第二章




千世「ん・・・」

ある晩、騒がしい事に気付いて目が覚める

千世「・・・・・・羅刹・・・」

部屋を抜け出し、外に出る

井吹「千世?」

千世「え?」

同じく寝巻き姿の井吹が、刀を片手に外に出ていた

井吹「あの声、羅刹だよな?」

千世「だろうね。わかっててどうして出て来たの?」

井吹「いや、その・・・気になって・・・って、そういうお前だって」

斎藤「井吹!両儀!」

井吹・千世「!?」

屋根の上から、羅刹が飛び降りて来た

井吹「うわっ!?」

後ろから来た斎藤が走り抜け、羅刹の心臓を一撃で貫いた

斎藤「怪我はないか?」

井吹「ああ・・・」

震える声で返答する井吹と、その横で頷き返す千世

千世「両儀って呼ぶの、やめてください。私、その苗字は嫌いなんです」

斎藤「・・・そうか。すまない」

千世「いえ。私こそ、わがままを言ってすみません」

そう言ってから、倒された羅刹に目を向ける

千世〈また、死・・・〉

どくん

千世「っ!」

斎藤「どうした?」

突然目を覆った千世を見て、斎藤が問う

痛みがあるらしく、小さく呻き声を出す

隣に立つ井吹も心配なのか、彼女の肩に手を乗せて顔を覗き込もうとする

井吹「大丈夫か?」

千世「大丈夫・・・」

そうは言うが、また目の奥が痛んだ

少しして痛みは引いたが、開いた瞼の下にあったのは紅い瞳

だがそれはすぐに青に戻り、斎藤も井吹も、あとから駆けつけた土方達も気付かなかった




















芹沢からの局長命令により、大坂に羅刹の首が晒された

それが影響し、巡察中に壬生狼と陰口を叩く町人達の声が聞こえる

平助はすっかり落ち込み、顔を伏せてしまう

黄麻「御免ください!新見さんはいらっしゃいますか?」

井吹「ああ、新見さんなら出掛けているが」

黄麻「そうですか。山南さんもお留守でこちらに回ったのですが。詳しい話を伺いたかったのですけれど・・・そういえば、あなたも羅刹となった浪士をご覧になったとか?」

井吹「え?あ、まあ・・・」

黄麻「どんな様子でしたか?」

井吹「どんなって・・・?」

黄麻「気付いた事があれば、聞かせて頂けませんか?」

井吹「気付いた事といっても・・・」

千世「また来たの」

井吹「あ、千世」

黄麻「仕事なんだ、来るに決まっているだろう。そう睨むな、千世」

千世「っ・・・」

黄麻「あぁ、そうだ。ちょうどいい。千世、今日はお前に渡す物がある」

千世「は?」

黄麻が差し出したのは、ひと振りの小太刀

千世「・・・何、これ?」

黄麻「小通連。両儀家に代々伝わる小太刀だ。これを肌身離さず持っていなさい」

千世「受け取る理由はない」

黄麻「これはお前が持つべき刀だ。いいから持っていなさい」

そう、半ば強引に渡してくる

渋々それを受け取ると、突然手首を掴まれて引き寄せられる

千世「!?」

井吹「お、おい!」

黄麻「・・・もう少しか」

千世「え・・・」

黄麻「千世、死を思い出せ。そうすれば、きっと開眼する。お前には“素質”があるのだからな」

千世「な、何言って・・・【ハッ】!」

サァッと柔らかな風が吹いた途端、千世は黄麻の手を振り払って走り出す

するとちょうど、山崎がこちらに向かって来ていた

山崎「おっと」

ぶつかりそうになって避けようとした山崎だったが、千世は彼の後ろに回り込んで背中に隠れてしまった

山崎「両儀君?」

小太刀を左手で握り締め、右手で山崎の衣服をぎゅっと掴む千世

その様子を見て、なんとなく察した

山崎「・・・黄麻さん。山南副長が戻りました」

黄麻「そうですか。では」

そう言うと、黄麻はこの場を去った

山崎「外部の者に余計な事を明かすな」

井吹「え?」

山崎「自分の立場を少し考えろ」

キツい口調で言うと、山崎はさっさと行ってしまう

未だに山崎の背中にくっ付いている千世も、自然と一緒にここから立ち去る事に

井吹「立場ってなんだよ・・・」

苛立った井吹の呟きは、山崎には届かなかった

少し歩き、山崎は立ち止まる

山崎「もう大丈夫だ。黄麻さんはいない」

千世「・・・・・・すみませんでした」

山崎「気にするな。事情は聞いている。大丈夫だったか?」

千世「はい」

山崎「それは・・・」

千世「あの人が、半ば強引に渡してきたんです。お前が持っているべき物だって・・・意味わかんない」

山崎「そうか・・・今の君は、男装をしているんだ。丸腰だと怪しまれる。ちょうど良かったと考えておこう。一応、近藤局長や副長達にも、それの事は報告しておいた方がいい」

千世「・・・【コク】」

山崎「しかし、よく俺が来るとわかったな?」

千世「・・・・・・風が、教えてくれたんです」

山崎「え?」

千世「えって・・・あの人、話してないの・・・?」

山崎「俺には、なんの事だか・・・」

千世「・・・・・・話してないんだ・・・知りたかったら、副長さんに聞いてください。副長さんが信用できる人なら、話してもいいですと」

山崎「どちらの副長だ?」

千世「・・・・・・眼鏡じゃない方」

山崎「土方副長だな。名を言ってくれないか?」

千世「・・・・・・両儀って呼ぶの、やめてください。私、その名前は嫌い」

呟くような声で言うと、千世は山崎から離れて行ってしまった

引き留めようとした山崎だったが、彼女の背中に拒絶されているような気がした


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