星が紡ぐ運命の糸

 気が付くと、私たちは見覚えのない場所に立っていた。目の前には巨大な扉。ここが行き止まりのようで、他に道はないようだ。それなのにそれまで通ってきたであろう道を戻ろうという気が起きないのは何故だろう。……戻り方を知らないのか、戻れないと心のどこかで思っているからなのか。そっと扉に手をかけると、その大きさに反して扉はあっけないほど簡単に開く。その先に広がるはあらゆる光を飲み込まんとする暗闇と、対岸に到底届きそうにないほどの幅と底など見通せないほどの深さを持つ穴。その闇に本能的な恐怖感を抱いて思わず後ずさる私とは対照的に、彼女は興味深そうにその闇を覗き込む。

「……よく見れるわね」
「あら、もう戻れないことくらい貴女も分かっているのでしょう?」

目の前の彼女は扉の先に広がる奈落を背に、なお悠然と微笑んでみせる。

「いいじゃない。それならば堕ちるところまで一緒に堕ちましょう?地獄への道行きも、貴女とならばきっと楽しいわ」

そう言って、奈落の縁で彼女は私に向かって優雅に手を差し出してくる。……きっと、その手を取ってしまったらもう引き返せない。そう知りつつも、私はその手を取ってしまう。そう、もう戻れやしないのだ。それならば彼女が言う通り、地獄への道行きを二人で歩んだほうがいくらもマシというものだろう。そうして二人で縁のぎりぎりの場所に立ち、どちらともなく奈落に身を踊らせた。


□■□■


 光の気配を感じて目を覚ます。部屋の空気こそまだ少し冷たいが窓から差し込む陽の光は暖かく、今日もいい天気になりそうな予感を感じさせてくれる。そんな寝ぼけ眼の私の顔をのぞき込んでくる運命を司る女神。

「おはよう」
「……おはよう」

未だうとうとと微睡んでいる私の頬に、彼女のひんやりとした手が触れる。

「ほら、早く起きなさいな」
「うぅーん……変な夢見たからもうちょっと寝る……」
「何言ってるの」

呆れたような言葉と共に、頬を軽く摘まれた。されるがままにされながら、さっきまで見ていた夢の内容を話して聞かせる。彼女は黙って話を聞いていたが、話が終わると同時に摘んだままの私の頬をむにーっと伸ばしてきた。

「そんな夢を見たあとで寝直したら、その夢の続きを見るだけになると思うわよ?話を聞いた限り、多分夢見は良くはならないと思うわね」
「……ソレモソウデスネ」
「とりあえず顔洗っていらっしゃいな。ごはん作ってあげるから」

……星神にそこまで言われては起きないわけにもいかず、私は渋々と起き上がって洗面台に向かうのであった。


□■□■


 まったく、いつものことながら寝起きが悪いんだから。ぼんやりとした足取りで洗面台に向かう彼女の後ろ姿を見届けながら小さくため息を吐く。私も立ち上がって台所に向かいながら、先程彼女に聞いた夢の話を反芻する。……それにしても“地獄への道行きも、貴女とならばきっと楽しいわ”、か。夢の中の私もなかなか言うじゃない。口元に添えた手の隙間から思わず笑みが零れる。確かにそうかもしれないな、と思う。
運命と惑星を司る神として顕現してからこれまで、特定の人間に入れ込まないようにしてきた。それは神として当然だと思っていたし、これからもそうだと漠然と思っていた。それがこんなにも呆気なく崩れるなんて。彼女という存在と、彼女と共にいる時間を愛おしく感じる一方で神としての意識がそれでいいのかと警鐘を鳴らす。恐らく、その警鐘は正しいのだろう。そうだとしたら、私はどこかで罰を受けることになるのだろうか。誰に?他の神々か。お兄様も他の皆も何も言わないけれど、思うところがあってもおかしくはない。しかし今更この気持ちに歯止めをかけられるのか?と問われれば否、と即答するだろう。そうなれば夢のように地獄への道行きを共にするだけだ。……まあ、今はそうならないことを祈るしかないのだが。

「……ごはん作らないとね」

今は今として彼女との時間を大事にしなければ。軽く首を振って気持ちを切り替えて、私はアイスボックスの扉を開けた。




──Fin
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