デュエル・オブ・フォーチュンカップ編
雑賀に紹介された仮住まいに戻ると、D・ホイールの調整を再開する遊星
いつ目覚めてもわかるよう、近くのソファに寝かせている少女をたまに視界に入れる
何度かエンジンを吹かしても、少女が目を覚ます様子はなかった
そして、何度目かのエンジン音を耳にした時、少女の目蓋が薄らと開かれた
やはりぼうっとした様子で視線を向けてくる少女に、遊星が気付いた
遊星「目が覚めたのか」
「・・・」
遊星「おい?」
ゆっくりと体を起こした少女は、両腕を上にあげて伸びをすると遊星に顔を向ける
「・・・えっと、あの・・・?」
遊星「ダイモンエリアでの事、覚えてないのか?」
一瞬だけキョトンとした顔をするものの、すぐにハッとした様子の少女はぺこりと頭を下げてきた
「す、すみません。ご迷惑をおかけしたようで・・・」
遊星「いや、気にするな。俺こそ放置してしまって、すまなかった」
「あ、いえ・・・あれ?え?うそ?え、あれ?」
突然狼狽え始める少女は、胸元にあるべき物がない事に気付いた
心当たりのある遊星は、D・ホイールに引っ掛けていた自身の上着のポケットを漁る
遊星「探しているのはこれか?」
取り出して見せたのは、あのロケットペンダントだった
すぐにそれを受け取った少女がホッとする様子を見て、少しばかり罪悪感を抱く遊星
どうやら彼女にとって、よほど大切な物らしい
遊星「すまない。あの騒ぎの中で外れてしまったようだ。壊れかけていた金具は直したが、その・・・着け直すのには、少し抵抗があって・・・」
「構いません。どんな理由であれ、初対面の男性が女性に触れるのは気が引けますよね。まあ、あの時は緊急事態でしたから、気にしてる余裕なんてなかったでしょうけど。あ、お礼がまだでしたね。助けて頂いてありがとうございました。これも直して頂いて」
遊星「気にするな。それより、なぜひとりであんな所にいたんだ?」
「ん〜・・・なんとなく?かな」
遊星「・・・・・・家はどこだ?送って行く」
「あ、えっと・・・家、というか・・・私、今はホテル住まいなので、特定の家は・・・次の宿泊先もまだ決まってなくて・・・」
遊星「・・・家出か?」
「あなたには私が家出娘に見えるんですか、違いますよ。それより、ひとつ質問に答えてください」
遊星「なんだ?」
「あなたは、私に会った事はありますか?」
遊星「・・・・・・は?」
「突然すみません。でも私にとっては大事な事なんです。お願いします、答えてください」
ナンパの常套句のような台詞を言い出した少女だが、真っ直ぐに向けられたアイスブルーの瞳は本気だった
冗談でもナンパでもなく、彼女は本気で自分に聞いてきている
それに気付いた遊星も、真面目に答える事にした
遊星「いや、俺はお前に会った事はない」
リーシャ「そう、ですか・・・本当に、突然すみませんでした。私はリーシャです、リーシャ・マテリアル。あなたは?」
遊星「遊星だ、不動遊星」
リーシャ「お世話かけました、遊星さん」
遊星「行くのか?もう遅い、行く所がないなら今夜はここにいるといい」
リーシャ「・・・迷惑じゃ、ないですか?」
遊星「なら最初から連れてこない。大した物はないが、それで良ければ」
リーシャ「・・・ありがとうございます」
安堵した様子で微笑む、リーシャと名乗った少女
彼女を見て微笑を返した遊星は、D・ホイールの調整に戻る
リーシャ「これ、あなたのですか?」
遊星「ああ」
リーシャ「素敵なD・ホイールですね。とても大事にされてるのがわかります。それに--カード達も」
遊星「え?」
リーシャ「わかるんです、私。カード達の声が聞こえるというか・・・私自身はデュエルをしませんが、なぜか昔からそうなんです」
遊星「・・・そうか」
素っ気ない返答にも関わらず、リーシャは怒るどころかキョトンとした顔になる
何度か瞬きをすると、小首を傾げた
リーシャ「疑わないんですか?そんなの聞こえるはずないって。普通は疑いませんか?」
遊星「疑って欲しいのか?」
リーシャ「そういうわけではありませんが・・・私の正気を疑う人ばかりだったので、てっきり・・・」
遊星「そうか」
リーシャ「というより、私に興味ないって感じですね。まあ初対面ですし、当たり前ですね。あなたに興味ある私が可笑しいですから」
遊星「俺に?」
リーシャ「はい。あなたにも、あなたのカードにも、あなたのD・ホイールにも。あ、でも一番興味があるのはD・ホイールですね。私、これでも技術者なんです。あちこちでメンテナンススタッフとしてバイトしてました。そのD・ホイール、市販品ではないですよね?自作ですか?素敵!もしかしてプログラムも自作だったりしますか?自分でメンテナンスするくらいですもんね!そうですよね!」
遊星「・・・あ、ああ」
アイスブルーの瞳をキラキラさせ、興味津々で明るい声色のリーシャ
ぼうっとした様子とは真逆の彼女に、遊星もつい戸惑ってしまう
リーシャ「あ、ごめんなさい。うるさかったですよね」
遊星「いや・・・」
リーシャ「気を付けなきゃなとは思うんですけど、ついお喋りになってしまって」
照れくさそうに笑みを浮かべるリーシャ
だが不思議と、遊星はそれが嫌だとは思わなかった
時折、リーシャとの会話をしながらメンテナンスを続ける
だがふと、彼女から会話が振られなくなった事に気付く
すっかりD・ホイールの調整に夢中になっていた遊星が顔をあげると、ソファに座っていたリーシャは舟を漕いで眠っていた
苦笑した遊星はブランケットを取ると、リーシャにかけて作業に戻った
翌朝、自身も寝落ちてしまっていた事に、目を覚まして気付いた遊星
ハッとしてソファに顔を向けたが、そこにリーシャ・マテリアルの姿はなかった
ただ、ソファには1枚--
お世話になりました
リーシャ・マテリアル
このたった1枚残されたメモが、リーシャ・マテリアルというひとりの少女が確かにここにいたという、証だった--