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◆ ◆ ◆
「大丈夫ですか?」
「お前、まさかあれだけの量で酔ったのか?」
顎を掴んで上向かせれば視線がとろりと溶けている。目元が朱色に色づいて、どこからどう見ても酔った人間のそれだ。
「美夜さんはお酒に弱かったようですね」
「つーかこれは弱すぎじゃね? たった一杯だぜ?」
「弱い者には量など関係無いだろう」
「まあそうだけどさぁ。でもたった一杯で酔う奴なんてマジでいるんだな」
自分のことを言われていても酔っているから分からないようで、美夜はぼんやりとしたままなんの反応も無い。普段が騒がしいだけに大人しい美夜というのも珍しい。が、酔ったというのに大人しくなっただけ。
「酔っても少しの色気も出ねえとはな。さすがに同情したくなる」
「無いなら作ればいいのでは?」
「こいつにンなことするだけ無駄だろ」
「やってみなければ分かりませんよ」
「綱元、ほどほどにしておけよ」
「相変わらず小十郎は頭が堅いですね。人生時には楽しまないと損ですよ」
渋い顔をする小十郎を尻目に綱元は美夜の襟と裾を下品にならない程度に軽く乱し姿勢を指示していく。されるがまま言われるがままの美夜の様子は普段とは真逆だ。何の反応もねえってのもつまらない。多少は騒いでくれた方が面白いなと思いながら綱元が作り上げていくのを待つ。
「こんなものでしょう。いかがですか?」
「うっわぁ。女って怖ぇー」
「ほぉ、ここまで変わるとはな」
「殿はどうです?」
「なかなか良いじゃねえか」
「お褒めに与り光栄です」
崩した襟から鎖骨と僅かに胸元が覗き、一つだけ燈してある明かりが白い肌に当たってどことなく艶めかしい。襟を崩したために下がった袖から指先を覗かせた手は裾を乱して開いた足の間に置かれている。
その体勢はどこかガキっぽさを感じさせるのに、白い肌の艶かしさと酒に酔ってとろけた眼が未成熟な色気へと昇華させている。胸元の寂しさが多少気になるがそこはどうにもならない部分だから仕方がない。
「美夜さん、先程お教えしたことを殿に」
「……ん」
酔いのせいで反応は鈍いが綱元に頷き返した美夜はこちらへとにじり寄ってきて俺の膝に手を置き見上げてきた。いったいあの騒がしい美夜のどこから出たのかと思うほどに今の美夜には色香があった。胸元の寂しさが気にならなくなってくる。
「まさむねさま。美夜を、可愛がってくださいませ」
酔いのせいで少々舌足らずになっている口調もまた、不思議なことに艶めいて聞こえる。
「まさむね、さま?」
こて、とあどけなく首を傾けた美夜の頭に手を置いて、短く息を吐いた。
「素面の時に聞けたら別だったかもしれねえな」
「おや、気に入りませんでしたか?」
「酒が抜けた時に記憶が残ってりゃ別だな」
「そればかりはその時にならないと分かりませんね」
「勿体ねえ! それ据え膳だよ!? 据え膳! 食わなきゃ損じゃん! 梵が食わないなら俺がごふぉっ!!」
「ちったぁ節操ってモンを身につけろ!」
「そんなだから成実はモテないんですよ」
「だからって両側から同時に殴ることねえだろ!? しかも綱元は手じゃなくて銚子で殴ったし!」
「手で殴ったら痛いですしこちらの方が硬いじゃないですか」
「硬いから避けてよ! あえてそれで殴るなよ!」
ギャーギャー騒ぐ成実から美夜に視線を戻す。相変わらず潤ん眼でぼんやりとこっちを見上げている。
「そんなに食われてえのか?」
「く……?」
意味がわからないのか首を傾げた。その様はやはりあどけない。先程まであった艶や色香はどこへいったのか。変な女だとやや乱暴に髪を撫でたその時、唐突に美夜の体が力を失い倒れ込んできた。
きたか。成実が騒ぐのを止めた。仰向けにさせた美夜を全員が見つめる中、昨夜と同じことが起きた。ほんの一瞬体が透け、気配が消える。誰かが息を飲む音がした。
「話には聞いていましたが、実際に見ると自分の目を疑いたくなってしまいますね」
「だよな。聞いてなかったら酔ってると思うとこだよ」
「政宗様。時刻は昨夜と同じですか?」
「ああ、ほとんど同じだ」
月の位置で時刻を確かめていた視線を美夜に戻す。日付が変わる頃に起きる異変。美夜の意識が戻るまではっきりとは分からないが、目許や頬から赤みが引いていることから酒は抜けているだろう。たった一瞬のうちに抜けた。それとも『消えた』のか。
「ん……」
「気分はどうだ」
「気分? ……わぁーっ!」
ついさっきまで酔っていたとは思えないほど俊敏な動きで起き上がると襟を押さえて走り去っていった。美夜らしいと言えばらしい反応に先程見た光景への驚きが残る面々は呆気に取られたように黙り込んだ。
「……今の、なに?」
「酔っていた間の記憶が残っていて羞恥で逃げ出したのでは?」
「だろうな。今頃一人で騒いでるだろ」
「とにかく、これでいくつか確証が持てましたな」
小十郎の言葉に全員の表情が改まる。日付が変わる頃、美夜は体が一瞬だけ透け、気配が消える。その際美夜の意識があれば強制的に意識を失う。そして異変の前に体に傷であったり酔いであったり、何かしら不調があればそれらは全て無くなり正常の状態になる。
「でもさ、なんであんなことが起きるのかは分からないまま…」
途中で成実が話すのを止めた。理由は聞かずとも全員が察している。すぐにパタパタと軽い足音がして着物を乱したままの美夜が戻ってきた。
「さ、さっきのあれだけど! あれは酔ってたからであって私の本心じゃないからね! 綱元さんに言えって言われたから言っただけだからね! く、食われたいなんて全っ然思ってないからっ!」
少ない光源でも分かるほど首まで赤く染めながら叫ぶと美夜はまた走り去って行った。
「いつもの美夜ちゃんだ。さっきの美夜ちゃんが恋しいかも」
「成実」
「殴んのは無しだからな!」
「殴られるようなことをしている自覚があるなら考えて喋れ」
「へいへい。時と場合を選べってことだろ? でもさぁ、なんであんなことが起きるのかなんて分かんねえじゃん」
お手上げとばかりに肩を竦め投げ遣りにも感じられる態度の成実に小十郎が微かに眉間に皺を寄せた。強面で厳しいが根は人情味に溢れた男だから美夜の境遇に少なからず同情しているのだろう。
「何か手掛かりがあれば良いのですが」
「この世界へ来る直前のあいつの記憶が手掛かりになるのかもしれねえが……」
「ではそれを聞けば、」
「無理だ。何も覚えてねぇらしい」
「記憶の一部欠如、ですか。そうなる原因と似たような事に遭遇すれば思い出すこともあるそうですが……」
「それが何かすら分からねえからな」
「八方塞がり、ということか」
小十郎の言葉を最後に沈黙が場を満たした。
続