序章
優姫「・・・・・・ハァ・・・」
その日の夜、優姫はなかなか寝付けず、何度か寝返りを打った
いつもなら本を読んだり、音楽を聴いたりと、いろいろな事をしてそんな夜を過ごしていた
だが今ここに、眠れない夜を誤魔化して過ごすための物は、何もなかった
この世界に来てからすでに何度も、こんな夜はあった
実はこの世界に来る前からも、何度かそういった事はあった
しかしこの世界に来てから、その回数は増えていた
むしろ眠れている日の方が少ない
宿屋の外に出ると、夜風が頬を掠めた
遠出できないとわかっている優姫は、宿屋の前で伸びをする
少し冷たい夜の空気を吸い込むと、ゆっくり吐き出した
白竜「きゅー」
優姫「ん?」
ふと頭上から聞こえた鳴き声に顔をあげると、白い小さな竜が飛んで来た
優姫「あー・・・白竜か」
白竜「きゅー。きゅ、きゅー」
優姫「そういやお前、オレが起きてるといっつも来るな。お前まで寝不足になるぞ」
いつからだったか、夜中に起きると白竜がやって来るようになった
一緒に起きているか、彼女の膝の上で寝るかのどちらかだ
白竜「きゅ?」
優姫「・・・・・・ま、いいけどな」
言いながら動き出した優姫の肩に、白竜が着地する
近くにある壁にもたれ掛かると、白竜が頬に擦り寄ってきた
優姫「・・・・・・独りにしてくれないよな、お前も」
白竜「きゅー」
優姫「・・・・・・」
ずるずると、壁を伝いながら座り込む
膝を抱えて顔を伏せると、心配そうな声を出す白竜が覗き込もうとする
優姫「・・・なんでもないよ。寝れないだけだから。いつからだったかは、もう忘れた・・・寝れない日が何度もあった。ここに来てからはもっと増えた」
白竜「きゅー・・・」
優姫「・・・・・・言えるかよ」
それからしばらく沈黙していたが、ふと顔をあげると、青い瞳で白竜を見つめる
白竜「きゅ?」
優姫「・・・・・・ねぇ、一緒に寝てもいい?」
白竜「きゅ!きゅ、きゅー!」
パタパタと羽を動かすその様子は、喜んでいるようにも見えた
クスリと微笑んだ優姫は、白竜の小さな頭を撫でると部屋に戻った
実はこれを見ていた者が--2人いた
八戒「やっぱり、白竜に行ってもらったのは正解でしたね」
そう言った八戒の隣で、吸い込んだ煙草の煙を吐き出す三蔵
八戒「僕達の誰かが行っても、きっと彼女は何も話しませんからね。白竜相手なら、少しは気を許してくれるかと思いましたが・・・思惑通りでよかったです」
三蔵「・・・不眠症ってやつか?」
八戒「おそらく。もしくは、それに近い精神的病かもしれませんね。彼女自身、気付いていないのかもしれませんが」
三蔵「・・・一人暮らしだと言っていたな」
八戒「ええ。調理の時、手際の良さを褒めたのですが・・・一人暮らししてれば自然とこうなるだろ、と言ってましたからね。間違いないかと。眠れていない事をもし誰にも話していなかったのなら、周りがそれに気付く事もないでしょうし。あの優姫さんが、誰かに相談するとも思えませんしね」
三蔵「・・・・・・」
この2人、実は気付いていたのだ
何度か優姫が、夜中に起きている事に
そのまま朝まで起きている事もあれば、しばらくしたら寝入っている事もあった
気付いた八戒は声をかけようかとも考えたが、やはり彼女は話さないだろうとも思えた
そんな風に躊躇った八戒に代わり、白竜が優姫のそばに飛んで行ったのが始まりだった
以降は白竜に頼み、優姫のそばに行ってもらっていたのだ
どうやら白竜に対しては、少しは素直に接する事ができる様子だった
白竜も白竜で、彼女の事を気にしていたようだ
ちょうどいいのではないかと、八戒は判断した
八戒「・・・・・・今、優姫さんはどんな気持ちなんでしょうか?」
三蔵「あ?」
八戒「両親からの愛を受ける事もなければ、友人すらいなかった。ですが彼女の知る何もかもが、目の前にはあった。それを急に取り上げられた上、右も左もわからない異世界に飛ばされた・・・本当の意味で孤独になってしまった彼女は今、どんな気持ちなのかなと思いまして」
三蔵「・・・知るか」
八戒「・・・・・・」
別れると決めている優姫に、なんとも言えない不安が残る八戒
なぜかはわからないが、彼女から離れてはならない
彼女を手放してはならない
彼女から目を離してはならない
心の奥底でそう叫んでいる自分がいる気がした
それは、実は三蔵も同じだった
彼女から離れるな
彼女を手放すな
彼女から目を離すな
心の奥底で、自分自身にそう叫ばれている気がした
三蔵「・・・ちっ」
なんとも言えない苛立ちに、舌打ちするしかなかった--
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