第二章
平助「あんたにとって、千世はなんなんだ?」
黄麻「・・・」
平助「娘じゃねぇのかよ?なんで捨てたんだよ?あいつが・・・千世が何したってんだよ!」
黄麻「・・・・・・なるほど。どうやら千世は、あなた方には何も話していないようだ」
平助「なに?」
黄麻「初めは、失敗作だと思っていましたよ」
平助「失敗作、だと・・・」
黄麻「ええ、だから捨てた。ですがまさか、あとから芽吹くとは・・・予想外です。やはりあの子には、“素質”があった」
平助「“素質”・・・?」
黄麻「わざわざ時を超え、平和な世で育てた甲斐があったというもの・・・あなた方がこの先、まだあの子と共に行動するのであれば、いずれわかりますよ。育ての母が娘を嫌った意味、両儀の事、あの娘の“素質”・・・全て」
そう言いながら笑みを見せ、黄麻は今度こそ立ち去った
彼の後ろ姿に、平助は鋭い視線を向ける
まだ、謎は多く残っている
理解できたわけではない
だが平助は、黄麻の言葉に怒りを覚えた
特に、失敗作という言葉に
行き場のない怒りを抱えたまま、平助もこの場から去った
井吹は彼らの会話を、物陰で聞いていた
『そいつを抜いて、人を斬る覚悟がねぇんなら、戻ってろ!』
『なんの覚悟もねぇ奴が、戦場にのこのこ出て来るんじゃねぇ』
思い出すのは、原田と土方の言葉・・・
井吹「俺には、何があるんだ・・・?」
数日後、大坂に行っていた者達が帰って来た--だが・・・
近藤「芹沢さん!お待ちください!」
芹沢「くどい!」
声が聞こえたからか、井吹は表で出迎えようとした
芹沢「退け、犬!」
そう言われ、容赦なく鉄扇で殴られた
井吹「いってぇ!」
直後、目の前を通った平間
だが動揺しているのか、焦っているのか
井吹に視線も向ける事なく、そそくさと芹沢に続いて中に入る
土方「お帰り、近藤さん」
千世「お帰りなさい」
だが2人の言葉には答えず、怒ったような様子だった
土方「?」
平助「新八っつぁん、しっかり成果あげてきたか?」
何気なく、明るく言う平助だが、彼らのただならぬ様子に気付いた
千世「・・・?」
土方「山南さん、何かあったのか?」
山南「大坂で、丸腰の力士達と乱闘騒ぎになりまして・・・」
土方「乱闘?」
山南「芹沢さんと、沖田君が・・・・・・相手を斬ってしまいました」
千世「えっ・・・」
土方「なんだと!?」
平助「丸腰の力士相手に、乱闘騒ぎ!?なんでそんな事に?」
土方「っ・・・!」
近藤「俺が、芹沢さんから目を離さなければ・・・」
沖田「僕達は悪くありませんよ。そもそも、先に喧嘩を売ってきたのは向こうなんですから」
山南「あの場で局長命令に背くわけにはいきませんでしたし」
土方「言い訳なんざ聞きたくねぇ!喧嘩を売られたからって、丸腰の相手に刀を向けてどうする?」
沖田「だったら、士道不覚悟で僕が腹を斬りますよ」
「「「!?」」」
永倉「総司、いきなり何言い出すんだ!?冗談言ってる場合じゃねぇだろ!」
沖田「冗談?僕は本気だけど」
土方「いい加減にしろ、総司!」
沖田「!」
土方「てめぇの腹ごときで騒ぎを納められるはずねぇだろうが!」
千世「あの・・・」
土方「来るんじゃねぇ!」
千世「ッ・・・す、すみません」
怒鳴って奥に行こうとする土方を、とっさに追いかけようとした千世
だが彼は千世にも怒鳴り、ついて行く事を拒んだ
驚きはしたが、別に嫌な思いなどはしなかった
自分に対して怒っているのではない、虫の居所が悪いんだ、とわかっていたからだ
話をしている間に、辺りはすっかり暗くなってしまった
そのままの足で芹沢の所に向かった土方だったが、彼も沖田と同じ様に言うのだった
芹沢「我々にはなんら非はない。武士というのは、辱めを受ければ死すらいとわずに、戦うものだ」
土方「馬鹿言うな!あんたがやってる事は不逞浪士と同じじゃねぇか!」
芹沢「無礼打ちである事は、大坂奉行所も認めている。相撲部屋の親方も我々に謝罪した。この件はもう済んだ事だ」
土方「あんた!一体何しに江戸を出てここに来たんだ!?」
芹沢「では逆に聞こうか、土方。貴様は一体なんのためにここにいる?」
土方「そんなの決まってんじゃねぇか。近藤さんを頭に武士として大義をなすためだ!」
芹沢「この先、どれだけ名を上げたとしても、農民は所詮農民でしかあるまい。それが、世の理というものだ」
土方「なんだと・・・!?」
芹沢「以前にも言ったが・・・貴様には、目的を達するために悪を演じ、泥を被るという覚悟が足りぬ。真の武士として大成したいのならば・・・土方--貴様は鬼になれ!」
土方「・・・?」
芹沢「人から忌み嫌われ、全てを敵に回しても構わぬと。鬼になれるというのであれば、あるいは--世の理を覆す事ができるかも知れん」
土方「鬼・・・」
翌日、大坂での一件のせいか、ほとんどの者達は部屋に引きこもっていた
その晩、再び芹沢の部屋に向かった土方は、山南と共にある報告をした
監察方という、新たな役職を作った事だった
猫の首に、鈴をつけるために
主な仕事は隊内外の探り--監察方には、最近入った島田魁と山崎烝が任された
それに伴い、千世の事情を全て、島田と山崎に明かす事にした
事前に土方からその事を相談されていた千世は、話しても構わない返事をしていた
とは言っても、土方は“あの事”だけは、彼らにも話さなかった
さらに同日の遅く、新見はひとりで黄麻のもとを訪れる
そして受け取ったのは--試作段階ではあるものの、改良された変若水だった