第一章
土方〈こいつ・・・〉
この少女には、生きる意思がない
目を見た瞬間から、土方が感じていたことだった
光の宿っていない、少女の青い瞳--
本来なら、澄んだ空のように青い色をしているはずなのに・・・
曇ってしまっているその瞳からは、生きる意思がないと感じられた
千世「【ぼそっ】過去・・・」
土方「?」
ふと、千世が呟いた
一方の千世は、頭の中でずっと考えていたのだ
噛み合わない自分の見てきた世界と、今いるこの世界--
一部、どこかで聞いたことのあるような名前--
ようやく思い出した
いつも授業はボーッとしていることが多いからか、すっかり記憶から消えていた
それは、歴史の授業で聞いた名前だった
近藤勇、土方歳三、沖田総司、斎藤一、永倉新八・・・
この5人の名前は、すぐに記憶から引っ張り出せた
新選組の局長・近藤勇
同じく新選組の副長・土方歳三
一番組組長・沖田総司
三番組組長・斎藤一
二番組組長・永倉新八
確か斎藤と永倉に関しては、新選組の中でも長生きをした隊士だと記憶にあった
そして冷静になった今、自分が京都にいることを認めたとして考える
京や都といった呼び方は、昔の人達特有のものだったはず
おまけに、普段着が着物だと言い張った永倉の発言
信じたくはないが、これらから導き出されるひとつの答え--それは、ここが
“過去であること”だった
そうして思考を巡らせていると、つい口から出てしまった
「過去・・・」と--
それを聞き取ったのは、土方とあと2人・・・
沖田「過去って、何?」
千世「?」
沖田「今の、ちゃんと聞いてたよ。過去って言ったのは、一体どういうこと?」
斎藤「・・・・・・」
聞き取ったのは、沖田と斎藤だ
沖田の質問に対し、千世は聞いていたのかと思いながら目を細める
正直にいうと、説明が面倒だったのだ
自分はおそらく、未来から過去であるこの世界に来ました--などと
彼らが信じるはずがない
だから面倒だったのだ
千世「・・・・・・言ったところで、信じないと思いますよ?」
沖田「なんでそう思うの?」
千世「デタラメな話だって・・・嘘くさいって・・・頭おかしいんじゃないのかって・・・きっとそう言うと思ったから。今までもずっとそう。そんなことあるもんかって、誰も信じなかった。だからきっと、この話も誰も信じない。そう思ったのが、理由です」
近藤「ま、まあとにかくだ。我々に話してみてくれないか?君も、何やら事情がある様子だしな」
千世「・・・・・・」
呆れた様子で目を細める千世は、ため息を吐きたいのを抑えて近藤を見る
千世「・・・・・・じゃあ言いますけど・・・・・・私、およそ160年後の未来から飛んできたみたいです」
全員「・・・・・・は?」
千世「ほらね」
近藤「あぁ、いや・・・その・・・すまない」
千世「まあ、こんなぶっとんだ話なら、今のは普通の反応ですから。なんとも思いませんよ」
平助「いやむしろ、なんでお前がそんなに冷静なのかが知りてぇんだけど・・・」
千世「今この場で騒いだところで、元の世界に帰れるわけでもないし。それに、別に元の世界に未練や愛着があるわけでもない。帰りたいとも帰りたくないとも思わないし、これはこれでいいかとも思うし。まあ、ぶっちゃけて言うと、どうでもいいかなって感じ」
平助「どうでもいいって・・・」
千世「それに私がここで騒ぐと、迷惑するのはそちらなのでは?」
沖田「確かにね。君、よくわかってる」
千世「散々言われてきたので」
沖田「?」
山南「君の話を完全に信じたわけではありませんが、嘘を言っているようにも見えませんね。その前提で話をしますが・・・君はその、元の世界という所に帰る術はあるのですか?」
千世「ない、とはっきり言えます。行き道がわからないのに、帰り道がわかるわけがありませんので。それに、向こうで死んでこっちに来たのなら、尚更ありませんよ。私が元の世界に帰る当てなんて」
山南「・・・・・・そう、ですか・・・」
淡々と、自分の死を口にした千世
目の前の少女の発言に、山南はそれ以上の言葉が出なかった
いや、山南だけではない
この場にいる誰もが、言葉を繋げることができなかった
千世「で、どう考えても怪しい私を、あなた達はどうするつもりですか?まあ、煮るなり焼くなり、好きにしてもらって構いませんけど」
原田「って、おいおい。折角、龍之介が助けたんだ。簡単に死なせるかよ」
千世「でも私は、あなた達にとって有益な存在でもない。それでも、ほっぽり出せない、と?」
原田「っ・・・」
ガラッ
??「おい。集まって何事だ?」
近藤「芹沢殿!?」
芹沢「?」
千世〈この人が、芹沢鴨・・・新選組の土台作りを担った人・・・〉
芹沢「なんだ、犬が拾ってきた子猫ではないか。こんな小娘一人に対して、何を話し合っている?」
近藤「彼女の今後を、どうするべきかと・・・」
芹沢「どうするも何も、ここに置けば良いだろう」
土方「あんた正気か?160年も先の未来から来たとかほざくような、こんなイカれた小娘をここに置いて、わざわざ俺達で面倒見ろってのか?」
千世〈イカれた小娘、か・・・〉
芹沢「・・・・・・おい土方、言葉には気を付けるんだな」
土方「はぁ?」
芹沢「未来から来たという話が真ならば、側に置いておいても損はない。我々の未来も知っている可能性があるからな。それに、右も左もわからんこの小娘を、いきなり放り出してみよ。このご時世、その辺で野垂れ死ぬのが落ち。どうせなら利用せぬ手もあるまい」
千世「・・・・・・私、未来のことを話す気はありませんよ。当たり障りのないことなら、少しは話してもいいですけど。あなた達に関係のある未来の話は、するつもりありません」
芹沢「・・・・・・」
千世の言葉に無言を返し、意地悪そうな笑みを浮かべてから、芹沢は居間から退室していった