第一章




千世「お母さんの時は・・・すごく、痛くなって・・・苦しくて・・・息をするのも、苦しくて・・・いつも、そうだった・・・」

井吹「いつもって・・・千世、お前もしかして・・・」

母親から、暴力を受けていた--?

千世「産まなきゃよかったって、叩かれた後、いつも言われて・・・見下ろされて・・・千輝ちあきが庇ってくれて・・・でも、千輝がいなかったらいつも、その後も叩いたりとか・・・それでいつも、ここが・・・痛くて・・・」

千輝というのが何者なのか、彼らにはわからなかった

だが、彼女が母親から暴力を受け、心を痛めていたのはわかった

千世「叩かれて、胸倉を掴まれて、怒鳴られて・・・でも、ここが痛くないのなんて・・・初めてで・・・わからない・・・・・・なんで?」

震えた声で、土方は問われた

光を失ったように見えていた瞳が初めて、光を取り戻したように見えた

土方「・・・」

近藤「千世君」

代わりに、とでもいうように口を開いた近藤

彼は千世の正面にしゃがむと、肩に手を乗せた

その手は大きく、とても優しい

近藤「それはきっと、トシが君の事を想って、叩いたり怒鳴ったりしたからだろう」

千世「想う・・・?」

近藤「そうだ。トシは別に、君の事を毛嫌いしているわけではない。ただ、自分から生きようとしていない君を見ているのが、トシは辛いんだ。トシだけじゃない、我々全員がそうだ。そして、そんな君の気持ちを変えられないまま、今日、この結果を生んでしまった。それが辛くて、悔しくて、トシは君に怒ったんだ。どんなに我々が君を生かそうとしても、君にその意思が無ければ、結果は同じだ」

千世「どうして、生かそうとするの・・・?だって私は、要らないんでしょう?だったら生きてても意味なんて無い」

近藤「君がなぜ、母上からそのような扱いを受けていたのかはわからない。だがそれでも、産まれてきた命に、生きる意味がないなんて事は決して有りはしない!必ずあるんだ!千世君が産まれてきた意味、千世君が生きる意味・・・それは、必ずある」

千世「・・・・・・」

近藤「・・・今日は、もう休みなさい。井吹君、すまないが、千世君を部屋まで送ってやってはもらえまいか?」

井吹「え?あ、ああ。いいぜ。千世、行こう」

千世「・・・」

何かを考えている様子の千世を立たせ、井吹は彼女を気遣いながら、部屋から退室した

土方「近藤さん・・・」

近藤「トシとは、長い付き合いなんだ。何を考えての行動なのかは、だいたい想像が付く。だが、女子おなごにあれはやり過ぎだぞ。トシ」

土方「悪かった、とは思ってる。けどな、平然とした顔で自分の命を軽んじてるあいつを見てたら、どうも怒りが抑えられなくてな・・・」

山南「土方君の言いたい事もわかります・・・ですが、もう少し加減をしてあげて下さいね」

土方「ああ。あいつにも、後で謝りに行くよ」

山南「それがいいですね」

沖田「でもちょっとびっくりだなぁ。土方さんが、まさか女の子に手をあげるなんて」

斎藤「だが、ああでもしなければ、彼女に伝わらなかったのもまた事実だ」

平助「そりゃあ、そうかもなんだけどさ・・・」

永倉「それに、ちょっと家庭の事情とやらも聞けたみたいだしな」

原田「なんであいつの母親は、あいつを・・・娘を産むんじゃなかったなんて言ったんだ?」

井上「さあね。でも母親というものは、自分の子供に対して、父親以上に愛情を持つ事があると、聞いた事があるよ」

土方「まあ、自分が腹を痛めてまで産んだ子供だからな。そいつはわかるが、あいつの場合は真逆だ」

斎藤「つまり、そうなる何かが彼女にはあると・・・そうお考えですか?」

土方「ああ」










その日の夜

土方は少し重い足取りで廊下を歩く

千世に謝るとは言ったものの、どう切り出すかを悩んでいた

夕飯の時でもよかったのだが、彼女がどうも上の空で、話ができる状態ではなかった

すぐに部屋を訪れる事もできなかったため、遅れてしまったのだ

寝ているかもしれないと思いながらも、千世の部屋を目指す

土方「・・・ハァ・・・・・・ん?」

角を曲がり、奥にある千世の部屋

その前の縁側に腰掛け、膝を抱えている人影を見つけた

特徴のある緋色の赤毛・・・千世だ

後ろ髪が短いせいか、組んでいる腕に顔を埋めている彼女のうなじが見える

土方「まだ寝てなかったのか・・・」

千世「・・・?」

顔を上げた千世の瞳が、土方を映す

だがすぐに視線をそらされてしまい、また顔を伏せてしまう

ため息を吐いてから歩み寄ると、千世が口を開いた

千世「・・・何かご用ですか?」

土方「・・・・・・悪かった、な。手をあげちまって」

千世「?」

謝罪の言葉に、また千世が顔を上げる

今度は土方が顔を逸らし、気恥ずかしそうに頭を掻く

土方「つい、カッとなっちまってな・・・まだ、痛むか?」

千世「・・・・・・いえ」

土方「そう、か・・・」

千世「・・・どうして謝るんですか?」

土方「?」

千世「私の何かが気に食わなかったのでしょう?なのに、なぜ謝るんですか?」

土方「俺が悪いと思ったからだ。確かに、生きる意志のないお前に腹が立ったのは事実だ。だがな、それでも、男が女に手をあげるなんざ、あっちゃならねぇんだよ」

千世「そういうものですか?そういうの差別って言うんですよ」

土方「この時代じゃそうなんだよ」

千世「そうですか・・・」


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