第二章
井吹「悪いな、千世。手伝わせて・・・」
千世「別に。暇だから」
井吹「暇って・・・お前、やる事早いもんな」
千世「そう?」
井吹「そういや、お前の扱いって決まったのか?」
千世「副長さんの小姓だって。誰の小姓にするかで、ちょっと揉めたらしいけど。でも基本的に自由でいいって。仕事があれば呼ぶからって」
井吹「へぇ・・・俺より良いじゃん。ってかどっちの副長だよ?」
千世「・・・・・・眼鏡じゃない方」
井吹「あぁ、土方さんか。名前言えよ」
千世「・・・・・・笑わない?」
井吹「え?」
千世「・・・・・・私、ここ何年か友達とか関わりを持つ人とかいなかったから・・・呼び難いの。気恥ずかしいっていうか・・・」
井吹「・・・ぶはっ」
千世「笑うな」
井吹「悪い悪い!でもさ・・・!」
千世「言うんじゃなかった」
井吹「悪かったって!怒るなよ」
千世「・・・」
井吹「・・・・・・お前、変わったよな」
千世「え?」
井吹「最初の頃のお前、死んだ魚みたいな目ェしてたのに・・・今はそんなんじゃなくて、こう・・・生きてるっていうか、その・・・人間らしいって言い方も変か・・・あー、えっと・・・」
千世「・・・・・・そう」
原田「おい、龍之介!っと、千世もいたのか」
千世「あ、こんにちは。巡察ですか?」
原田「ああ。で、龍之介。斎藤が探してたぞ」
井吹「ああ、もうそんな時間か・・・」
原田「どうした?シケた面して。毎日稽古頑張ってんだろ?偉いじゃねぇか!」
井吹「おかげで、手はこんなだぜ」
原田「あ?」
千世「別にいいじゃない、豆くらい。潰れて血が出てるわけじゃないんだし」
井吹「げ・・・やだな、それ。こんななのに今日も稽古に行かないといけないし。戻ってきたら仕事はたくさん溜まってるしさ」
原田「しょうがねぇな、ちょっと来い。お前もだ、千世」
千世「え?」
壬生寺
原田「斎藤!今日は龍之介を巡察に連れてく約束してたんだ。悪いが、稽古を休ませてやってくれねぇか?」
一瞬だけ井吹を見た斎藤は、表情を変えないままだった
斎藤「そうか。わかった」
呆気なく了承してもらえた事に、井吹は呆然とした
千世「【ひょこ】良かったね?」
井吹「うわっ!?物陰からひょっこり出てくんなよ!驚くだろ!?」
千世「ああ、ごめん」
斎藤「りょう・・・千世も一緒だったのか」
原田「ああ。実は、土方さんに言われてよ」
門で話している井吹と千世を見ながら、原田は続ける
原田「巡察に連れてってやれとしか言ってなかったが・・・ありゃあ単に、たまには外出て来いって言ってるようなもんだろ」
斎藤「腕は立つからな。外を連れて歩くのに、不便は感じないだろう」
原田「真剣を振るってるのを見た事はねぇから、そこだけ心配だけどな。それと、気付いてたか?」
斎藤「死体を目の当たりにした時、目を痛がるような素振りを見せる事か?」
原田「ああ。何もなきゃいいんだが・・・」
斎藤「・・・そうだな」
そして原田の隊と井吹、千世は市中の巡察に出た
井吹「俺、なんか約束したか?」
原田「ああでも言わねぇと、真面目な斎藤は稽古を抜けさせてくれねぇだろうが」
井吹「じゃあ、俺のために?」
原田「今日だけだぞ」
井吹「ああ」
原田「とは言っても、巡察も命懸けなんだ。最近じゃあ、浪士組に恨みを持つ連中も多い。ボーッとするんじゃねぇぞ」
井吹「あ、ああ」
千世「でも、あんまり気を張り過ぎると、精神面がもちませんよ?程々に」
原田・井吹「・・・お、おう」
井吹「前から評判は悪かったけど、ますます嫌われてるみたいだな」
その言葉に、原田は苦笑するしかなかった
佐々木「原田さん!」
原田「なんだ、佐々木?」
佐々木「我々を見て、逃げ出した浪士がいたのですが・・・」
原田「・・・そうか。ま、俺達を見ただけで逃げ出すようなら、カワイイもんだがな。油断するなよ!」
「「「はい!」」」
巡察の途中、佐々木の想い人の女性とすれ違った
隊士達にからかわれながらも、隊務中だからと佐々木は声をかけなかった
その際、彼女が小鈴という島原の舞妓と似ていたからと、思い出していた井吹
以前、芹沢が島原で騒ぎを起こした時に井吹が庇ったのがきっかけで、知り合った少女だ
穏やかな微笑を浮かべる井吹を、原田がからかう
そんな彼らを、千世は静かに横目で見ていた
千世〈恋、か・・・〉
夕方、巡察から戻ると永倉が待ち構えていた
永倉「おう、左之!待ってたぜ!今から美味い酒飲みに行こうぜ。奢るからよ」
原田「やめとくわ」
永倉「なんでだよ!?」
原田「その笑顔、なんかあるだろうが」
永倉「・・・・・・駄目か」
原田「じゃあな、龍之介」
井吹「おう」
原田「行くぞ、千世」
千世「え?あ、はい」