03
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疑いを持ち始めたことに気付いているだろうに、まさむね様は呆れることなくむしろどこか納得の様子で立ち上がると壁に作り付けられた棚から一冊の本を手に取った。
平積みされた本の影になっていて気付かなかったその本は、紐で綴じたものではない、私にとって見慣れた装丁の、ハードカバーと読んでいる種類の本だった。
「これは少し前に南蛮との交易で手に入れた本だ。中身は物語で、過去へ行く手段を手に入れた男が歴史改編を目論む内容だ。その中に未来から持ち込んだものを過去の人間に見られる場面があった」
渡されたそれをパラパラと捲る。英語が苦手な部類に入る私には一行どころかタイトルさえ読めない。でも、ところどころにあった挿し絵でまさむね様の言った通り過去へ行く内容らしいことだけは分かった。
「お前が持ってたモンはこの本に出てくる物よりさらに不可思議なものだが、まあ状況としては似てるからな。これで納得したか?」
「うん……」
「まだ何かあるのか?」
さすがに今度は呆れを滲ませたまさむね様に、そんなこと言われても、と心の中で反論する。
どうしてまさむね様は私が未来の人間だと気付いたのか。違和感の正体はこれだと思っていた。なのに、理由を知っても違和感は小さくはなっても消えなかったのだ。
いったい何が引っ掛かっているんだろう。
「政宗様。そちらの物語では過去へ行った者はそこが正しく過去であると、何をもって判断したのですか?」
「高台から街並みを見て……ああ、そうか。美夜、だったな。着いてこい」
「え、あっ」
返事も待たず、まさむね様は立ち上がると部屋を出ていってしまった。
「行ってこい。お前の中に残る引っ掛かりが判明するかは分からん。だが、お前にとって必要なことのはずだ」
必要なこと。直前までの会話から考えるにそれはたぶん、私に街並みを見せることなんだろう。
人や物、部屋はいくらでも取り繕える。でも街並みは難しい。一つの時代をテーマに作られた観光施設であっても施設内全てを完全にその時代のものだけで作り上げることは出来ない。
施設案内の看板類、緊急時の道具や避難経路を伝えるもの、入場ゲートを一歩外に出れば観光バスや来場者のための駐車場。施設であれば、というより施設だからこそ、必ずどこかに現代のものがある。
確かに高いところから辺りを見渡せば一発だ。ここがどこかはっきりする。
今も残る引っ掛かりが何か、分かるかもしれないし分からないかもしれない。
一つだけ言えるのは、見ればもう、逃げられない。
「怖いか」
「え?」
「違うのか?」
直ぐにまさむね様を追えないのは事実を突き付けられるのが怖いから、ではないと思う。こじゅうろう様の強面に対する怖いを別にすれば、自分でも不思議なほど『怖い』という感情が無い。
「怖くは、ない、です。何ていうか、ここがもし、そうなら、私、どうしたらいいのかな、って」
言葉にすることで自分でも掴みかねていた気持ちがはっきりした。怖くは無い。それは本当。怖いのではなく、不安なのだ、私は。
もしも本当にここが過去なら、私は帰れるの? 帰るための手段は? それが分かるまでどうすればいい? どうやって帰る方法を探せばいいの? 頼れる人どころか知り合いの一人も居ないのに。
「安心しろ」
ぽんと頭に手が置かれた。いつの間にか俯いていた顔を上げれば僅かに笑みを浮かべたこじゅうろう様と眼が合った。笑みのおかげか、初めて恐怖を抱くことなくこじゅうろう様を見ることができた。
確かに強面ではあるけれど、こうして見ればそこまで怖そうには見えない。どうしてあんなにビクビクしてしまったのか。最初の印象や連れてこられた時のことが原因かもしれない。
「政宗様はお前を保護することを決めておられる」
「え……」
「お前が元の時代に戻るまで、衣食住、そして出来うる限りの身の安全を約束なされるだろう。見知らぬ場所に放り出された女を見捨てるほど、非道な御方ではない」
数回優しく頭を撫でたあと、こじゅうろう様はもう一度、「行ってこい」と言った。今度は素直にはいと言って立ち上がることが出来た。
先に行ったと思っていたまさむね様は、部屋を出て直ぐの壁に腕を組んで凭れて待っていた。
こじゅうろう様の言ったことは本当なのかなと思いながら側へ行くと、ふっと笑って少し乱暴に、でも優しく私の頭を撫でた。たったそれだけのことなのに、こじゅうろう様が言っていたことを肯定しているように感じて、自然と肩から力が抜けるのが分かった。
こじゅうろう様は厳しいところ、まさむね様は酷いところもあるけれど、ちゃんと人を想う優しさも持っている。そういうことなのかもしれない。ようやく、二人の人となりが少しだけ分かってきた気がする。
行くぞと促し歩き出したまさむね様のあとを、撫でられた際に乱れた髪を手櫛で直しながら着いていく。
いったいどれだけの敷地面積があるのか気になるほど広い庭を横に見ながら廊下を進み、途中で曲がって建物内部を歩いていくと玄関らしき場所に出た。
部屋からここまでの距離や庭の広さに比例した広さの玄関に、まさむね様の身分も気になった。念のために今後は何をされても言われても、ちゃんと『様』を付けて敬語で話すようにしよう。
適当に、そこにあった藁草履を履いて外へ行くまさむね様に倣い、それでも一応お借りしますと言ってから藁草履を履いて外に出た。
「え」
広い玄関を一歩外に出て、何気なく見上げた先にあったものに、一瞬思考も体も停止した。
瞬きを繰り返し、周囲をキョロキョロと見回し、そしてもう一度見上げても、何も変わっていなかった。見間違いじゃ無かった。
ドン、とそこにあったのはお城、だった。日本のお城。てっぺんに金のシャチホコ、は無いみたいだけど、どう見てもお城。天守。規模から考えても真似て作ったとかそんなレベルじゃない。
ここから見る感じでは今居る場所からさほど離れてはいないだろう。ほんの数分の距離だと思う。つまり、まさむね様はお城の近くに住んでいるということになる。物凄く、近くに。
もう街並みを見なくてもほぼほぼ確定なんじゃなかろうか。現代日本でこんな距離でお城の近くに住むなんて不可能だ。現存するお城はどこも観光地化してるはずだし保存のためにもこんな距離に民家──民家なんて規模の建物じゃないけど──は建てられない。
いや、それよりも。まさか、まさむね様って、お殿様とかじゃ、ないよね?
森でのやり取りが脳裏を駆け巡り、青ざめていくのが分かった。優しいところも持ち合わせた人なんだろうと思ったばかりだけれど、もしもお殿様だとしたらさすがにしてしまったあれこれをお咎め無しにしてもらえる気がしない。特に股関を蹴っちゃったこととか。
よし、謝ろう。誠心誠意謝れば許してもらえるかもしれない。優しいところもある人なのだと分かったばかりだ。きっとちゃんと謝れば許してもらえるはずだ。というかそうであってほしい。打首とか絶対ヤだ!
そうと決まれば直ぐにでもとお城に驚いている間に先に行ってしまったまさむね様を追い掛けて、前庭らしき空間を小走りに駆けて門を出た。
まさむね様は門から二、三メートルほど離れた、天守に続くのだろう道に居た。立ち止まって誰かと話している。
終わるまで待とうと、邪魔にならないよう道の端に移動するとそれまでまさむね様に重なって見えなかった話し相手の姿が見えた。
青色の簡素な甲冑に身を包んだその姿は、ドラマでエキストラが演じる雑兵っぽい……。
「え?」
有り得ないものが見えた。見えたというかあるというか、してる。
いやいやまさかそんなと確かめるためにそろりそろりと近付いていく。と、途中で相手に気付かれ眼が合ってしまった。咄嗟にまさむね様の背中に隠れてしまう。
「筆頭、誰っすか?」
「そのうち分かる」
「はぁ、そっすか」
お殿様相手にしてはだいぶ砕けた口調に、まさむね様お殿様説は間違ってたのかなと思いつつ、見た目から想像していたよりは乱暴ではない話し方だったからそろそろと顔だけを覗かせて相手を見た。