序章
何を終わらせるのか、明日華はそれを答えなかった
だが向けられる眼差しは真剣で、その瞳に迷いはない
承太郎「・・・・・・やれやれだぜ。おい、ジジイ。こいつ、テコでも動かねぇって目ェしてやがるぜ」
ジョセフ「う、む・・・」
どうしたものかと、悩んでいるのだろう
ジョセフとアヴドゥルは互いを見合うと、難しい顔になる
承太郎と花京院はともかく、明日華は女の子だ
危険だと分かり切っている旅に、彼女を同行させていいわけがない
だがしかし、彼女の意志を無視する事もしたくはない
ジョセフ「・・・・・・わかった。連れて行こう。ただし!ひとつだけ約束じゃ。お嬢さん自身かわしらが危険だと感じたら、すぐ日本に帰る事。わかったな?」
明日華「・・・・・・わ、わかりました・・・」
渋々といった様子の表情だったが、了解してくれた事に満足そうな笑みを浮かべるジョセフ
頭を軽く撫でてやると、明日華がほんのりと頬を赤く染めたのが見えた
ジョセフはなんでもない様子でいるが、ここしばらく誰からもそういった事をされなかった明日華にとっては、なんとなく気恥ずかしい
承太郎「・・・」
明日華「あなたは反対?私が一緒に行くこと」
視線に気付いた明日華は、こちらを見つめている承太郎に問う
承太郎「・・・勝手にしろ」
明日華「そのつもり」
ジョセフ「さあ、時間がない!出発しよう!」
こうして男4人と女1人--5人での旅が始まった
夜間の飛行機に乗り、エジプトのカイロを目指す
離陸の際、そこそこ機体が揺れた
明日華はそれに驚き、思わず隣に座る花京院の腕を掴んでしまった
明日華「あ・・・ごめんなさい」
花京院「怖いんですか?」
揶揄うような口調に、少しムッとする
明日華「少し驚いただけ。別に怖くなんてない」
花京院「素直に怖いって言ってもいいんですよ?帰る口実にもなりますし」
明日華「怖くないし帰らない。私は自分が死ぬ事に恐怖なんかしない。私なんかが死んだって悲しむ人はいない。誰もなんとも思わないだろうから」
花京院「・・・随分と悲しい事を言うんですね」
明日華「事実だから。両親はもういないし。祖父母は仕送りはしてくれるけど、私なんかには無関心だし。私はひとりっ子だから、きょうだいもいない。この世に未練があるわけでもないし。だから私は、死ぬ事に恐怖はない。終わらせられるのならそれでいい」
花京院「それじゃあ、風祭さんにとって怖いものってあるんですか?」
明日華「・・・・・・人間」
花京院「え?」
機内は暗闇だからか、明日華の表情をきちんと確かめる事はできない
だが花京院には、彼女が悲しい瞳をしているように感じられた
一体何が、彼女をこんなに悲しい少女にしてしまったのか
彼にはわからなかった
明日華「私は、私と同じ人間が怖い。もっと言うなら、知性や理性を持った生物全てが、私は怖いのかもしれない」
あまりにもリアリティな、彼女の恐怖対象
それは意外な答えでもあったが、どこか納得できるような答えでもあった
そんな、自分でもよくわからない感情を、花京院は言葉にする事ができなかった
ただ気になったのは、彼女が言いながら手を添えた右目
長い前髪で隠されたその右目に、一体何があるのだろうか
そしてもうひとつ、気になっていた
それは誰も気付いていなかったようだが、花京院は気付いてしまった事
初めにした
つまり明日華は最初、答える気がなかったのだ
自分が
上手いこと返答を濁された
だが誰も、その事には気付いていなかった
これに気付いた花京院は思った
理由は違うかもしれないが、彼女は自分と同じなのではないのかと
何かしらの理由から、孤独でいるようになったのではないのだろうか
そしてその理由というのは、おそらく右目にある
この2人の会話は、承太郎の耳にも届いていた
人間が怖いと言った明日華は、確かに周りとは距離を置いているように思えた
クラスメイトとも必要最低限の関わりしか持たず、会話も必要最低限しかしない
承太郎は、それよりも一歩だけ踏み込んでいた
とは言っても、ノートを借りるくらいだ
彼女は他の女子達と比べて騒がない分、落ち着くというのもある
風祭明日華という少女に、興味を持ったのは事実だ
だからとも言える
承太郎が自ら、彼女に踏み込んだのは
やがて、会話は無くなってしまった
隣から聞こえ始めてきた静かな寝息に花京院が視線を向けると、明日華がシートの背もたれに体を預けて眠っていた
その寝顔は、実年齢よりも少し幼く見えた
思わず苦笑する
謎に包まれたままの明日華を、全面的に信用するのは難しい
だがなぜだろうか、彼女が敵だとは思えなかった
いつか、本当の彼女を知りたい
そう思いながら、花京院は呼び止めたキャビンアテンダントから毛布をもらい、明日華の体にそっと掛けてやった