02
夢小説設定
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静かに、大人しく。静かに、大人しく。
心の中で繰り返し唱えながら、私を抱える人の機嫌を少しでも損ねてしまうことがないよう呼吸にすら気を付ける。
どうしてこんなことになっちゃったんだろうと、いろいろなことが次々と起こり過ぎてもう何時間と経っているかのように感じる少し前の出来事を思い返す。
―――――――――
「あの……こ、ここ、何処、ですか?」
「奥州だ」
恐る恐る聞いた私を、面白がりながらもどことなく探るような眼でじっと見ながら男性は答えてくれた。その声は真剣そのもので、冗談を言っているようには全く見えない。
「おう、しゅう?」
「知らねぇか?」
「……ヨ、ヨーロッパ、なら…」
「Ah?」
「な、何でも無いです! 知りません分かりません!」
ふざけたと思われてしまったら何をされるか分からないと慌ててごまかし無駄に背筋をピシッと延ばして答える。
「知らない、な」
「え?」
「何でもねぇよ。知らねぇなら教えてやる」
何かを呟いた男性は、気にする私に構うことなく足元の落ち葉を払い除け、現れた地面に枝で何かを描き始めた。最初に『く』の字に似た、途中が少しだけ曲がった下側が長めの楕円を、次にその楕円の下側の端に丸を一つ、丸の近くの楕円の側面にもやや横長の丸を一つ。
だいぶ簡略化してあるし、北海道と沖縄が描かれてないけどたぶん日本地図だろう。
「かなり簡単に描いたがこれがここ、日ノ本だ。分かるか?」
「日ノ本…」
「なんだ」
「な、何でもないです! 日本分かります!」
ずいぶんと古くさい言い方するなぁなんて思ってました、なんて怒らせてしまいそうなことを正直に言えるはずもなく、慌ててごまかした。男性は探るような視線を向けてきたもののそれ以上の追及はせず、「奥州は、」と続けた時だった。
「筆頭」
「ぎゃあっ!」
男性が枝の先で地図の一ヶ所を示めそうとしたその瞬間、横手から突然知らない男性の声がして、飛び上がりそうなほどに驚いた。
バクバク暴れる心臓を手で押さえつつ見れば、全身黒ずくめで顔以外頭すら隠すというこれぞ忍者なコスプレをした人が居た。体つきから恐らく男性だろう。チラリと私を見る眼にはこれといった感情は読み取れない。
「どうした」
いったいこの人はどこからどうやって現れたのか、そしてどうして忍者のコスプレをしているのかとまじまじと見てしまう私とは対照的に、イケメン男性は驚く様子を全く見せることなく前から居たかのように話し掛けた。
「先程、小十郎様がお戻りになられました」
「What!? 小十郎が戻っただと!? どういうことだ! 夕方まで戻らねえはずだろう!」
「分かりません。ですがとにかくすぐにお戻りを」
「Shit!」
舌打ちをしたイケメン男性は私と地面の上の私の持ち物を見て、次いで手に持ったままのスマホをじっと見ると少しの間思案する様子を見せた。何を考えているんだろうとドキドキしながら待っているとイケメン男性は「仕方ねぇ」と呟きコスプレ男性を見た。
「ここにある物を全て集めて俺の所へ持ってこい」
「よろしいのですか?」
「ああ。小十郎の説教は勘弁したいが、」
イケメン男性は言葉を止めると私を見た。面白いおもちゃを見つけた悪い大人みたいな、Sっ気をビシバシ感じる笑みを浮かべている。嫌な予感しかしない。
「面白そうな奴を手放す方が惜しい」
そう言葉を終わらせると同時に私と眼を合わせながらにぃっと口角を吊り上げた。嫌な予感的中だよ! と泣きたい気持ちになりながらも大慌てで私なんて全然全くこれっぽっちも面白くないですと首がもげる勢いで横に振る。
だけど、イケメン男性は私の様子に楽しげにくつくつ笑ったかと思うと私の顎を無理矢理掴み顔を近付け一言、
「諦めろ」
ドSの笑みの見本みたいな笑みでそう言い放った。瞬きすらも忘れて固まってしまう。それすらもイケメン男性は意に介することなく私を肩へと担ぎ上げた。
腹部への圧迫でハッと我に返るも既に手遅れ。伸ばした手は空を切り、忍者コスの男性によって纏められている私の持ち物は遠ざかっていった。
それからほどなくして。
「うぇ……」
込み上げる吐き気に口許に手を当てる。
たぶん、普通に歩いていればそれほどでも無かったのだろうけど、私を担ぐイケメン男性が足場の悪さをものともせずに走りだしたせいでちょっとの振動でも腹部が圧迫がされて苦しい。喉を戻ってきちゃいけないものが戻ってきちゃうのも時間の問題な気がする。
口許を手で押さえたままチラリとイケメン男性の襟を見る。もし戻ってきちゃったらあの襟を引っ張って顔を突っ込んで出してやろう。か弱い女の子が軽装で、しかも知らない間に森の中に居たのに助けるどころか持ち物奪って拉致する最低な奴にはお似合いの仕返しだ。
気持ち悪さのせいで教えてもらう途中だった『おうしゅう』のことなどすっかり頭から抜け落ち、ただただ吐き気と戦っていたらイケメン男性が急に立ち止まった。
「うぐっ!」
走っていたところをいきなりだったせいでこれまでで最大の圧迫がお腹を襲い、冗談でなく戻しそうになった。口の中がちょっぴり酸っぱい。涙目でイケメン男性を睨んだら、走っていただけのはずが顔色が悪い。吐くなら私を担いでいるのとは逆側を向いてくれ。
「こ、小十郎……」
「政宗様、なぜこのような場所におられるのですか? 執務はどうなされました。その娘は一体何者です。どうなさるおつもりですか」
「い、一度にそんな幾つも聞くな。Ahー……ほら、あれだ。何聞かれたら分からなく…」
「政宗様!」
空気がびりびりと振動するほどの圧を持った声で名を呼ばれたイケメン男性改めまさむねさんは決まり悪げに横を向いた。その様子に男性はため息を吐くも諦めたのかそれともひとまず置いておくことにしたのか、背中に感じていた、息をすることすらはばかられるほどの威圧感が和らいだ。
まさむねさんを黙らせてしまう人。しかも怒りながらも私のことを気に掛けてくれた。この人ならもしかしたら。これでやっと助かる。家にも帰れる! と期待満々に振り向いた先にいた人物を見た瞬間にカッと眼が開いた。
「や、やく…っ」
「An? どうした」
慌てて手で口を押さえ言い掛けた言葉を封じた私を不思議そうに見てくるまさむねさんになんでもないと首を振ってごまかすと視線を元に戻した。深呼吸を何度かして心を落ち着かせてからもう一度、今度はそぉっと振り向いた。見間違いじゃなかった。
そこに居たのは左頬に横に走る傷跡のある、襟まである髪をオールバッグにした強面の男性だった。
引っ掻き傷にも土汚れにも見えなければ昨日今日付いたものでもなさそうな傷痕。視線を下に向ければ腰には二振りの刀。
間違いない。この人、絶対アレだ。ヤの付くご職業の御方だ。一般人は絶対に関わっちゃいけない御方だよ!
なんでこんな人と関わっちゃってるのと半泣きになりながらまさむねさんをこっそり睨むうちに、ある恐ろしいことに気付いてしまった。
まさむねさんはヤの御方のことを『こじゅうろう』と呼び捨てにしていて、口調も砕けていた。
対してヤの御方は『まさむね様』と敬称を付けて呼び、怒っていた時ですら敬語を使っていた。
つまり、まさむねさんがこじゅうろうさんの部下なんじゃなくて、こじゅうろうさんがまさむねさんの部下ということになる。
「ど、どうしよう」
さぁっと血の気が引いていく。こじゅうろうさん、いやこじゅうろう様はあの迫力から絶対に幹部クラスの人だ。そんな人から様付けで呼ばれ敬語を使われているってことはまさむね様はそこらのちょっとやんちゃな男子でもなければ暴走族のリーダーなんてものでも無い、きっとヤのお家の若様だ。そんな御方に私は一体何をした?
思い返せば返すほど、拉致されるのも当然な気がしてきてしまう。あの場で始末されたり犯されなかっただけラッキーだったのかもしれない。
どうしよう。謝れば許してもらえるかな。謝って謝って謝って、土下座でも何でもして許してもらえるまでひたすらに謝ればもしかしたら。ヤの御方達だって仁義とかあるって言うし!
マンガやドラマの影響をたっぷり受けた考えで自分自身を励まし、グッと拳を握ったらいつの間にか少し離れたところにあの忍者のコスプレをした人が居た。そうだ、この人が居た!
忍者コスの人が居るならヤが職業の人のコスプレをする人がいてもおかしくない! アニメとかゲームとか何かの作品に出てるキャラのコスプレをしてるだけだ。あの頬の傷も実は特殊メイクで作った偽物だ!
きっとそうだ、むしろそうであってくれと心の中で願っていたら地面に下ろされた。戸惑いながらも安堵して上げた視線の先にはあの強面男性。しかも手を伸ばせば触れられる距離。間近で見るとより迫力が凄い。