第一章
平助「なんだ?」
帰路の途中、何やら騒がしいと思い足を止める
どうやら浪士が数人、寄ってたかって町人から金を巻き上げている様子
原田「千世、お前はここで待ってろ」
千世「ん」
彼女が小さく頷いたのを確認すると、3人は頷き合って駆け出した
勤皇の志士と名乗り、金を巻き上げていた浪士達を取り押さえる
が、その内のひとりが逃げ出した
平助「あ、待ちやがれ!!」
千世「!」
「それ以上近付くな!」
途中にいた千世を捕まえ、浪士は刀を彼女の首筋に当てた
平助「千世!」
千世「・・・」
永倉「くそっ・・・!」
原田「っ・・・!」
3人が焦った顔をする中、千世だけは変わらず、ぼぅっとしたような顔をしていた
千世「・・・・・・だから、構わなくてもいいって言ったのに」
「お前!何を悠長な・・・!」
千世「あ・・・」
ふと、何かを思い付いたような顔をした
それに気付いた原田は、なんだか嫌な予感がした
ぐっ
「なっ!?」
刀の刃を掴み、千世が振り返る
そのままの勢いで体当たりをすると、浪士の体勢が崩れた
原田「千世!」
千世「わっ」
平助「うおぉぉぉ!」
原田が彼女を引っ張るのと同時に、平助が駆け出す
一時は斬り合いになったものの、あっという間に浪士達は逃げ出す
が、3人の焦りは消えなかった
平助「千世!」
原田「おい、大丈夫か!?見せろ千世!」
千世「別になんとも・・・」
永倉「ないわけねぇだろ!血ィ出てるじゃねぇか!」
刃を掴んだ左手と、首筋の左側・・・それぞれから出血していた
着物の襟首に血が付き、掌にも血が
原田「来い!」
掴んだままの右手を引っ張ると、千世を抱える原田
彼女を横抱きにしたまま走る原田の後ろに、永倉と平助が続いた
見上げた原田の顔は、本気で焦っていて・・・
千世〈なんで・・・?〉
彼女の疑問は、膨らむばかりだった
永倉「おい!誰か来てくれ!!」
沖田「どうしたんです?そんな大声出して・・・っ!?」
山南「何事ですか?」
近藤「なっ!?」
土方「--何があった!?」
平助「町人から金巻き上げてた不逞浪士を見掛けてさ、斬り合いになったんだ。そしたら、その・・・」
永倉「千世ちゃんを巻き込んじまったんだ。すまねぇ!俺達が付いていながら・・・!」
原田「そんなのは後だ!まずは千世の手当てが先だろうが!」
千世「自分で出来ます。降ろして下さい」
原田「いいや、駄目だ!」
井上「とにかく、早く奥へ!」
井吹「どうしたんだ?」
井上「ああ、井吹君!丁度いいところに。ちょっと手伝ってくれるかい?」
井吹「え?」
そのまま強制連行された千世は、井上と井吹に手当てをされた
井上「見た目は酷いが、そんなに深い傷では無さそうだ。大丈夫だよ、これなら傷も残らないだろう」
千世「・・・そうですか」
土方「・・・・・・お前が手当てされてる間に、原田達からだいたいの話は聞いた。なんでわざわざ、自分から刀を掴んだ?」
井吹「え?」
千世「目の前にあったので」
土方「ふざけんじゃねぇ、死にてぇのか?」
千世「ふざけてるのはそちらですよ。最初からそう言ってるじゃないですか」
土方「ッ!!」
パン
平助「土方さん!?」
近藤「トシ!?」
井上「トシさん!」
井吹「なっ--!?」
千世「--え」
右手を振り上げた土方が、千世の頬を叩いた
思考が追い付かない千世の胸倉を、彼は掴み上げて怒鳴る
土方「冗談じゃねぇんだぞ!?本当に死んでたかもしれねぇんだ!なんでそう平然としてられる!?なんでそんな死にたがる!?いいか!このご時世、生きたくても生きられねぇ奴ぁ山程いる!それなのにてめぇはなんだ!?死ぬ事ばかり考えやがって!命があんならもっと必死に生きやがれ!!」
近藤「トシ!!そこまでにしないか!!」
土方「くっ・・・ちっ!」
突き飛ばすように胸倉から手を離すと、千世はその場に崩れた
座り込んだ彼女は、叩かれた頬に手を伸ばす
山南「大丈夫ですか?」
千世「・・・・・・」
山南「千世君?ち・・・千世君、どうしたんですか?」
土方「?」
千世「っ・・・」
静かに、頬を伝う雫
涙--
平助「お、おい・・・そんな痛かったのか?」
千世「・・・・・・痛く、ない・・・」
井吹「いや、そんな赤くなってんのに痛くないって・・・」
千世「頬は、痛い・・・」
井吹「やっぱり・・・」
千世「でも・・・・・・ここは、痛くない・・・」
そう言って彼女が手を当てたのは、胸だった--