第三章
この日、とある場所は大盛り上がりを見せていた
土方が自ら提案した、大坂相撲と京相撲の合併興行だ
井吹と平助は、人混みの一番後ろからそれを見ている
永倉「おい!怠けてねぇでちゃんと持ち場についてろ!」
井吹「ちょっとぐらいいいだろ!?」
平助「頼むよ、新八っつぁん!」
永倉に襟首を掴まれた2人は、引き摺られながらも連れ出される
千世「・・・!」
平助「あーあ、いいとこ見逃しちまった・・・ずりぃよな、千世だけ」
千世は人混みに紛れ、相撲興行を見ていた
初めて見る相撲に、興味津々な様子で見入っている
土方が許可したのだ
山南「大盛況ですね。これで資金的にも、浪士組はだいぶ潤います」
近藤「ああ。だが俺は、みんながこうして喜んでくれるのが、何よりだ」
そう言う近藤に笑みを深めた土方は、人混みに顔を向けて目を細める
相撲興行に見入っている千世を、見つめていた
澄んだ空のような青い瞳で、興味津々で見ている
土方「・・・」
あの紅い瞳については、他言無用だと全員で決めた
あんな風に怯えていた千世を、初めて見たというのもあったからだ
彼女の不安を煽らないためにも、しばらくは自由にさせてやろうという事になった
あの瞳についても、あの時何が視えていたのかも
しばらくは聞かずにいようと
そもそもあの怯えようから、彼女自身も知らない可能性が高い
しばらく相撲興行は続き、陽が沈み始めた頃
辺りが夕陽で赤く染まり始める頃には、人々は解散し、片付けが始まっていた
永倉「これで終わりか」
土方「帰るぞ!」
平助「千世!帰るってさ!」
千世「あ、うん」
山崎「副長!」
土方「ん?」
山崎「至急ご報告したい事があります」
周りの視線が集まる中、耳打ちで報告する山崎の言葉に耳を傾ける土方
土方「!!おいお前ら、行くぞ!」
千世「え?」
沖田「どうしたんです?」
土方「また芹沢さんがやらかしやがった」
現場に着いた時は、すでに夜だった
炎に包まれ、焼かれている家が目に留まる
原田「これは・・・!?」
芹沢「遅いではないか。相撲興行とやらで浮かれていたか?」
土方「芹沢さん、あんたがやったのか?」
芹沢「この大和屋は、異国との貿易で不当に財を成した。悪徳商人だ。浪士共に金を渡していた疑いもある」
土方「疑い?」
芹沢「しかも、我々への資金協力を拒んだ。成敗されても仕方なかろう」
土方「早い話が、押し借りを断られた腹いせか。おい、すぐに火を消すぞ!」
芹沢「待て!どういうつもりだ?」
土方「なんの証拠もないのに、火を点けることはねぇだろ!」
芹沢「土方。貴様は筆頭局長であるこの俺が、虚言を吐いているとでも申すか?」
その後、2人の間には沈黙が流れる
土方「・・・・・・あそこの土蔵の中を探せ。何か証拠が出てくるかもしれねぇ」
「わかりました」
民衆の声は酷く、それに井吹が言い返そうとするのを斎藤が止めた
炎に呑まれ燃え続けている家を、千世はただ無言で見つめていた
その晩、部屋に戻った芹沢の側には、菱屋のあの女性がいた
お梅というその人は結局、芹沢に支払いをしてもらえず、身一つで追い出されてしまったらしい
その恨みか、芹沢を殺そうとした彼女だった
が、殺気が芹沢にバレてしまい、殺す事ができずに涙を流す
それを見た芹沢は
芹沢「・・・行く所がないなら、ここにいるがいい」
梅「えっ・・・!?」
芹沢「俺の側にいれば、いつでも殺せる」
梅「・・・・・・あんたはん、ようわからんお人やわ」
頬に涙が伝いながらも、彼女は柔らかい微笑を浮かべてそう言った
行く所がない・・・それはまるで、あの娘のようだと
芹沢は密かに考えていた
土方「昨日の一件について、わかった事を報告する」
山南「大和屋は異国との取引で利益を得たため、天誅組に狙われていました。そこで用心棒代わりに、尊壌派の浪士達に金を渡していたようです」
永倉「ってことは、芹沢さんの言う事にも一理あるってわけか」
土方「ま正直、どっちもどっちだがな」
斎藤「しかし、京の人々の記憶に残るのは、壬生浪士組が火を点けたという事実だけです。このままでは、同じ事の繰り返しではありませんか?副長」
土方「お前がそこまで言うなんて・・・よほど腹に据えかねたんだな」
斎藤「申し訳ありません。差し出がましい事を申しました」
沖田「・・・一君の言う通りだよ。あの人、ほんと邪魔だよね」
「「「・・・・・・」」」
土方「とにかく、今は小さくとも、実績を積み重ねるしかねぇ」
その日の夜、黄麻のもとを訪れていた新見は、彼からある薬をもらった
黄麻「羅刹の吸血衝動を抑えるための薬です。引き続き改良していきますが、まずはこれで」
新見「おぉ、有り難い。これがあれば、あの化け物も御し易くなるのですね」
黄麻「思惑通りであれば。しかし実際に使用して、効果を確かめねばなりますまい」
新見「ええ。わかっております」