水瓶から注がれる想いの欠片
テレポの魔法でオールド・シャーレアンのエーテライト前に降り立った私を、舞い落ちる雪が出迎えた。北洋に位置するこの国で雪を見るのは珍しいことではないが、心なしかいつも以上に寒いように思う。温暖なラザハンからここへ一足飛びにやって来たからかしら……と思いながら辺りを見渡せば、道の隅に積み上げられた雪がところどころで小さな山を形成していた。どうやら寒く感じたのは私の勘違いなどではなく、今日は一段と冷え込んでいる日らしい。
「やあ、待たせたかな」
後ろを振り向くと、黄金色の長髪をなびかせた男性が立っていた。……まさかこの国が奉じる守護神が人に紛れて待ち合わせしているなどとは誰も思うまい。その男性ことサリャク神は、ゆっくりと私の方へとやってくる。
「いえ、私も今来たばかりですので」
「……ふむ、近東の方からテレポで飛んできたのか。それは冷えよう」
以前、ウリエンジェがエンシェント・テレポの痕跡から転送先を特定していた現場に居合わせていたのでテレポの際に生じるエーテルの流れを辿れることができるのは知っていたが、一瞥しただけで逆に転送元まで遡れるのは流石知神の真髄とでも言えようか。そんなことをぼんやりと考えていると、サリャク神が自らのマフラーを私に巻いてくれた。マフラーからほんのり感じる彼のぬくもりに思わず顔が赤くなるのが自分でも感じられて恥ずかしいやら照れくさいやら、慌ててマフラーで顔を隠した私の頬に知神の骨ばった指が触れる。そんなことをされてはますます顔の紅潮と胸の鼓動が激しくなるが、もうこれはどうしようもない。突然のマフラーとスキンシップに私の脳が完全に処理能力を超えてしまったのでそのまましばらくされるがままにされていたが、やがて堪能したのかマフラーの中から彼の手が離れ、そしてその手で頭を撫でられた。
ちらりとサリャク神の顔を見上げると、涼しい笑みを浮かべて私の顔を見つめている。……これは全部見透かしてる、と言いたげな目だな。さっきから振り回されっぱなしで思わずじっとりとした目で睨んでしまう私の心境を知ってか知らずか、彼は再び私の頭をぽんぽんと撫でてくる。
「さて、ずっと立っていては身体が冷えてしまう。そうだね……軽くお茶でもどうかな」
「そ、そうですね……ではラストスタンドに行きましょうか」
「ああ、海沿いにあるあの店か」
「はい」
先程の動揺冷めやらぬ私はなんとか冷静になろうと早足で歩き出したが、それも知神にはお見通しのようですぐに横に並ばれるとおもむろに手を掴まれた。そしてそのまま彼の手ごとコートのポケットに収納されてしまう。もう、どこまでこの神は私の心情をひっかき回せば気が済むのだろう。せめてもの抵抗とばかりになるべく顔を合わせないようにしてみるが、隣から感じる気配から察するに多分効果はないと思われる。
□■□■
隣に並んで歩く人の子の態度に笑ってしまいそうになるが、ここで笑ってしまったらご機嫌を損ねてしまうので腹に力を入れて堪える。私が何かするとすぐに照れる彼女の姿が可愛らしくてつい手を出してしまうのは悪い癖だと思わなくもないが、こればかりは如何ともし難い。ちらりと隣の様子を見てみれば、必死に平静を装おうとしているのがありありと分かってしまってまたちょっかいを出したくなってくるのでこれはこれで大変なのだ。……これも一種の精神の鍛錬だとでも思えば耐えられないこともない、か?それにしては随分とつらい鍛錬である。
そんな、──多分内心はそれぞれに大変だったのだと思われる──思いをして辿り着いたラストスタンドは今日もたくさんの客で賑わっているようだ。店に近づいた私たちを目敏く見つけた、鮮やかな水色のエプロンを身に纏った店員がこちらにやって来る。
「いらっしゃいませ!何名様ですか?」
「二名だ。食事はこちらで頂いていくよ」
私の返答を聞いた彼女がちょっと驚いたようにこちらを見たが、気付かないふりをする。
「かしこまりました。二名様ご案内でーす!」
ハキハキとよく通る声の店員に案内された二人がけの席に向かい合うようにして着席し、手渡されたメニューに目を通す。と、何やら視線を感じてそちらを見ると、彼女が物言いたげな顔をしてこちらを見ていたので思わず首を傾げた。
「どうかしたのかい」
「……私はテイクアウトで済まそうと思ってたのですが」
「どうしてだい?折角来たのだからここの雰囲気を味わいつつ過ごそうではないか。それとも何か問題が?」
「いえ、無いですけど……」
それだけ言うと、彼女は顔を隠すようにメニューを再び読み始めたので再び首を傾げる。それからしばらくしてお互いの注文が決まったので店員を呼び、それぞれブラックコーヒーとヘーゼルナッツカフェを頼む。私たちの注文を復唱して確認した店員が一礼して去っていくと、ようやく人心地ついたのか彼女が小さく息を吐いた。
「……はあ」
「どうしたんだい」
「い、いえ何でもないです」
「ふふふ、そんなことを言われると尚更気になってしまうね」
「そ、そんなあ」
頬杖をつきながら、空いた手で彼女の髪に触れればまた照れたような仕草を見せる。……本当にこの子は愛らしいな。
そうやって注文の品を待っている間に雪もやんで、ところどころに開いた雲の切れ間から太陽の光が差し込んでいるのが見える。この分なら冷え込みも多少は和らぐだろう。
しばらくとりとめのない話をすることしばし、注文した品が運ばれてきた。とりあえずまずは、ということで軽く乾杯をする。しかしそれにしても……両手でカップを包み込むように持ちながらこくこくと飲んでいる姿に小動物みを感じてしまうのはどうしてなのだろう。
「……あの」
「ん?」
「……そんなに見つめられると飲みにくいのですが……」
「え?ああ、すまない。飲んでいる君の姿が可愛らしかったからつい、ね」
自分が思っていた以上に凝視していたらしい。彼女はそんな私を見て呆れたように軽くため息をつく。
「ふふ、君に会えたのも久しぶりなんだ。許しておくれ」
「まったく……」
私の返答を聞いた彼女はやれやれ、と言いたげに首を振ったかと思うと、不意に穏やかな笑みを浮かべる。
「言われてみれば確かにそうですね」
「だろう?最近はまたエオルゼアどころかアーテリスからも離れていたようじゃないか」
「!どうしてそれを……」
「分かるさ。君のことは神域からずっと見ているからね」
……もっとも、あまりにも眺めすぎていてニメーヤ始め他の面々から呆れられていることは秘密だが。これを言おうものなら彼女にまで呆れられるのが目に見えているからな。
□■□■
いつの間にかだいぶ話し込んでいたらしい。気が付いたらお互いに頼んだ飲み物を飲みきってしまっていた。知神もそれに気付いたようで、そろそろ出ようかとの言葉に頷いて席を立つ。代金を払おうとしたら、先に払われてしまった。それにしても、当然のように神様が支払ってしまったけどこれって大丈夫なのかしら。
「ふふ、大した額でもないし、このくらいは格好つけさせてもらわないと、ね?」
「あ、ありがとうございます……」
まごまごしながら頭を下げると、頭を撫でられた。何だか、“よしよし”という言葉が聞こえてきそうな気がするのは何故だろう。
「さて、次はどこに行こうか。行き先は君に任せるよ」
「えっ、うーん……そうですね……」
突然行き先を丸投げ……もとい、任されてしまったので顎に手を当ててしばし思案。これがラザハンや他の国ならいくつか思いつきもするのだが、オールド・シャーレアンは終末が終息したここ最近までほぼ鎖国状態だったので観光名所らしいところが咄嗟に思い浮かばないのである。まさか本人(この場合本神か)をかたどった像に行く訳にもいかないし。まあ……本来のお姿と像の姿はちょっと違うので、そのあたりの感想を聞いてみたいのも事実ではあるが。
「……市場とかどうですか?何か、面白い本があるかもしれません」
「いいね、そうしようではないか」
結局何も妙案が思い浮かばなかったのでありきたりな提案になってしまったが、私のそんな平凡な提案に嫌な顔ひとつせずに頷いたサリャク神はそのまま隣に寄り添ってくる。私もその距離感にようやく慣れてきたので彼の顔を見上げて、小さく微笑んでみせた。
「それでは行きましょうか」
「ああ」
そして私たちはエーテライトプラザの方へ向かって足を踏み出した。
──Fin
「やあ、待たせたかな」
後ろを振り向くと、黄金色の長髪をなびかせた男性が立っていた。……まさかこの国が奉じる守護神が人に紛れて待ち合わせしているなどとは誰も思うまい。その男性ことサリャク神は、ゆっくりと私の方へとやってくる。
「いえ、私も今来たばかりですので」
「……ふむ、近東の方からテレポで飛んできたのか。それは冷えよう」
以前、ウリエンジェがエンシェント・テレポの痕跡から転送先を特定していた現場に居合わせていたのでテレポの際に生じるエーテルの流れを辿れることができるのは知っていたが、一瞥しただけで逆に転送元まで遡れるのは流石知神の真髄とでも言えようか。そんなことをぼんやりと考えていると、サリャク神が自らのマフラーを私に巻いてくれた。マフラーからほんのり感じる彼のぬくもりに思わず顔が赤くなるのが自分でも感じられて恥ずかしいやら照れくさいやら、慌ててマフラーで顔を隠した私の頬に知神の骨ばった指が触れる。そんなことをされてはますます顔の紅潮と胸の鼓動が激しくなるが、もうこれはどうしようもない。突然のマフラーとスキンシップに私の脳が完全に処理能力を超えてしまったのでそのまましばらくされるがままにされていたが、やがて堪能したのかマフラーの中から彼の手が離れ、そしてその手で頭を撫でられた。
ちらりとサリャク神の顔を見上げると、涼しい笑みを浮かべて私の顔を見つめている。……これは全部見透かしてる、と言いたげな目だな。さっきから振り回されっぱなしで思わずじっとりとした目で睨んでしまう私の心境を知ってか知らずか、彼は再び私の頭をぽんぽんと撫でてくる。
「さて、ずっと立っていては身体が冷えてしまう。そうだね……軽くお茶でもどうかな」
「そ、そうですね……ではラストスタンドに行きましょうか」
「ああ、海沿いにあるあの店か」
「はい」
先程の動揺冷めやらぬ私はなんとか冷静になろうと早足で歩き出したが、それも知神にはお見通しのようですぐに横に並ばれるとおもむろに手を掴まれた。そしてそのまま彼の手ごとコートのポケットに収納されてしまう。もう、どこまでこの神は私の心情をひっかき回せば気が済むのだろう。せめてもの抵抗とばかりになるべく顔を合わせないようにしてみるが、隣から感じる気配から察するに多分効果はないと思われる。
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隣に並んで歩く人の子の態度に笑ってしまいそうになるが、ここで笑ってしまったらご機嫌を損ねてしまうので腹に力を入れて堪える。私が何かするとすぐに照れる彼女の姿が可愛らしくてつい手を出してしまうのは悪い癖だと思わなくもないが、こればかりは如何ともし難い。ちらりと隣の様子を見てみれば、必死に平静を装おうとしているのがありありと分かってしまってまたちょっかいを出したくなってくるのでこれはこれで大変なのだ。……これも一種の精神の鍛錬だとでも思えば耐えられないこともない、か?それにしては随分とつらい鍛錬である。
そんな、──多分内心はそれぞれに大変だったのだと思われる──思いをして辿り着いたラストスタンドは今日もたくさんの客で賑わっているようだ。店に近づいた私たちを目敏く見つけた、鮮やかな水色のエプロンを身に纏った店員がこちらにやって来る。
「いらっしゃいませ!何名様ですか?」
「二名だ。食事はこちらで頂いていくよ」
私の返答を聞いた彼女がちょっと驚いたようにこちらを見たが、気付かないふりをする。
「かしこまりました。二名様ご案内でーす!」
ハキハキとよく通る声の店員に案内された二人がけの席に向かい合うようにして着席し、手渡されたメニューに目を通す。と、何やら視線を感じてそちらを見ると、彼女が物言いたげな顔をしてこちらを見ていたので思わず首を傾げた。
「どうかしたのかい」
「……私はテイクアウトで済まそうと思ってたのですが」
「どうしてだい?折角来たのだからここの雰囲気を味わいつつ過ごそうではないか。それとも何か問題が?」
「いえ、無いですけど……」
それだけ言うと、彼女は顔を隠すようにメニューを再び読み始めたので再び首を傾げる。それからしばらくしてお互いの注文が決まったので店員を呼び、それぞれブラックコーヒーとヘーゼルナッツカフェを頼む。私たちの注文を復唱して確認した店員が一礼して去っていくと、ようやく人心地ついたのか彼女が小さく息を吐いた。
「……はあ」
「どうしたんだい」
「い、いえ何でもないです」
「ふふふ、そんなことを言われると尚更気になってしまうね」
「そ、そんなあ」
頬杖をつきながら、空いた手で彼女の髪に触れればまた照れたような仕草を見せる。……本当にこの子は愛らしいな。
そうやって注文の品を待っている間に雪もやんで、ところどころに開いた雲の切れ間から太陽の光が差し込んでいるのが見える。この分なら冷え込みも多少は和らぐだろう。
しばらくとりとめのない話をすることしばし、注文した品が運ばれてきた。とりあえずまずは、ということで軽く乾杯をする。しかしそれにしても……両手でカップを包み込むように持ちながらこくこくと飲んでいる姿に小動物みを感じてしまうのはどうしてなのだろう。
「……あの」
「ん?」
「……そんなに見つめられると飲みにくいのですが……」
「え?ああ、すまない。飲んでいる君の姿が可愛らしかったからつい、ね」
自分が思っていた以上に凝視していたらしい。彼女はそんな私を見て呆れたように軽くため息をつく。
「ふふ、君に会えたのも久しぶりなんだ。許しておくれ」
「まったく……」
私の返答を聞いた彼女はやれやれ、と言いたげに首を振ったかと思うと、不意に穏やかな笑みを浮かべる。
「言われてみれば確かにそうですね」
「だろう?最近はまたエオルゼアどころかアーテリスからも離れていたようじゃないか」
「!どうしてそれを……」
「分かるさ。君のことは神域からずっと見ているからね」
……もっとも、あまりにも眺めすぎていてニメーヤ始め他の面々から呆れられていることは秘密だが。これを言おうものなら彼女にまで呆れられるのが目に見えているからな。
□■□■
いつの間にかだいぶ話し込んでいたらしい。気が付いたらお互いに頼んだ飲み物を飲みきってしまっていた。知神もそれに気付いたようで、そろそろ出ようかとの言葉に頷いて席を立つ。代金を払おうとしたら、先に払われてしまった。それにしても、当然のように神様が支払ってしまったけどこれって大丈夫なのかしら。
「ふふ、大した額でもないし、このくらいは格好つけさせてもらわないと、ね?」
「あ、ありがとうございます……」
まごまごしながら頭を下げると、頭を撫でられた。何だか、“よしよし”という言葉が聞こえてきそうな気がするのは何故だろう。
「さて、次はどこに行こうか。行き先は君に任せるよ」
「えっ、うーん……そうですね……」
突然行き先を丸投げ……もとい、任されてしまったので顎に手を当ててしばし思案。これがラザハンや他の国ならいくつか思いつきもするのだが、オールド・シャーレアンは終末が終息したここ最近までほぼ鎖国状態だったので観光名所らしいところが咄嗟に思い浮かばないのである。まさか本人(この場合本神か)をかたどった像に行く訳にもいかないし。まあ……本来のお姿と像の姿はちょっと違うので、そのあたりの感想を聞いてみたいのも事実ではあるが。
「……市場とかどうですか?何か、面白い本があるかもしれません」
「いいね、そうしようではないか」
結局何も妙案が思い浮かばなかったのでありきたりな提案になってしまったが、私のそんな平凡な提案に嫌な顔ひとつせずに頷いたサリャク神はそのまま隣に寄り添ってくる。私もその距離感にようやく慣れてきたので彼の顔を見上げて、小さく微笑んでみせた。
「それでは行きましょうか」
「ああ」
そして私たちはエーテライトプラザの方へ向かって足を踏み出した。
──Fin
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