。その刀を受け流し弾きながら早く、と急かされた。迷ったのは一瞬。戦う力を持たないどころか疲労困憊できっともう走ることもままならない私は言われた通りにするのが一番のはずだ。
ふらつきながらも教えられた路地に入り込む。路地と言うより建物と建物の隙間といった感じだ。小十郎さんみたいに肩幅のある人だと肩がつかえてしまうかもしれない。
時間が経つにつれ、じわじわと状況を理解し始め、恐怖で体が震えてきてその場にへたり込んでしまった。
本物の刀の鈍い輝きが、向けられる鋭い切っ先が眼の奥をちらつく。刀とくないがぶつかりあっているのだろう金属音が恐怖を掻き立てる。今逃げろと言われても、きっともう怖くて立つことすら出来ない。お守り袋を握り締め、無理だと分かっているのに助けを求めてしまう。
「政宗…」
「図々しい女。性根が分かるようだわ」
路地の奥から聞こえた声にハッと顔を上げる。高そうな綺麗な着物を来た、私より少し年上……違う。雰囲気が大人っぽいけど多分同じくらいの年の綺麗な女性が立っていた。私を見る目にはさっきの声に含まれていたのと同じ、嫌悪や侮蔑の色がある。
「だれ?」
「お前のような女に名を名乗ると思って? 口をきいているだけでも破格なのよ?」
どうしてここまで蔑まれなきゃならないの? 初対面なのに。思わず睨んでしまうと、相手は不愉快そうに眉をしかめた。けれど直ぐに何事も無かったかのように表情を戻し、建物で見えないけれど楓さんと男達が戦っている方を見た。
「来てみて良かったわ。あの子はどこか抜けた所があるから、お前を殺し損ねるんじゃないかと心配だったもの」
女性が帯の間から黒くて細長いものを取り出した。最初、それが何か分からなかった。女性が鞘を抜いて初めて、それが短い刀だと分かった。
建物に遮られて暮れていく太陽の光は届かず薄暗いのに、なぜか刃の鈍い銀色だけははっきりと見える。
「なん…で……」
「邪魔だからに決まっているでしょう? お前のせいでわたくしは中々政宗様に輿入れすることが出来ないのよ?」
「輿、入れ?」
「そうよ。どうしてこのわたくしがお前のような素性の知れぬ女よりも後にならなければいけないの? 巷では天女だなどと噂されているようだけど、実際はその見た目同様、生まれも育ちもみすぼらしい下賎の女なのでしょう?」
向けられる視線が、声が、言葉が、一人の女性と少し重なる。たとえ私が居なくても、政宗はこの人とは絶対に結婚しないだろうなと、ふと思った。
「わたくしだって本当はこんなことしたくは無いのよ? だってお前のような下賎の輩の血でこの身を汚すなど想像するだけでもおぞましいもの。でも、政宗様の寵愛がお前だけに向けられているのだからそうも言っていられないの」
だから死んで? と。まるで日常の何気ない、とても些細なお願いのような口調で言われた。
刀を持って近寄ってくる女性から逃げようにも足が竦んで動いてくれない。ただただ御守りの石を入れた袋を握り締めることしか出来ない。
寵愛なんかじゃないのに。政宗がわざとそう思われるようにしてただけなのに。反応が面白くて遊ばれてただけなのに。どうしてこんな目に合わなきゃいけないの?
そこまで思っても、不思議なことに私を偽の許嫁にした政宗に対する怨みや怒りは欠片も湧いてこなかった。
浮かんだのは怨みや怒りではなく、痛み。まだ何もされていないのに、なぜかじくじくと胸の奥が痛い。
「私は、許嫁なんかじゃ、ない……」
「まあ、命乞い? でもそんな嘘で騙されるわけないでしょう? 政宗様も片倉様も城の者達も、皆がお前を政宗様の許嫁として扱っているのよ?」
「違う……。ふり、を、頼まれて、だから、」
本当のことを言っているだけなのに、涙が溢れて止まらなかった。恐怖すらどこかにいってしまっている。胸の奥が痛い。苦しい。辛い。
「頼まれた、ですって?」
「縁談が、しつこいから、て。私は、都合が、良かったから」
「まあ。それは本当のことなの?」
のろのろと頷く。女性は細く白い綺麗な指を顎に当てて、考えるように顔を傾けた。
「お前は、政宗様に頼まれて、一時的に許婚のふりをしているだけ。お前は偽物の許嫁。そういうことなのね?」
また、頷く。胸の痛みが酷い。痛くて、うまく呼吸が出来ない。
私は、偽物の、許嫁。
「そう。そうなの。そうよね。お前のような下賎の女に政宗様が本気になられるはずないもの。もしかしたら政宗様の眼にはお前のみすぼらしさが珍品のように見えたのかもしれないわね。政宗様は珍しいものがお好きだもの。だけど下賎の女に許嫁のふりをさせてお側に置くなんて、お戯れが過ぎるわ」
ズキン、ズキン、と刺されたように胸が痛む。
政宗は珍しいものが好き。そうだよね。だって、私は別の世界の人間だもん。私以上に珍しい人間なんて、きっと居ない。
「でも、そういうことならお前を殺す必要は無さそうね」
カチン、と音がした。見上げたら、女性が刀を鞘に納めていた。
「わたくしはね、狭量な女ではないの。夫の戯れくらい許せないと大名の妻は……」
声が途切れた。合った眼が見開かれる。そして女性はそれまで以上の嫌悪と侮蔑、不快感を露わに私を見下ろしてきた。
「お前、政宗様に恋をしてしまったのね」
「え………」
私が、政宗に、何?
「お前はただの戯れ相手なのに、身分違いの方に恋をするなんて。──身の程知らず」
毒を含んだ冷たい声で吐き捨てられた。女性が仕舞ったはずの刀を抜く。でも、言われた言葉が衝撃的過ぎて、刃を見ても認知までには至らない。
「身の程知らずのお前には生きている価値も資格も無いわ」
一つの言葉と、一人の姿だけが思考を占めていて、私に向かって振り下ろされようとする刀を、ただぼんやりと見ていた。