第三章
床が軋んだ音に顔をあげると、そこにいたのは留守番をさせていたはずの千世
斎藤「!?」
沖田「千世ちゃん・・・!?」
どくん
千世「ッ--」
畳に広がる血の海--
部屋に充満する血のにおい--
ここに、ふたつの“死”がある--
新見「血・・・血を・・・血を寄越せ!」
土方「千世!!」
千世に飛びかかって行く新見
すぐに体が動かなかった土方が叫ぶ
赤い飛沫があがり、土方達は目を見開く
新見「ぐわあぁぁぁぁぁ!!」
「「「!?」」」
飛沫の元は、千世ではなく新見
膝をつく新見の前に立っている千世の瞳は--燃え盛る炎のような紅
小太刀で斬られた新見の腕から流れる血は、全く止まる様子がない
傷が修復されないのだ
土方「!?」
一瞬、驚いた土方
だがすぐに頭を切り替え、刀を握り直して立ち上がる
駆け出すと刀を振り上げ、新見の首にめがけて振り下ろした
室内には大量の血液が飛び散り、土方も返り血を浴びた
土方「ハァ・・・ハァ・・・」
千世「・・・」
土方「・・・おい」
千世「!」
びくりと、肩を震わせる千世
顔を向けられ、改めてそれを見つめる土方
青い瞳だったはずのそれは、やはり赤いまま
よく見ると、通常の赤よりも深い・・・深紅のような紅色だ
土方「お前・・・その目は・・・」
千世「・・・・・・わか、りません。わかんないん、です・・・でも・・・なんとなく、わかるんです。どこを斬ればいいのか・・・どこを斬れば、殺せるのか・・・わかって、しまうんです・・・・・・私・・・」
怯えた様子の千世
今にも泣き出しそうな瞳と、震えた両手を見ればわかる
手の震えに合わせて、まだ握られたままの小太刀がカタカタと音を立てる
ぐらりと、千世の体が傾いた
土方「!」
そばにいた土方が受け止める
彼女の手から滑り落ちた小太刀は、斎藤の手が拾い上げた
斎藤「彼女は?」
土方「・・・気を失ってるだけだ」
沖田「土方さん、今の・・・」
土方「わかってる。だが、落ち着いたらだ。たぶんこいつも、今自覚したんだろうからな」
小太刀についた血を振り払い、千世の腰にある鞘を抜いた斎藤
収めると、彼女を見つめる
沖田の視線も千世に向けられた
自分の腕の中で、眠っている千世を見つめる土方
土方〈なんで来ちまったんだ、お前は・・・〉
頬についている血を拭ってやる
片腕で千世の体を支えながら、器用に刀を鞘に収めた
それから彼女の体を横抱きにすると、部屋から出て行く
合流した山崎も、千世が来ている事を知らなかった様子だ
驚きの表情を見せ、土方に駆け寄った
山崎「千世君!?」
土方「気を失ってるだけだ」
山崎「なぜ、千世君がここに・・・?」
土方「・・・俺が聞きてぇよ」
井吹「土方さん、どうしたんだ?こんな時間に」
真夜中、土方がひとりで訪ねて来た
着替えたのか、着物には汚れがなかった
土方「芹沢さんはいるか?」
井吹「いるけど・・・もう寝たみたいだから。用があるなら、明日の方がいいと思うぜ」
土方「・・・そうか。じゃあ、お前から伝えておいてくれ。新見さんは--切腹した」
井吹「え・・・!?」
それだけ言うと、土方は去って行った
次に彼が向かったのは、千世の部屋だった
土方「どうだ、山崎?」
山崎「よく眠っています。しばらくは起きないかと」
土方「・・・そうか」
熟睡している様子の千世からは、小太刀で人の腕を斬ったとはとても思えなかった
そう、彼女はこの時代に来て初めて、刀で人を斬った
そしてその刀傷は、殺すまではいかなかったが、相手がとんでもない治癒力を持つはずの羅刹なだけに、謎が残るものだった
傷は治癒されず、血も止まらなかった
なぜ、彼女がつけた刀傷だけがそうなったのか・・・
『・・・・・・わか、りません。わかんないん、です・・・でも・・・なんとなく、わかるんです。どこを斬ればいいのか・・・どこを斬れば、殺せるのか・・・わかって、しまうんです・・・・・・私・・・』
あの言葉が、引っかかっている
「殺す」というのは、トドメを刺すことではないのだろうか?
千世の言う「殺す」は、違う意味を持つものなのだろうか?
土方「・・・・・・考えてても仕方ない、か」
山崎「副長?」
土方「いや、なんでもねぇ。こんな時間まで悪かったな」
山崎「いえ」
土方「あとは俺が見ておく。お前も休め」
山崎「それなら俺が・・・」
土方「俺が見る。目が覚めたら、聞かなきゃならねぇ事もあるからな」