03
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予想していたとはいえ初対面の男性に帯を結んでもらうのだと思うと緊張する。相手の素性はもちろん、連れて来られた理由も分からないから尚更だ。
「悪いが、話が済むまでは人払いをしてある。男の俺では嫌だろうが我慢してくれ」
私の緊張に気付いたのか、こじゅうろう様は衝立を回り込んできた位置で立ち止まるとそう一言断ってきた。こじゅうろう様の気遣いに隙は無いらしい。
はいと頷くとそれを待ってこじゅうろう様は私の正面まで来て膝を突いた。さすがにこの距離だと迫力がある。気を付けないと視線が頬の傷に向かいそうになってしまう。仕方ないとはいえ見下ろす形になってしまっていることにも意識が向く。
「お、お願いします」
じろじろ見るのは失礼だし、それがきっかけで機嫌を損ねてしまうかもしれない。早く終わらせるためにもと小さく頭を下げて掻き合せていた襟から手を離す。
「……………」
「あの?」
「なんでもねぇ」
じっと視線を注がれていたことに気付き戸惑い首を傾げながら問うもごまかされ、何も無かったように手早く帯が結ばれた。
「どこかキツいとか苦しいとかは無いか」
「えっと……大丈夫です」
「なら、いい。身仕舞いが済んだらこちらへ来い。脱いだものは着替えを包んでいた風呂敷を使え」
「はい。…あ、あの……ありがとう、ございました」
戸惑いとか警戒とか、いろんな感情を抱きながらもお礼を言うと、またこじゅうろう様に視線を注がれた。
どこか変だったのかなと思ったけれど、今回もこじゅうろう様は何も言わずに先に衝立の向こう側へ戻っていった。
衝立越しに私には聞こえない程の小声でまさむね様とこじゅうろう様が何かを話しているのを聞きながら、脱いだ服を畳んで風呂敷で包む。
出ていけば話し合いの続きになるはず。その話し合いの中で二人の素性が分かって、ただ見た目が悪人なだけでアブナイ職業の人ではなく、無事に家か駅か交番か、どこかに連れていってもらえるなら何も問題は無い。
だけどもしも、もしも二人が一般人が関わっちゃいけないアブナイ職業の人だったら……。
正直、逃げ切れる気がしない。でもかといって諦めるわけにはいかない。うまく立ち回って何とかしてここから無事に帰らなければ。
二人には聞こえないよう控えめにペシッと頬を叩いて気合いを入れ直してから衝立の向こう側へと戻った。
私が来たことに気付くと二人は小声でしていた話し合いを止めたけれど、その表情は対称的だった。
まさむね様は楽しげなのに、こじゅうろう様はどこか疲れたような諦めたような、そんな表情。実際こじゅうろう様は気持ちを切り替えるように小さく溜め息のような息を一つ吐いてから私に座るよう促してきた。
「あ、あの、これ。ありがとうございました」
座わる前に手鏡と櫛を返すとこじゅうろう様はもう良いのかと聞いてから受け取り懐に仕舞った。その一瞬、私を見る眼に哀れむような色が浮かんだように見えて、戸惑うよりも不安を掻き立てられた。
「薬は塗ったのか?」
まさむね様の問いに黙って頷き返し、慌てて「はい」と言い直すとまさむね様は僅かに眉をしかめたものの直ぐに何も無かったように表情を戻した。
「快庵から話は聞いてる。湿布薬はお前の部屋に届けさせる。それまでは我慢しろ。もし痛みや腫れが酷くなるようなら言え」
「え……あの、部屋って……」
「今日からお前が寝起きする部屋だ。後で案内する」
「だ、大丈夫です! 痛みとか大したこと無いから大丈夫です!」
怪我が治るまで帰さないということなのかと焦り、元気なのを証明するために殊更に明るい声で主張したらなぜかまさむね様に呆れた視線を向けられため息まで吐かれた。しかも今回はこじゅうろう様にまで、だ。
「まだ気付いてなかったのかよ」
「え?」
「治療の間何を考えてた」
まるで私がぼけっとしていたとでも言いたげな言い方にムッとなる。いろんなことを考えて、悩んで、覚悟も決めてきたのに。
でも、私だって考えてる! と怒ろうにも、『気付いてなかったのか』という台詞が引っ掛かった。まさむね様がそう言ったとき、まさむね様とこじゅうろう様が浮かべた呆れの視線の中に、どこか哀れむような色が混ざっていた気がしたのだ。こじゅうろう様に至っては哀れむというより痛ましげな、といった方が適当に感じた。
それはアブナイ職業の人に捕まったことへの哀れみとは違うような気がして、気にすればするほど際限なく不安を掻き立てられる。
私だけが気付いていないことって、なに?
手がかりを求めるように視線をさ迷わせるうちに、何かが引っ掛かった。何かがおかしい、ような……。でも、それが何なのか、答えに辿り着く前にまさむね様が自分と私との間に大きな紙を広げたことで意識がそちらに持っていかれた。
広げられたのはまさむね様が森で地面に描いたものよりももっとずっと詳細な日本地図だった。だけどこの地図にも沖縄と北海道が無い。
「森での俺とのやり取り位は覚えてるな? ここが奥州、今あんたがいる場所だ」
まさむね様の指が示した場所は、太平洋側の東北一帯。文字が書いてあるけれど、筆で書かれたそれは崩してあるせいで読みにくかった。辛うじて一文字目が『奥』かな? と読める程度。
二文字目は画数が少なそうなことと、おうしゅうと読むらしいことから考えて、『州』という字だろうか。
どこかで聞いたことがあるような気がするけれど直ぐには思い出せない。でも、県名ではないことくらいは分かる。都道府県の名前全てをそらで言えと言われても言える自信は無いけれど、言われた名前が県名かどうかくらいの判断は出来る。これでも現役の高校生だ。
「まだピンとこねぇか」
何に対して『ピンと』こないといけないのか。戸惑いの視線を向けると政宗様は思案する様子を見せたあと意見を求めるようにこじゅうろう様へと視線を向けた。
その視線を受けたこじゅうろう様もまた、思案する様子を見せたあと私へと視線を向けてきた。その視線はやっぱりどこか痛ましいものを見る眼だったけれど、これからの私の一挙一動を逃すまいとするかのような鋭さもあった。
ただ、最初の頃のような恐怖を感じる類いの鋭さはほとんど感じられなかった。どうやら敵意は向けられていないらしい。おかげで怖さは半減している。ちなみに、残り半分の怖さのほとんどは頬の傷に鋭い目つきやオールバックから醸し出される迫力だったりする。
だってほんとに怖いんだもん!
「娘、ああ、まだ名を聞いていなかったな。名は何と言う」
「あ、えっと、美夜、です」
「では美夜、日ノ本の地図を見たことはあるか」
「あります」
「なら自身の暮らす地がどの辺りか分かるか」
「分かります。えっと、この辺、で……」
指で押さえ示した場所に書かれた文字もやっぱり崩し文字だった。今度も二文字目がさっぱり読めなかったけれど、地元なこともあってか一文字目さえ分かれば予想は出来た。
書かれた文字はたぶん、『美濃』。周りを見ても県名とおぼしき文字は無い。それどころか『飛騨』や『尾張』と今では県内の一地方の示す名前ばかりが書いてある。
私の解読が間違っていなければ、まるで、昔の地図……。
「織田の領地か」
まるで、浮かんだ考えを肯定するようなタイミングで溢されたこじゅうろう様の呟きを耳にした瞬間、一瞬目の前が真っ白になった気がした。
「政宗様、織田の領地の民ならば、逃げてきた、という可能性は」
「無ぇだろ。こいつの纏う雰囲気は魔王の支配下に居たとは思えねぇほど柔らけぇ。何より、こいつの身形は旅をしてきた人間のそれじゃねぇ」
念のために聞いただけだったのか、確認するように私に視線を向けて一つ頷くと、こじゅうろう様はそれ以上は何も言わなかった。
織田、そして魔王。この言葉から思い浮かぶ人は居る。歴史の教科書に必ず出てくる人物だし、私にとっては地元の有名人だ。でもそれは、歴史上の、だ。今現在居る人のように話すのはおかしいほど昔の人。
昔の、歴史上の、過去の、人……。
「そう、だよ」
「An?」
「織田信長なんて、もう何百年も前に死んだ、昔の人じゃない! 今も生きてるなんて、そんなの有り得ない!」
「お前の言う『今』が、今現在居るここと同じなら有り得ないだろうな」
まさむね様の台詞はまるで、私にとっての『今』が変わってしまったかのような言い方で、何かを言おうとして、でも一言も言葉は出てこなかった。
落とした視線の先には昔のものとしか思えない日本地図。
……これが、今、なの?
認めたくなくて、何か否定出来るものが一つでもあればと無意識のうちに視線をあちこちに走らせていた。
だけど眼に映るのは二人の横に置かれた刀だとか、使いかけの本物の蝋燭が刺さった蝋燭立てとか、昔っぽいものばかりで『今』らしいものは見当たらない。
天井を見ても電気は無く、壁のどこを探してもコンセントの差し込み口すら無い。
さっき感じた違和感の正体が何か分かってしまった。
この部屋には、現代らしい物が何一つ無い。
私の持ち物である、外部から持ち込まれた物だけが唯一『らしい』物で、その中には物珍しさを感じるものなど1つも無いはずなのにまさむね様もこじゅう様も不可思議なものを見る目付きだった。
「気付いたか?」
まるで心の内を読んでいるかのようなタイミングで問われ、視線をまさむね様へと戻した。
袴に刀、鍔の眼帯。片膝立てて座るその姿は『今』らしさの全く無い部屋にしっくりと馴染んでいて、財布にバッグ、スマホと、私の私物は逆に浮いて見えて――。
気付けばこくりと頷いていた。
「ここ、は……ここは、私にとっては、過去の、時代」
「ああ」
肯定されて、やっぱりそうなんだと、諦めに似た気持ちで改めて室内をぐるりと見渡して、けれどまだ何かが引っ掛かった。
板張りの床。北海道と沖縄が描かれてない、昔の国名で書かれた日本地図。本物の蝋燭を使う蝋燭立て。壁に作り付けられた棚には紐で綴じられた本が何冊か平積みされ、黒漆塗りらしき箱も幾つか置いてある。どれも時代劇ドラマで見るものばかり。
二人ともが刀を持っているのも、こじゅうろう様の頬の傷も、ヤクザとか危ない職業だからじゃなく、二人が武士だから。
かいあんさんの髪形とか、森であった忍者とか、森で目覚めてからの中で不思議に感じたり気になったりしたことの全てに説明は付いたはずだ。
私はタイムスリップしちゃって、ここは戦国時代だから見るもの聞くもの全てが昔の……。
「あ」
「どうした?」
違和感が何か分かった。声を掛けてきたまさむね様を見て、納得したはずの事実に疑いを持ち初めてしまう。
「どうして、分かった……分かったんですか?」
「何がだ」
「私が……未来の人間だってこと、です」
仮に本当に私がタイムスリップしたのなら、ここが本当に戦国時代なら、まさむね様達にタイムスリップなんて知識があるとは思えない。
見たことの無いものがあったとしても、外国のものじゃないかと思う方が自然な考えだと思う。実際まさむね様は森で外国との交易品の中にも見たことは無いと言っていた。なのにそこからこれは未来の物だ、なんて発想にいくのは不自然だ。