水瓶から注がれる想いの欠片

 待ち合わせ場所に着くと、我が愛しの人の子が何やら他の男と話しているところだった。まだ気付かれていないようだったので、そっと近場の建物の影に隠れて様子を伺う。待ち合わせ場所からここまでに多少の距離があるため会話は聞こえないがどうやら話が弾んでいるようで、楽しそうな彼女の表情が垣間見える。……そうか、あの子はあのような面差しも見せるのだな。
相手が知人の可能性も考えてそのまましばらく様子を見ていたが、おもむろに男の手が彼女の肩に触れようとしたのが見えた。ああ、ただのナンパの類だったか。様子見を決め込んだ自らの判断の甘さに内心舌打ちをして、足早に彼女の元へと向かう。

「いいじゃん、待ち合わせの相手も来ないようだしぃ」
「いえ、そういうわけには……」
「すまない、待たせたね」

にこやかな笑顔を作りながら彼女と男の間に割って入る。男は突然現れた私の姿に驚いているようだ。その隙を逃さず更に畳み掛ける。

「何やら話していたようだが、君は彼女の友人なのかな?」
「あっ、いや、そういうわけでは」
「今日私は彼女と待ち合わせをしていてね。これから出かけるから失礼するよ」

こちらの用件を言うだけ言って、男の返答を待つことなく彼女の手を取り足早にその場を後にした。


□■□■


 待ち合わせ場所からしばらく歩いて、人気の少ない適当なところで足を止める。後ろの彼女は少々息が上がっているようで、いつもより呼吸が荒い。

「あ、あの、もうちょっとゆっくり……」

ドンっ。

我ながら勢いをつけすぎたなとは思うが、気持ちが乗ってしまったものは仕方がない。壁に叩きつけるように伸ばした手とそこから生じた音に彼女は少なからず驚いているようだ。……あるいは怯えさせているのかもしれないが。自分でも些か気が立っていると自覚しているので、深呼吸をゆっくりと何度か繰り返す。

「……すまない」
「い、いえ」

伸ばした手と反対の腕で彼女を抱き寄せた。我ながらさっきから少々強引が過ぎる、と内心自嘲する。自分が思っていた以上に先程の光景は気に食わなかったのだな、と改めて自覚せざるを得ない。

「あ、あの……?」

困惑しているらしい声が胸元から聞こえる。自らの言葉に必要以上の感情を乗せないように、もう一度大きく深呼吸をする。

「……先程は何やら楽しそうに話していたね」
「!あれはその場しのぎで仕方なく……」
「そうやって甘い顔を見せたからあの男はつけ上がって君に手を伸ばしてきたんだろう?」
「そ、それは……」

そう言ってしばし黙り込んだ彼女だが、不意にこちらを見上げてきた。その鋭い眼差しの中にある、怒りのような感情に思わずたじろぐ。

「というか、ナンパされてると気付いてて見てたんですね?」
「い、いや、最初は君の友人かと思って……」
「それならそうだって最初から言います。気付いていたのならもっと早くに助けに来てください」
「……それはすまなかった」

思いがけず怒られて先程までの淀んだ感情もどこかに吹き飛んでしまった。それにしても……

“神”ではなく一人の“男”として頼りにされているのだな。

言外に感じるその信頼感が嬉しくて、抱き寄せた腕に力がこもる。

「……ちょっと……苦しいです……」
「ああ、ごめんごめん」

ずっと伸ばしっぱなしだった腕を下ろし、抱きしめていた腕を緩める。まったく、と言いたげに彼女は一つため息を吐くと、私の両肩に手を乗せてきた。何を?と疑問に思っていると不意打ちで口付けられる。驚いて彼女の方を見ると、顔を赤くしてそっぽを向いているではないか。

「!」
「……私が“こういうこと”をするのは貴方だけです」

照れているのだろう、細い声で呟く彼女が可愛らしくて再び抱きしめた。もう、と呆れたように言いながらも彼女も頬をすり寄せてくれる。そんな姿を見ながら次からは誰かがいても遠慮なく介入していこう、と心の中に書き留めるのだった。





──Fin
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