水瓶から注がれる想いの欠片

 先程から私は困っている。何に困っているのかといえば、見ず知らずの男性に声をかけられているのである。所謂ナンパというやつだ。適当なことを言ってこの場を立ち去りたいのはやまやまなのだが、難儀なことに私はここでサリャク神と待ち合わせをしている身で、お互いに連絡を取れる手段を持ち合わせていないために下手に動くとすれ違いになりかねない。そういった理由で動かない私を“脈アリ”と勘違いしているのだろう、男性は私から離れる気がないようだ。……なんならじりじり距離を詰めてきてる気さえする。

「やあ、精が出るね」

突然の声に驚いて振り向くと、私の待ち人がすぐ後ろに立っているではないか。……全く気付いてなかった。それは男性の方も同じなようで、驚いた表情が顔に張り付いている。知神はそんな私たちを見て面白そうにクスクスと笑うと、更に言葉を続ける。

「まあ、ナンパは確率論だからね。“下手な弓矢も数撃ちゃ当たる”ではないが……どんどん試行回数を増やしていけばいずれは成功すると思うよ」

そう言いながら彼はなんてことでもないように私の肩に手を回す。それで察したのか(これで察しなかったら余程の愚か者だろう)、男性は何事かを呟きながら退散していった。涼しい顔をして男性を見送るサリャク神の顔を見上げる。

「……いつからいらしてたんです?」
「ん、少し前から。少々興味深かったので観察していたのだよ」
「そんな人を研究個体みたいに……」
「ふふふ、悪かった。それじゃ行こうか」
「はい」


□■□■


 散策の小休止中、ふと気になることがあったので隣に立つ知神の方に向き直る。

「さっきお話してた確率論ですが」
「うん?」
「……それって私たちにも当てはまりますよね」

そう言いながら、サリャク神に少しすり寄ってみせる。そんな私に知神は顎に手を当てて何事か考えていたようだったけれど、不意に微笑むと私を抱き寄せてきた。

「きゃっ」
「そうだね……“基本的には”、確率論は何にでも当てはまる」

「しかし」

腕に力が込められるのが分かる。まるで逃さないぞ、とでも言いたげに。

「何事にも“例外”というものはあってだね」

腰に回されたのと反対の手で顎を持ち上げられる。そしておもむろに口付けられた。

「〜〜〜!」
「もし君が“そういうこと”をするのであれば私には問答無用で効くし、それは君だってそうだろう?」

私を抱きしめたままにっこりと笑って彼は言う。今の私を見てそれを言いますか?ちょっと恨めしそうにしてるのが顔に出ているであろう私を見て、サリャク神が頭を撫でてきた。そしてそのまま頭も抱き寄せられる。

「まあ、確かに私は嫉妬しない方ではあると思うが……だからといって執着心や独占欲といったものが無い、というわけではないのだよ」
「!」
「だから、そうだね……あまりそういう意味で試そうなどとは思わないでほしいかな」

他の男性と仲良さそうな雰囲気を出してみて気を引けるか試してみようかな、などと考えていたのは見抜かれていたらしい。やはり神様、侮れないな……いや侮っているつもりはないのだが、そういうところにまで頭が回るとは。というか、そういうところは人と変わりないのだなという妙な感想を抱く。でもそうか……

神様もそれなりに執着を抱いてくれてるのか。

そう思ってしまう浅はかさとそれに少しばかり喜びを感じている軽薄さに罪悪感を抱きながら私も彼の腰に腕を回した。





──Fin
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