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戦は伊達軍の勝利で終わった。犠牲も最小限に抑えられた。小十郎の策と成実や兵等の働きのおかげだ。
戦後の処理も粗方終った頃、楓の兄、狼が現れた。美夜の警護を任じた男が、なぜ。
視線で小十郎と成実を促し、兵達から離れた場所まで移動をしてから来た理由を問い質した。
「綱元様から文にてお知らせするより、実際にその場に居合わせた者から直接報告をするよう申し付けられ、参りました」
「美夜を放ってか?」
「報告はその美夜様のことについてです」
『貴方を試させてもらうわ』
先日、妙な空間で謎の女から言われた言葉をふと思い出した。なぜ、今。
いや、今はそれより美夜のことだ。謎の女のことを脇に置き、狼を見据える。
「何があった」
「美夜様が刺され、そのお体が消えました」
「What!? どういうことだ!」
思わず狼の胸倉を掴み上げていた。小十郎の手が腕に置かれ、無言で諭される。狼の喉を締め上げる形になっていたことに気付き、努めて息を吐き出し荒ぶりそうになる感情を宥めると狼から手を離し、続きを促した。
語られた報告は、全てが衝撃だった。
美夜が城を抜け出したこと。戻りはしたがその時出会った男に何度か会いに行っていたこと。
そして、その帰り道で襲われ、美夜は刺されたのだと言う。
襲った犯人の名は絢。その名になるほど、と憤りとは別に納得もした。数回会ったことがあるだけだが、あの女ならば美夜を殺そうと考えても不思議は無い。
「我らが駆け付けた時には美夜様は既に致命傷を負われており、辛うじて息をしている状態でした。それでも楓が手当を施そうとした時、美夜様のお体はまばゆい光に包まれ、それが消えた時にはもう、お姿はありませんでした」
消えた。致命傷を負ったまま。もし元の世界に帰ったのだとしてもそんな傷があれば………。いや。
「今、城の方はどうなっている」
「綱元様の指示でくのいちの一人を美夜様に成り済まさせておりますのでまだ騒ぎにはなっておりません。今後の指示を仰ぐようにも申し付かっております」
「OK. なら病に罹ったことにして数日したら静かな場所で静養させるという名目でそのくのいちを下げろ。あいつは夏に一度倒れてるから誰も疑わねぇだろ」
「美夜の死がそれほどに受け入れられませんか?」
「……どういう意味だ」
小十郎を睨む。小十郎もまた、強い眼差しで俺を見据えている。
「なぜわざわざ病などと偽るのです。絢姫の父親が抱く野心は危険です。表向き、美夜は政宗様の寵愛を一身に受ける許嫁という立場にありました。ならば美夜の死を明らかとし、その責を問う形で…」
「証拠も無ぇのにか?」
「政宗様!」
「あいつはここよりもあらゆる技術が発達した世界から来た。元の世界に帰ったんなら助かってるかもしれねぇだろ」
「本気でそう思っておられるのですか?」
小十郎の目を見返すことが出来ず逸らしてしまう。その行動こそが何よりの答えだと気付くことなく、尚も何かを言おうとしていた小十郎を遮る形で先に言葉を発した。
「あいつを死んだことにしてそれを利用するってんなら証拠を見せろ。証拠を持ってきたら、それを理由にあの男を潰す」
そう言い捨てて一人その場を後にした。誰も居ない場所までくると、近くの木に拳を打ち付ける。己の内側で荒れ狂う激情が身を焦がす。今すぐにあの不愉快な女を消してやりたかった。だが、そうすることで美夜の死を確実にしてしまう気がするのだ。
なぜ誰も彼も美夜の死を疑わない。息を引き取ったその瞬間も、物言わぬ骸と成り果てた姿も、誰一人として見ていないくせに!
「shit!」
再び木に拳をぶつける。言い訳だ。全て。
小十郎の言う通り、俺は美夜の死から逃げている。人間の体の構造を熟知している忍が致命傷と判断したのだ。最早望みは薄い。
それでも絶対ではない。ないと思いたかった。
美夜が死んだなどと、認めたくなかった。
◆ ◆ ◆
帰城して一日が過ぎた。俺が認識していた以上に美夜は城中の者から好かれていたらしく、戦勝後だというのに城内の活気はどこか精彩を欠いている。
出陣していた兵の間でも美夜が病によって城を出たことは広まり、城内のあちこちで美夜はいつ戻るのかという会話が交わされている。中には俺が美夜を邪魔に思って追い出したのではとふざけたことを抜かす奴もいた。
俺はといえば、まだ美夜の死を受け入れることが出来ないでいた。
馬を駆っても刀を握っても、何をしても気持ちを切り替えることが出来ない。美夜の使っていた部屋が片付けられることなくそのままにしてあるのも原因の一つかもしれない。
懐から柔らかい布に包まれた腕輪を取り出す。美夜の生誕祝いの品だ。最初は売られている物の中から似合う物を探していたのだが気に入るものは一つとして無く、そのうちに既成の品を贈ることに引っ掛かりを感じるようになり、ならばと腕の良い職人に俺が考えたデザインで作らせた。
完成して城に届けられたのは、皮肉なことに美夜が消えた翌日だったらしい。贈られることなく用途を無くした腕輪だが、手放す気にはなれずこうして持ち歩いている。
「政宗様」
閉められた戸の向こうから掛けられた小十郎の声に返事をするよりも先に、腕輪を布で包み直し懐に戻してから入室の許可を出す。
「入れ。どうした」
「失礼致します。絢姫が病に倒れた美夜への見舞いの品を政宗様直々に渡したいとのことで目通りを願っております。追い返しますか?」
「美夜にだと? 当たり前だ。追い返せ。胸糞悪ぃ………」
「政宗様?」
「追い返すのはやめだ。会ってやろうじゃねぇか。どの面下げて俺に会いに来たのか見てやる」
渋面になった小十郎に構うことなく待たせているという部屋に向かい中へと足を踏み入れる。下座に座していた二人の女が頭を下げた。手前で頭を下げている女が着ている華やかな着物を見るだけで見舞いはただの口実であること、そして口実にしておきながらその気持ちを取り繕う気すら無いことが分かる。どこまでも性根が腐っている。
「何をしにきた」
上座に座り、顔を上げる許しを与えることなく問う。女の肩が震え、侍女が気遣うように主を盗み見た。さて、どうするか。女の後頭部を見下ろしながら反応を待つ。
「……まずは此の度の勝利、おめでとうございます。これで奥州平定も間近にございますね。しかし美夜…様が病を得て倒れられたとか。政宗様もさぞやご心痛のことと思い、僭越ながらこちらの品をお持ち致しました」
間があったが頭を下げたまま口上を述べ、手で傍らに置いてある箱を示した。微かに室内に漂う匂いから判断するに箱の中身は薬草だろう。間に合わせで適当に用意した薬草か、それとも渡す物だからと考えて集めた薬草か。後者だとしてもこの女の発案ではないだろう。
女を見れば声だけでなく肩や指先までが恥辱のためか震えていた。美夜の名を口にした時も敬称を付けるのが嫌々なのが隠し切れていない。
昔からこいつはそうだった。初めて顔を合わせたのはまだ俺が当主を継ぐ前、十四の頃。周りが決めた正室候補の他の女達と共に、花見と称した見合いの場にこの女も居た。
母親に似て美しく、まだ子供ながら琵琶の腕は天性の才に恵まれ、茶や花、詩などの才も素晴らしい。というのが事前に俺に伝えられたこの女に関する情報だった。
確かに見目は整っている方だろう。天性の才というのは言い過ぎではあったがそれなりに琵琶の腕はあり、その他のことに関してもだいたいは噂通りだった。だが、父上が真っ先に候補から外したのはこの女だった。
理由は性格だ。一言で表すなら傲慢。自身は高貴な身だと鼻に掛け、自分と同等、もしくは上の身分の人間以外は全て下賎だと蔑み、自分に与えられるあらゆるものは与えられて当然だと思っているのが態度にも言葉にも現れていたのだ。
身分ある者はその立場に応じた責務を負う。他者を蔑み、己が贅沢をするために身分があるわけではない。
この女はそういったことを知らない。気付きもしない。恐らく考えたことすらないだろう。
だが、美夜は違う。
あいつは着付けや髪を結う、茶を用意するといった侍女として当たり前の仕事をしているだけの者達へも、その都度必ず感謝の言葉を口にしていた。
再び倒れることが無いよう、夏に涼しい衣服を作らせた時も、わざわざ針子部屋に足を運んで礼を伝えていたらしい。
それらは全て、美夜の中に常に周りの者への感謝と気遣いの気持ちがある証拠だ。
贅沢や奢りなんて言葉とは程遠い女だった。
当初、交換条件として始まった偽の立場ではあったが、仮にも許嫁として城に置く以上、多少の贅沢くらいは許すつもりだった。
だが予想に反して美夜は自ら何かを欲することがほとんど無かった。それどころか記念日やお礼といったはっきりとした理由の無い贈り物を厭う質だった。
唯一遠慮無く強請るのが城下へ行った際の茶屋の団子くらいなもので、呆れるほどに欲の無いやつだった。
厚顔で傲慢なこの女とは何もかもが違う。
「失せろ」
「っ!? い、いま……今、なんと……」
「失せろっつったんだ。テメェを見てるのは不愉快だ。二度と俺の前に現れるな」
同じ空間にいることすら不快だった。
どうせこの女の目的は美夜の生死と、死んだのであればなぜそれを明らかにしないのかを探ることだ。
この女には、いや。他の誰であっても情報を与えてやる気などこちらには無い。これ以上続けても不愉快なだけだ。
やはり会わずに追い返すべきだった。こいつが退室するのを待つ僅かな時すら不快に感じ、さっさと俺の視界から消すべく立ち上がったその刹那、耐え切れなくなったのか女が顔を上げた。その顔は恥辱にどす黒く染まり、醜く歪んでいる。
「それほどにあの女が良いのですか!? あのような身の程知らずの下賎の女よりも、わたくしの方が政宗様に相応しいではありませんか!」
「テメェが俺に相応しい? どこからそんな言葉が出てくる」
「全てですわ。文武両道に秀で、富にも権力にも恵まれた政宗様には知性、教養、美貌、全てに恵まれたこのわたくしが相応しいのは当然のこと! ふりとはいえ許嫁の立場を任されたことだけでも分不相応だと言うのに、身の程知らずにも政宗様に恋をしたあの女など塵芥と同じではありませんか!」
「な、に?」
美夜が、俺に、何だと?
「あんな女、死んで当ぜ…っ」
「絢姫様!」
気付けば女の細い首を掴んでいた。最早我慢も限界だった。美夜を蔑んだのみならず、死んで当然だと?
「死んで当然なのはテメェだろう」
「ぁ、ぐ…」
「お願い致します! お願い致します! 絢姫様をお許しくださいませ! このままでは姫様が死んでしまいます!」
「Ha! 良いじゃねぇか。こいつが死ぬことにどんな問題がある」
「そんなっ!」
縋り付く侍女を無視しさらに力を込めようとした腕が、横から伸びてきた手に掴まれた。
「そこまでになさいませ。それ以上力を込めれば本当に死にます」
小十郎を見る。俺の腕を掴む手には力が篭っている。
「なんで止める。潰せと言ったのはお前だろう」
「先にここで絢姫を始末すれば、要らぬ争いを招くことになるかと」
「…………チッ」
振り払うように首を離す。ほとんど意識を無くしている女の体が音を立てて床に倒れるのを見ることなく足速にその場から離れた。
脳裏を過ぎったのは戦に出ると伝えた時の美夜の不安に怯える顔。
何れはあの女も父親も、一族郎党全てを片付ける。美夜のことが無くとも前々から考えにあったことだ。あの女の父親は野心が強すぎる。
放っておけば天下取りに乗り出した時に背後を突かれる恐れがある。いや、このままのさばらせておけば確実にそうなるだろう。だが、だからと言って事を大きくせずとも片付けることは出来る。
美夜が怯えない方法で片付けることは可能なのだ。
「shit!」
不愉快なあの女の命を長らえさせたのが、記憶の中とはいえ美夜だったことに無性に苛立った。
続