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ある日の夜。政宗が突然部屋に来た。明日の朝、出陣する、と。
奥州はまだ一枚岩というわけではないらしい。ほとんどは政宗に臣従を誓っているけれど、まだそうではない人達も少数だけどいるのだという。
天下取りに向かう前に、地盤を固めるためにもまずこの人達をどうにかする必要があり、そろそろこちらから仕掛けるかと思っていた矢先にあちら側が怪しい動きを見せ始めたらしい。
夕方に緊急に開かれた軍議で向こうの準備が整う前にこちらから攻めることが決まったのだという。お城の中の空気がいつもと違ってどこか張り詰めているような気がしていたから、もしかして、とは思っていた。でも実際に戦だと言われると思っていた以上に動揺してしまった。
「前にも言った通り、城には綱元が残る。何かあれば綱元を頼れ」
「うん…」
「安心しろ。俺が負けるなんざ有り得ねぇからな」
力強く不敵に笑う政宗に笑い返そうとしたけど失敗した。戦が本当に始まってしまうのだと思ったら不安で胸が押し潰されそうになる。政宗が大きな手でぽんぽんと優しく頭を叩いてくれたけど、いつもみたいには安心出来なかった。
「政宗、」
言おうとした言葉の場違いさに気付いて口ごもる。どうしたのかと聞いてくる政宗になんでもないとごまかした。
訝りながらも明日の準備があるからと部屋を出る政宗を見送った。一人になると城内がざわついているのをはっきりと感じて余計に不安になってしまった。
パタリと畳に倒れ込んで両腕で目許を覆う。情けなさにため息が零れた。
「怪我しないでね、なんて、なに言おうとしてんのよ」
戦いに行くのだから無傷でいられるはずないのに。政宗は隊の後方、安全な場所から指示だけ下すタイプじゃないだろう。きっと誰よりも先に突撃していく気がする。
起き上がって首にぶら下げている小さな巾着袋を服の下から取り出す。中にはヒビがこれ以上出来ないように柔らかい布でしっかりと包んだお守り石が入ってる。
この石には神仏の加護が宿っているらしいと政宗は言っていた。もし、本当に加護があるのなら……。
「どうか皆が、政宗が無事に帰ってきてくれますように」
神頼みなんて政宗はきっと好きじゃないだろうから、石を渡すことはしない。だからこっそり祈るだけ。
それくらいしか、私に出来ることが浮かばないことが、妙に口惜しかった。
◆ ◆ ◆
城内のざわめきで目が覚めた。大きな雷が鳴っても起きたことのなかった私が多少のざわめきで目が覚めるなんて珍し過ぎる。でも、今日ばかりは仕方ない。昨日の夜はあんまり寝られなかった。何度もうとうとと眠りかけたけど、すぐに目が覚めてしまった。
起き上がって着替えていると、侍女さんが入ってきた。起こす前に起きていた私に驚くけど、今日何があるのかを知ってるからか、すぐに顔を洗うための水を持ってきてくれた。
「あの、政宗はもう起きてますよね?」
「はい。今頃は身支度をなさっておられる頃だと思います。会いに行かれますか?」
少し考えて、首を横に振る。身支度ってことは鎧を着込んでるんだろう。私が行っても着方を知らないから手伝えない。邪魔になるだけだと思う。
「兵士さん達が集まってるところに行っても大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ。では食事の後にでも…」
「あ、ご飯はいいです。今から案内してもらってもいいですか?」
「畏まりました。ではこちらへ」
あんまり食欲は無いからいらなかった。こんなこと初めてで、それだけ不安を感じているのかもしれない。
案内されたのは正門前の広場で、数え切れないほどたくさんの兵士さんが居た。馬の準備や武具の最終確認をしてるみたい。
邪魔にならないように隅に居たら、近くを見覚えのある兵士さんが通った。
「あ」
「あぁ? うわ! 姫さん!」
「あの、手大丈夫だった? 私名前聞くの忘れてたから人に聞くことも出来なくって」
通り掛かった兵士さんは、前に熱中症で私が倒れた日の昼間、誤解から切腹しようとして素手で刀の刃を握って手の平を怪我した人だった。
「だ、大丈夫っす! もうすっかり治ってるっす!」
「一応見せてもらってもいい?」
兵士さんは手に槍を持っていたから本人の言う通りもう大丈夫なんだろうけど、結構たくさん血が出ていたから心配で見せてもらった。
妙にぎくしゃくしながら広げてくれた手の平を取って見る。血のわりにそれほど深い傷じゃなかったみたいで、跡も残らず治っていた。
「良かった。でももうあんなことしないでね?」
「も、もちろんんっす! あ、あの、俺まだ準備が残ってるんで」
「もしかして邪魔しちゃった? ごめんね」
「邪魔なんかじゃないっす! 俺暇で暇で仕方なかったっすから!」
言ってることが矛盾してる気が…。それになんか顔赤いし。熱がある、にしては元気だし手は熱くなかったしなぁ。戦前で高揚してる、から?
「あなたも、行くんだよね?」
「もちろんっす! 筆頭のために命張る覚悟っす!」
「そ、なんだ。えと……き、気をつけて、ね」
私と兵士さんの間にある認識の違いの大きさに胸に重しを乗せられたかのように苦しくなった。それを無視して無理矢理笑みを浮かべて言うと、兵士さんはやたらと感激して何度も頷きながら戻って行った。
でも、行った先に居た他の兵士さんから殴られたり蹴られたりしてた。多少手加減はされてるみたいだけど、あの人みんなから嫌われてるのかな? そんな風には見えなかったけど。
さらに人や馬が増えた。人々から伝わる熱気は体育祭やお祭りとは全く違っていて、それでいて感じたことのないもので、怖いのか不安なのか自分でも分からないまま、気が付けば隅に生えた木の側へと隠れるように移動していた。
「政宗のために、命張る覚悟……」
さっき兵士さんが言った台詞を思い出す。
政宗のことを凄く尊敬してるのは分かる。でも、だからって一つしかない命をどうして誰かのために躊躇いなく差し出せるんだろう。
忙しく動き回る兵士さん達は誰も彼もが生き生きとした顔をしている。政宗の下で戦えることを誇らしく思っているのが彼等の表情から伝わってくる。
戦が全く怖くないということは無いと思う。誰にだって少なからず怖いという感情はあるはずだ。でも、政宗の下で政宗のために戦えるという喜びや誇りといったものが、恐怖の感情を凌駕しているのかもしれない。
「あれ? 美夜ちゃんじゃん。珍しく早起きだね。もしかして見送りしたくて早起きしたの?」
声を掛けられて、いつの間にか俯いていた顔を上げるとすっかり身支度を済ませた成実さんがいた。兜を被っていないし鎧と聞いて浮かぶ形とは少し違うけど、成実さんが少し動くだけでもガチャガチャと金属同士が擦れる音がする。
「梵ならもうすぐ来ると思うよ」
「……成実さんも、行くんだよね?」
「行くよ。俺は梵の刀の一つだし、えーと、確かむうどめえかって言うんだっけ? 俺はそんな男だから欠かせない存在なんだよ」
ふふん、と成実さんは得意気に胸を張った。どう返せば良いのか分からず戸惑っていたら、「あれ、むうどめえかって盛り上げるって意味じゃなかった? 俺かっこわりい!」と大袈裟な仕草で嘆いた。
けれど、ちらりと一瞬兵士さん達の方へと向けた視線は真剣そのもので、ついさっき見せたおちゃらけた態度とはまるで違う。
もしかして成実さんは、不安がる私に気付いてわざと軽い口調で話し掛けてくれたんだろうか。
その時、バサッと大きな布を広げる音がして、兵士さん達が歓声を上げた。なんだろう。
「お! 間に合ったんだ。今回のも最高じゃん! 梵が図案考えただけあるよなー。美夜ちゃんもそう思うだろ?」
な? と同意を求められても困る。正直突っ込みしか浮かばない。
さっきの音は兵士さん達の間から見える大きな旗が広げられた音だったらしい。でも、その旗はなぜかものすごいド派手。
まず、中央に長い体をくねらせながら飛翔する竜が描いてある。政宗の異名の独眼竜からこの絵にしたんだろうからそこへの突っ込みは無い。
突っ込みたいのは竜の周りだ。何を現してるのかよく分からないけど、とにかく極彩色豊かに彩られていて派手。派手過ぎる。