03
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「快庵殿をお連れしました」
外から掛けられた声に咄嗟にこじゅうろう様が貸してくれた上着の前を掻き合わせる。
「隠したか」
「え? …あ、うん」
「なら奥に移動しろ」
一瞬どういう意味かと戸惑うも直ぐに気付き頷くと、それを待ってこちらへと向き直ったまさむねは部屋の一角を指差した。首を傾げながらも立ち上がり移動したところでどうしてなのか分かった。
私が座っていたのは障子戸の前。このまま戸が開けられれば外から私の姿はまる見えになってしまう。いくらこじゅうろう様の上着が体をすっぽりと隠せるほど大きくても下着すら身に付けていない状態を誰かに見られたくは無い。まさむねが背中を向けてくれていてもずっと落ち着かない気分だったのだ。
借り物の上着の裾を踏まないよう気を付けながらまさむねが示した場所へと移動し終わると、それを待ってまさむねがこじゅうろう様に入れと促した。
失礼致しますと一言のあとに障子戸が開き、入ってきたこじゅうろう様が伴ってきた男性の姿を見た瞬間、思わず「えっ!?」と叫んでしまった。
「どうした?」
「ど、どうって、だって、」
その人、ちょんまげなんですけど。
それもパーティーグッズとして売ってるちゃちいカツラじゃない。時代劇番組で見るような本格的なもの。反応するのが当然のはずなのに、呼びに行ったこじゅうろう様はまだしもまさむねまで平然としてるのが信じられない。
本物なのかとかなんでちょんまげなのかとか物凄く気になるのにあまりにも誰も何も言わないからちょんまげについて聞くことすら憚られてしまう。
「快庵、気にするな。ただの頭のオカシイ娘だとでも思って怪我の具合だけ診てやってくれ」
まさむねの台詞に、オカシイのはあんたの頭と性格だ! と怒るよりも先に、このちょんまげ男性が医者だということに更なる衝撃を受けた。
ちょんまげの医者って。どこに突っ込めばいいの!?
「まずは喉の具合を診させて頂きます」
ちょんまげ先生はまさむねの失礼発言には反応を返すことなく畏まりましたとだけ言うと私の正面に座り、失礼致しますと一声掛けてから私の顎に手を当て軽く持ち上げ触診を始めた。
「ここは痛みますか? こちらは?」
聞かれることに答えながらもちょんまげから視線を外せなかった。なにせ間近で見たそれは凄いの一言なのだ。
特殊メイクの技法でも使っているのか地肌とカツラの境い目が全く分からない。どれだけ眼を凝らしても地でやってるとしか思えないほど境い目がナチュラル。
もしかして、本当に地でやってる、とか? でも、良い歳した大人が、しかも医者というお堅い真面目な職業の人が地でちょんまげなんてするだろうか。良くも悪くも注目を集めることは必至だし、下手したらふざけているのかとひんしゅくを買う行為だと思う。
ふと、あることに気付き、怖い考えが浮かんでしまった。
かいあんさんがまさむね達にとって掛かり付けのお医者さんなのだとしても、こじゅうろう様が呼びに行ってから戻ってくるまでの時間は短かった。それこそ同じ敷地内に居たのかと思うほどに。
まさむね達が、いや。まさむね様達が私が思っている通りの職業の人で、普通には病院に掛かれない理由で怪我をした時のために無理矢理にこの先生を捕まえているのだとしたら?
恥ずかしさで外に出られないよう、万が一逃げられても直ぐに分かる目印の意味も込めて、現代では普通じゃない髪型をさせているのだとしたら……。
「大丈夫ですよ。心配せずとも喉の腫れは大したことはありません。湿布薬を貼れば痛みも腫れも直ぐに引きましょう。火傷は…、ああ、これくらいであれば跡も残らず治ります。安心してください」
私の怯えを怪我の具合を気にしてのことだと思ったのか、優しい笑顔を向けてくれるかいあんさんの姿に泣きそうになった。絶望して自棄になってもおかしくない状態なのに医者としての勤めを忘れず、こんなに優しい気遣いも……。
かいあんさんを危険な職業の人に捕まった可哀想な人、と思った。でも、本当にそうなんだろうか。
私とかいあんさんの横には目隠しがわりの衝立がある。これは診察が始まって直ぐにこじゅうろう様が置いてくれたものだ。
貸してくれた上着。見ないよう向けられた背中。火傷は範囲は広くとも誰が見ても軽傷だと分かるし、喉だって声は出るし原因も分かっているから湿布だけで、となってもおかしくない程度のもの。なのにこうしてお医者さんを呼んでくれた。
だけど、ここに居るのは拉致としか思えない方法で連れてこられたから。
「…………」
まさむね様達の行動がちぐはぐに思えて、何を基準に考えればいいのか分からない。
「…あの」
「はい」
「あ……いえ、あの、ありがとう、ございました」
ちょんまげにしている理由とかまさむね様達が何者なのかとか、いろいろと聞きたかったけれどどう切り出せばいいのか分からず、結局声に出せたのはお礼の言葉だけだった。
「すべて軽いもので良かったですね。女性ですから肌に跡が残っては大変です。後程喉に貼る湿布薬を届けます。においが気になるでしょうが痛みと腫れが引くまでは貼ってください。火傷と擦り傷の薬は今お渡ししておきます」
「ありがとうございます」
薬の入った容器を二つ受け取り頭を下げるとかいあんさんも同じように頭を下げてから立ち上がり、衝立の端で再び会釈をしていった。
姿が見えなくなると早速胸元から手拭いを離し、貰った薬のうち火傷用だと言われた方の蓋を開ける。中身は軟膏で、指先で取って赤くなっている部分に塗り広げていたら衝立越しに診察結果をまさむね様に伝えるかいあんさんの声と、礼と労いの言葉を掛けるまさむね様の声が聞こえてきた。
かいあんさんの声にはまさむね様達に怯えているような様子は感じられず、私と話していた時よりも丁寧な言葉遣いからは敬っている様子しか感じられない。
やっぱり、私の考えが間違っていたのだろうか。
「娘」
「…あっ、はい!」
考え込んでしまっていたのと慣れない呼び方に戸惑い反応が遅れてしまった。何か言われるだろうかと少し不安になったけれど、こじゅうろう様は「着替えが終わったらこちらにこい」と用件だけ言うと衝立の端から着替えが入っているのだろう風呂敷包みを差し入れてくれた。
ほっとしながら分かりましたと返し、指先に残った薬を手拭いで拭いて膝立ちで近寄り着替えを手に取ると元の位置に戻った。風呂敷を開くと綺麗に畳まれた着替えの上には手鏡と櫛。こじゅうろう様の細やかな気遣いにアレな職業説がさらにぐらつく。
裏面に花と鳥が描かれた、黒漆塗りらしき手鏡を、幾らくらいするんだろう、などと思いながら傷付けないよう気を付けて使わせてもらい、擦り傷用の軟膏を顔の傷に塗っていく。
薬が染みてヒリヒリした痛みに顔をしかめつつも顔だけでなく腕の傷にも塗り終わると再び指を拭き、今度は櫛を使って軽く髪を梳いてから着替えを手に取った。
「あ、やっぱり」
用意してもらった着替えは着物だった。畳まれた状態からでも予想出来たけれど、二人が何者なのか分からないこともあって用意し直してもらうのは気が引けて、もしかしたら和柄なだけかもと淡い期待を抱いてみたけど無駄だった。
どうしよう。一人で着られる着物なんて旅館の浴衣くらいだ。夏祭りで着る浴衣だって毎年ばあちゃんに着せてもらっていたくらいだ。帯の結び方なんて全然知らない。
しかも帯の幅は振り袖や浴衣を着る際の幅広のものじゃない。かといって旅館の浴衣の帯のように細いわけでもない、その中間くらいの幅。
何度も結んでもらったことのある幅広の帯も結べないのに、初めて見るどころか借り物で、おまけに安くはなさそうな帯で無茶をして変な折り跡を付けてしまって弁償なんてことになってしまったら困るなんてものじゃない。
どうしようと悩んだものの、悩んだからといって帯の結び方が突然分かるようになるはずもなく、調べようにもスマホは衝立の向こう側。
「……あ、あの」
「どうした」
あの二人はどんな人で、なんの意図を持ってあんな乱暴な方法で私を連れてきたのか。何も分からないからこそ何を言われるのか、どんな反応があるのか想像できず、不安を感じていた私の耳に届いたのは、いつになったら着替え終わるんだとか、そうした苛立ちは全く感じない落ち着いたまさむね様の声だった。
「丈が合わねぇか?」
次に聞こえたのはこじゅうろう様の声で、大丈夫だと思うのに十分なほど、こじゅうろう様の声も穏やかだった。
「いえ、あの……お、男物でもいいので洋服、ありませんか? 帯の結び方、知らないんです」
安心感が得られたことで、まだ少しドキドキはしていたけどそれでもわりとすんなり伝えることが出来た。
「分からねぇのは帯の結び方だけか?」
「はい」
風呂敷の中には襦袢変わりらしき白い着物もあったけど、こちらの紐は柔らかく、旅館の浴衣に似ているから自力でも結べる。問題は帯だけだとこじゅうろう様に伝えると、少し間があった後に自力で出来るところまでやったら呼べ、という返事が返ってきた。もしかして、こじゅうろう様が帯を結んでくれるのだろうか。
とにかく言われた通りにしようと用意された襦袢を広げてみたら夏祭りで着る浴衣の下に着る、通気性も考えた薄手の襦袢と違ってそれなりにしっかりとしたものだった。袖と裾が少し短い無地の浴衣と言えなくもない。これなら男の人に帯を結んでもらうことになっても恥ずかしく無さそうだ。
お茶で濡れた服を脱ぎ、少し迷ったものの濡れているしとブラも取ってから襦袢に袖を通した。襦袢用の帯は柔らかいから中々取れない折れ跡を残したら、なんて心配をすることなく、それでも変な捻りや折れが入らないよう気を付けながら結び、小花模様の着物は袖だけを通してから衝立の向こうに出来ましたと声を掛けた。
「そうか。ならそっちに行くぞ」
そう一声掛けて衝立を回って来たのは予想した通りこじゅうろう様だった。