01
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「…………ちょーりあるー……」
眼が覚めてからの第一声はこれだった。自分でも思うけど見事な棒読み。棒読み大会とかあったら優勝候補に入るかもしれない。あるわけないけど。
だけど仕方がない。なにせ今私の目の前に広がっているのは鮮やかな緑色の葉に縁取られた青空なのだ。爽やかさを感じる水色に近い青空から視線を横にずらせば青空を縁取っていた葉を繁らせる木々が、さらに動かせば落ち葉が敷き詰められた地面が広がっている。どこからどう見ても森、もしくは山の中。
こんな所で寝た記憶は全く無く、目覚めたら有り得ない場所に居たとなれば『森の中にいるかのような気分が味わえる超リアルな内装です』なんて現実逃避したくなるのも仕方ないと思う。
「ふぇっぶしっ!」
もう一度寝たら夢に出来るかなと儚い期待を抱いて眼を閉じた瞬間にくしゃみが出た。女の子らしさの欠片も無いくしゃみだったけど、家族以外に聞かれたので無ければ気にしない。…………。
「居ないよね?」
慌てて起き上がり辺りを確認する。見える範囲内には誰も居なくて、良かったと安堵すると、スカートの上に落ちていた落ち葉をぱっぱっと手で払った。
「あ……」
無意識にした行動。でも、今のこの状況は夢ではなく、紛れもない現実なのだと認識させられるには十分だった。
見渡す限り広がるのは太さも様々な木々とその木々から落ちた葉が敷き詰められた地面だけ。耳を澄ませても鳥の羽ばたく音や風が葉を揺らす音は聞こえても、車のエンジン音は聞こえない。
景色も、音も、自然そのものの物しか無い。
どうして私はこんな所に寝ていたの?
当たり前の疑問が浮かぶ。どちらかと言えば田舎に分類される場所に住んではいるけれど、小さな頃と違って虫も蛇も大嫌いで学校の林間学習でちょっとした山登りがあると知って本気で休もうか悩んだほどの私が自主的に山登りなんて絶対にしない。
そもそも記憶をどれだけ探っても山登りをした覚えなんか無い。一番新しい記憶は電車で三十分ほどの所まで友達と買い物に行ったこと。より詳しく言うなら友達と遊んで帰宅する途中だった。
事実、着ている服も履いているサンダルも歩きやすいけれどおしゃれさもあるものをと前日に考えて決めたものだし、側には自分の鞄だけでなくお店のロゴ入りのビニール袋もある。袋の中を確認すれば一目で気に入って購入した記憶通りの色と柄のスカートが入っていた。
なのに、空は抜けるような青空で、葉に邪魔されて太陽の位置は分からないけれど夕方というよりお昼頃と言った方がしっくりくる明るさだ。友達と別れ、最寄り駅に着いた時には夕方の六時を過ぎていたのは構内の時計を見たから確か。これから陽がより長くなってくる季節であってもこの明るさで今は夕方だと言うには無理しか無い。
何時、なんだろう。無意識に『何日』なのか考えることを拒否しながらいつものようにスマホで時間を確認するためにお店のビニール袋と重なって落ちていた鞄を引き寄せると手を突っ込みスマホを探す。
「何を探してんだ? 一緒に探してやろうか?」
「あ、大丈夫です。あったか、ら……」
背後から聞こえた耳に心地良い低音ボイスに思わず答えてしまったけれど、途中でこの場には私以外誰も居なかったことを思い出し、見つけたスマホを取り出そうとしていた手だけでなく体全体がビシッと固まった。
自分以外誰も居なかったはずの場所で突然、何の前触れも無く背後から掛けられた声。心臓がバクバクと暴れ、視線すら動かすことが出来なくなる。
お、おち、落ち着け私! だい、大丈夫、大丈夫。ちょっと足音を聞き逃しただけだって、うん。きっと登山者とか、し、椎茸栽培してる農家さんだよ、うん!
「どうした? 聞こえてんだろ?」
「聞こえてないです! 全然全くこれっぽっちも聞こえてないですごめんなさい!!」
必死に言い聞かせていた効果はまるでなく、謝るのと同時に両手で頭を抱えるようにして体を丸めた。ごめんなさいごめんなさいお願いしますごめんなさいと同じ言葉ばかりをひたすらに繰り返す。
「Haッ! 侵入を企んでおきながら謝って済むと本気で思ってるわけじゃねぇだろ。芝居するならもっとマシな言い訳を使ったらどうだ?」
ぐっと首を掴まれた。触れる、アレ系。
アレ系の映画やゲームが好きな友達が、アレ系に捕まって引きずり込まれそうになる所が一番興奮するんだよね! と嬉々として言っていたのを思い出してしまう。連鎖的に、お化け屋敷のお化け役は客には絶対触らないから追いかけられても立ち止まってれば向こうも立ち止まってくれるよ、なんて笑っていたことも思い出してしまった。
触ってきたということはアトラクションの従業員じゃない。本物の、触れる、アレ系。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい! お願いしますお供えでも何でもするから許してください! お坊さん呼んで供養もしてもらいます何でもします! だから私を連れてかないで呪わないでお願いしますぅっ!」
パニックに陥り震えながら半泣きで必死に訴えると、しばらくしてそれまで背後から放たれていた肌が泡立つほどの気配がふっと和らぎ、首を掴む手が力を緩めようか迷っているような素振りを見せた。
「芝居、じゃねぇのか?」
「お芝居じゃないです本気です! 私に出来る限りでお供えと供養をします! 毎年します! 立派なのを……お、お小遣いとバイト代で出来る範囲内でになっちゃいますけど出来る限り立派な供養をします! だから取り憑かないでください呪わないでくださいお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますぅ」
今にも泣きそうになりながら心の中でも必死に願っていたら頭上から「はぁっ」と大きなため息らしき音が聞こえてきた。
「とりあえず、芝居じゃねぇってことは信じてやる。だからまずは落ち着け。供養だの呪いだの、お前はいったい俺を何と勘違いしてやがる」
そう言うと、声の素敵なアレ系男性は私の首から手を離すと襟に指を引っ掻けぐいっと引っ張った。眼を合わせたら呪われる! と根拠もなく思って必死に抵抗したらチッという舌打ちのあと今度は肩を掴まれ抵抗虚しく強い力で無理矢理に体を起こされてしまった。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
「落ち着けと言ってんだろ。眼ぇかっ開いてよく見ろ。俺がGhostに見えるか?」
呆れと若干の苛立ち、そして従わなければと思ってしまう威圧感に負け、呪われませんようにと祈りながら恐る恐る眼を開け、正面へと移動してきたアレ系男性を見た。ぱかっ、と口が開く。
「なんだ。まさかその眼で見てもまだ俺をGhostだと言う気か?」
呆れを強く滲ませた声が発する言葉に慌てて男性の足を見た。袴と草履を履いた足は途中で透けることなく爪先まではっきりくっきり見えている。恐る恐る指先で爪先に触れてみたら確かな人肌の感触と体温を感じ取れた。
「温かい……。生きてる! アレじゃない!」
「ようやく分かったか」
「やったー! 良かったー! 呪われずにすんだ! しかもすごいイケメン! こんなすんごいイケメン見たの初めて! 写真撮ろ写真。あ、撮らせてもらって良いですか?」
鞄を引き寄せながら聞いたらなぜか珍妙なものを見る眼を向けられた。初対面でいきなり写真はダメだったんだろうか。でもこれだけのイケメンなら隠し撮りはもちろん歩いてるだけで写真良いですかと聞かれるのも珍しくなさそうなのに。
「お前、その変わり身の速さはなんだ」
「変わり身? 何がですか?」
「さっきまで叫んで……いや、今はンなこたァどうでもいい。アンタ、名は?」
言葉だけ聞けばナンパだ。それも普通顔の私にするってことはからかい百パーセントのナンパ。だけど、声や表情の気軽さに反してイケメン男性の眼は怖いほどに鋭く、ふざけることはもちろん、言葉を誤ることすら許されないと感じるには十分だった。