第二章
夕方、酒を買って戻ってきた井吹は、壬生寺で稽古をしている者達の姿を見かけた
斎藤「よし!今日はここまで!」
「「「ありがとうございました!」」」
隊士達が去る中、斎藤は井吹がこちらを見ているのに気付いた
この場を去ろうとした井吹だったが
斎藤「井吹!」
井吹「?」
斎藤「あんたがこれからどうするつもりか知らんが、俺が稽古をつけてやる。隊士達と共に、剣術を学んだらどうだ?」
井吹「え?いや、俺は・・・」
斎藤「浪士組を出た後、己が身を守る事ができるのか?芹沢さんに拾われるような行幸、二度は起こり得ぬぞ」
井吹「行幸?あれが幸運だったとは思えないけどなぁ。それで今、散々こき使われてるんだぜ」
斎藤「では明日からここに来い」
井吹「え?いやいや、ちょっと!おい、斎藤!」
しかし斎藤は、それを無視するようにして行ってしまった
井吹「なんなんだよ、あいつ!?」
その場に取り残された井吹だったが、とりあえず帰るために歩き出す
井吹〈でも、確かに俺は・・・一体この先どうするつもりなんだ?〉
翌朝、井吹は部屋で右往左往しながらずっと考えていた
井吹「行く、行かない。行く!行かない!」
そうこうしていると、襖が開き
斎藤「遅刻厳禁だ」
井吹「いや、俺はまだ行くとは言ってないだろ!?」
ところが・・・
壬生寺
斎藤「一旦稽古を受けると決めたからには、基本を身につけてもらわねばならん」
井吹「決めてないけどなぁ・・・」
要するに、強制参加させられたのである
彼の一言が聞こえたらしい斎藤に睨まれ
井吹「・・・わかったよ!」
と、刀を構えた
途端、斎藤が井吹の右足を軽く叩いた
井吹「ん?」
斎藤「右足を前へ、左足は下げろ」
井吹「え?」
斎藤「こうやって、相手の上段へ真っ直ぐに剣を向ける。これが基本の構えだ」
言いながら、刀を持ってはいないが、構える姿勢をして井吹に見せる
本来なら斎藤は左利きで、普段から彼は左構えだ
だが井吹に合わせてか、右構えでやって見せる
井吹「おう!」
それを見て聞いて、構え直した井吹
斎藤「刀の柄を握る際は、小指から順に、力を込めるように握るのだ」
井吹「おう!」
斎藤「そうではない」
井吹「こうか?」
斎藤「横から握るな」
井吹「え?」
斎藤「それでは斬り込む時、親指だけで押さねばならぬ事になる」
井吹「わかった」
寺の階段に腰かけて見ている、平助と永倉と原田
原田の後ろの柱では、千世がその様子を見ていた
千世「初日からスパルタですね」
平助「すぱるた?」
千世「・・・・・・厳しいって事」
平助「ああ・・・龍之介に、なにも剣術なんて教える事ねぇのに」
永倉「いいじゃねぇか。あいつもやっとやる気になったんだろ」
原田「そうだ!龍之介が変わろうとしてるんなら、それでいいんじゃねぇのか?」
平助「うん・・・」
千世「・・・私も稽古してもらおうかな」
平助「やめてくれ千世、頼む」
永倉「千世ちゃんはいい、うん」
千世「え?」
原田「ははは・・・」
斎藤「りょう・・・千世!」
千世「?はーい」
呼ばれて駆け寄る千世の背中を見送りながら、平助と永倉は冷や汗を浮かべる
平助「・・・・・・一君、千世にもやらせる気だ」
永倉「勘弁してくれよ・・・」
そう項垂れる2人を見て、原田は苦笑するしかなかった
稽古が終わると、井吹はふらふらだった
そんな彼が無事に帰り着くかの様子見のため、千世もついて行く事にした
井吹「斎藤のやつ!いきなり素振り千回なんて無理に決まってるだろ!」
千世「そう?私は平気だけど」
井吹「なんでだよ」
「仕立て代を払うてもらわへんと、困るんどす!」
平間「いや、しかし、旦那様は留守ですので・・・」
「菱屋からも、お代を頂くまで店に戻るなって、キツう言われてます」
平間「申し訳ありません。旦那様には、必ずお伝えしますので、今日の所は・・・」
「そうどすか・・・わかりました。ほな、また明日、出直して参ります」
平間と話していた女性は、彼に一礼すると背を向けて歩き出す
数歩歩いた所で井吹と千世とすれ違い、2人に会釈をすると立ち去る
千世「・・・帰る」
井吹「え?あ、おう・・・」
平間に向かって頭を下げると、千世もこの場から立ち去った
井吹「平間さん。あの人、芹沢さんになんの用だったんだ?」
平間「ええ、旦那様が、浪士組の隊服を作られた代金を、まだお支払いになっていないとかで」
井吹「えぇ!?やる事なす事滅茶苦茶だな」
言いながら向かった部屋に、芹沢はいた
彼は居留守を使ったのだった