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眼帯を外した右目を、美夜の指先が労るようにそっと触れていく。興奮した名残か、それとも俺がそう感じるだけなのか。その指先は温かい。
自分の意志で、しかも躊躇いも惑いもなく小十郎以外に右目を、それも母上と同じ女相手に曝している自分に内心驚く。
「痛くないんだよね?」
「ああ」
「ほんとに?」
「俺が嘘を言ってるように見えるか?」
わざと軽く言えば美夜は首を横に振った後に再び「良かった」と呟いて笑った。不思議な女だと思う。気丈な母上でさえ拒絶したものを見ても顔色一つ変えない。ただ痛いかどうかの心配だけをする。
他の女は眼帯をしていてさえ視線を逸らしたり顔をしかめる奴もいるというのに。そうした反応を見せない女も居たが、そいつらの目は俺に付随するもの、権力や富といったものにしか向いていなかっただけ。
普段ちょっと脅かすだけですぐに怯えるくせに、そんな美夜だけが伊達政宗という一人の男として俺を見、その上で右目を見ても平然としている。
そもそも普段のことを考えればとっくに腕の中から逃げようとしているはずだ。なぜ今日に限って大人しく、しかも俺のことをこれほどまでに気遣う? 同情か? いや、そんな思惑は感じられねえ。ならば、なぜ。
考えたところで、美夜のことをろくに知らない俺には見当すらつかない。美夜のことを知りたい。ふいにそう思った。だがその思いを今は脇にやり、黙り込んだ俺を心配そうに見上げてくる美夜をさらに抱き寄せ昔語りの続きを話す。
「あの日から、母上の中で俺は息子を殺して成り代わった化け物となったんだ」
見開かれた美夜の目から止まったはずの涙がまた零れ出した。
「おかしいよ。片目を失っても、命が助かったならそっちを喜ぶべきじゃない。生きててくれれば、片目が見えなくなることなんか些細なことなのに」
「あの人にとっては些細なことじゃなかったんだろうよ。自分で言うのもなんだが、俺は出来の良いガキでな、あの人には自慢の存在だったんだ。だから片目とはいえ完璧では無くなった時点で、その事実を認めることが出来なかったんだろう。しかも見た目はこんな化け……」
目を見開く。続きを言うのを阻止するかのように美夜の両手で口を塞がれた。
「だめ。自分でそんなこと言うなんてだめ。政宗はそんなのじゃないんだもん。違うのに、そんなこと口にしたらほんとにそうなっちゃうよ。だから、絶対に言っちゃだめ」
美夜はぼろぼろと大粒の涙を流しながら首を振り、何度もだめ、言わないでと呟く。今までにも小十郎や亡き父上から化け物ではないのだから自らを卑下するように言ってはならないと何度も戒められた。言われるのはこれが初めてというわけじゃない。なのに、美夜が言ってくれた。否定してくれた。俺は化け物なんかじゃないと。そのことがたとえようもなく嬉しいと感じた。
否定しつつも心の深い部分では俺は化け物なんだと思ってしまうのを止められなかった。化け物だと口にする度に、あの日拒絶された手の痛みを思い出した。ずっとそのことから目を背けてきた。
不思議なことに、今なら分かる。何年経とうと、俺はあの日に囚われたままだったのだ。無条件に注がれていた母からの愛情を失ったあの日に。
弱かったのだ、俺は。ガキの頃のまま、現実を受け止める強さを持てず、持てた気になっていた。そしてあの人も、母上も弱かったのだろう。俺と同じように、現実を受け止める強さを持っていなかった。おそろくは今も、まだ。何年も現実から目を背け、自分の中だけの歪んだ真実に逃げ続けたために、母上自身気付かぬうちにそれに囚われてしまっているのかもしれない。
美夜のおかげで気付けた。今まで拒絶していたのが嘘のように穏やかな気分で、信じられないほどすんなりと受け止めることが出来た。しかも母上のことを考える余裕すら生まれるとは。
まだ母上を赦せたわけでも無いし、わだかまりを感じないわけでも無い。それでも、心の奥底に渦巻いていた暗く激しい感情がその存在を小さくしている。
自然と浮かんだ笑みに安心したのか、美夜は俺の口を塞いでいた手を離した。今度は俺がその手を取る。
「もう、言わねえ」
「本当に?」
「ああ」
「じゃあ約束ね」
涙を拭うこともせず、子供のように小指を絡めてきた美夜に思わず笑いが零れた。
「なんで笑うの?」
「Sorry、お前の顔が面白くてな」
「どういう意味?」
「鼻水が出てる」
「うそ!? って出てないじゃない!」
涙は止まったものの美夜の眼も頬も赤く、睫毛には雫が残っている。その状態を気にすることなく睨んでくる美夜の姿に安堵する。俺のために泣いているのだと分かっていても、泣き顔ばかり見ていたいわけじゃない。
空を見上げる。眩しい。さっきまであった雲が一つも見当たらない、抜けるような青空。母上と会った後だというのにこんなに晴れ晴れとした気分で居られることが信じられない。
「政宗! 人の話聞いてるの!?」
「聞こえてる。ったく、怒ってねえでさっさと鼻かんでこい。そこそこ見られる顔が台なしだ」
「だから鼻水なんか出てないってば! それにそこそこって何よ! そこは普通お世辞でも良いから可愛いって言うところでしょ!」
泣き顔よりも、怒ったり赤くなったり、時には無防備に笑ったり。忙しなくころころ変わる表情こそがこいつには似合っている。泣き顔よりもそれらの顔だけを見ていたいと思った。
◆ ◆ ◆
漸くお帰りになられた義姫様一行を見送り息を吐き出し、一行に向かって指を突き出す門衛に注意をしてから踵を返した。
性格上大人しくはしていてくれないだろうとは思っていたが、予想を越えて激昂していた美夜はそろそろ落ち着いただろうか。最後に見た時は泣きそうな顔で義姫様の背を睨んでいたが。
「小十郎、こっちこっち」
戻る途中に呼び止められた。見遣れば成実が廊下の端から手招きをしていた。隣には綱元の姿もある。二人の様子に疑問が浮かぶ。義姫様が訪れた後は政宗様はしばらく一人になることを望まれるから、二人が政宗様の側を離れていることに対して不思議は無い。疑問に思ったのはその表情だ。成実は喜色を浮かべ、綱元は喜色と落胆が混じる表情を浮かべている。
成実は義姫様を心底嫌っているし、綱元もはっきりと口にしたことはないが尼にでもなって大人しくしていろと思っているだろうことが態度や言葉尻から窺い知れる。その二人がなぜこんな表情を浮かべている?
「どうした」
「梵の様子を見に行くとこだろ? 今回は必要ないよ。つーか行かない方がいい」
「なに?」
「美夜さんがおられますから、今回は小十郎の出番は無いということです」
「美夜が? どういうことだ?」
交互に、というより成実が話す合間合間に綱元が補足を入れつつ聞かされた、俺が去った後の出来事に耳を疑った。
「政宗様が、ご自分から右目を見せた、だと?」
「直接見ていたわけではありませんが、聞こえてきた会話から察するに間違いないと思います」
「信じらんねえだろうけど多分間違ってねえと思う」
幼少時より仕えてきたが、そのようなことは初めてだった。異性はもちろん同性、たとえこの小十郎であろうと進んで右目を曝すことなど無かった。見られた時の反応を怖がるというより、自身が見たくないものを曝したくない気持ちが大きいのだろうと思う。そんな政宗様が過去を話し、そして躊躇なく美夜に、女に右目を曝すとは。二人を疑うつもりはないが俄かには信じがたい話だ。
「それにさ、あの人が来た直後だってのに、俺達が離れる時に見た梵の顔、すっげー穏やかだったんだよ」
「打算や思惑が欠片も無い、純粋に殿を想って流された美夜さんの涙のおかげ、かもしれません」
美夜の涙、か。思い起こせば美夜が怒ったのも義姫様の政宗様に対する暴言に対してだった。自分のことを言われた時には堪えていたというのに。
美夜がこの城の近くに現れ、最初に会ったのが政宗様だったことに意味があったのだろうか。
微かに聞こえてきた政宗様の笑い声と、怒っているらしい美夜の声を聞きながらふと思った。俺らしくもない。まるで二人が出会ったのが運命だとでも言いてえみたいじゃねえか。そう自嘲するが、義姫様と合われた直後にあれほどに明るい政宗様の笑い声を聞いていると、あながち運命というのも間違っていないと思えてくるから不思議だ。
だが、もし運命ならば残酷だとも思う。もしお二人が同じ世界の住人だったなら……。いや、『もし』なんて仮定を考えるだけ無意味だ。美夜がこの世界の住人ではない事実は、変えることなど出来ないのだから。
*補足説明*
伊達政宗公の右目は幼少期の病によって失明。
その後暗くなった性格の是正のために片倉小十郎が右目をえぐり出した。
というのが通説、というか広く知られていると思います。が、以前にテレビで実際は右目は残っており、瞼がくっついてしまっただけ。という内容が流れているのを見ました。
それが新事実だったのか新たな説だったのかは記憶が曖昧なのですが。
このサイトでは、新事実? の「瞼がくっついた」説を使わせて頂いています。
続