星が紡ぐ運命の糸

「ねえ、地上に行きましょ!具体的に言えばグリダニア!」
「……はい?」

ここは神域、オムファロス。私の唐突な提案に目を丸くしてるのはニメーヤ神である。宙に浮かぶその姿を見上げながらさらにまくし立てる。

「今の時期は星芒祭が行われててどこの街も綺麗だからさ!ね、一緒に行こ!」
「ちょ、ちょっと待って」

慌てた様子でニメーヤ神が両手を前に突き出してくる。私の勢いに押されている彼女が物珍しいのか、他の神々も神体依代問わずなんだなんだとやって来るが気にしない。むしろ来てくれた方が流れで星神が折れてくれる可能性が高いので大歓迎である。逆にニメーヤ神は野次馬根性で集まってきた神々にさらに焦っているようだ。……この状況を作った張本人が言うのもなんだが、彼女が焦っている姿を見るのはこれが初めてな気がする。

「星芒祭ってアレよね、この寒い時期に赤い服を着て子供たちに私からの贈り物を渡すっていう……」
「そうだよ」
「分かってて誘ってるのね……」

頭を押さえながら星神がため息をつく。おそらく彼女がここまで困惑することは滅多にないのだろう、その様子が面白いらしい神々が必死に笑いを噛み殺してるのが分かる。とうとう抑えきれなくなったのか、クックックと小さく笑いながらお兄様ことアルジク神が妹の方を見やる。

「いいではないか、妹よ。人の子がここまで言うのだ、一緒に行ってくるといい」
「お兄様まで……」

いよいよ困ったようにニメーヤ神が兄上に目を向けた。あと一押し。ここぞとばかりに畳み掛ける。

「ね、お兄様もこう言ってることだし!どう!?」
「分かった、分かったから!……準備してくるわよ、ちょっと待ってなさい」

やったぜ。根負けしたような雰囲気を漂わせてる背中に思わず小さなガッツポーズを決める。そんな私を見てもう数柱が吹き出していたことは彼女に伝えない方がいいだろう。

「しかしそなたがここまで妹に食らいつくのも珍しいな」

アルジク神が意外そうに私に聞いてきた。そちらを見上げてちょっと笑ってみせる。

「せっかくですから。こういう機会ができるとは思ってませんでしたが、機会があるのなら使わない手はないですし、それに」
「それに?」
「私、星芒祭の季節が一番好きなんですよ。その景色を彼女にも見せたくて」
「……なるほど」

アルジク神が小さく微笑んで頷いてくれる。その直後に人の姿(というか人の子サイズ、と言った方が正しいのか?)の妹君がやって来た。

「お待たせ。って、何話してたの」
「ん?他愛もない話だよ」
「本当かしらね……?」
「ほんとほんと。じゃ、行こっか」

有無を言わさず彼女の手を握る。そのままスタスタとオムファロスの門へ向かって歩き始める私に再び慌てたような星神が軽く抗議してる声が聞こえたが、聞こえないふりをして門をくぐった。



「……いやはや、嵐のようにやって来て嵐のように去っていきましたね……」
「わははは、面白い展開だったのう!」

二人が去っていったオムファロスの門を見つめながら感嘆の声を漏らすのはビエルゴだ。ニメーヤがいなくなり気兼ねなく笑えるようになったので盛大に笑っているのはナルザル(正確にはナルの方)である。メネフィナも面白そうに笑いながら頷く。

「うふふ、でも好きな人に好きな景色を見せたいという純粋な気持ちっていいわよね」
「ああ。それは多分ニメーヤには伝えないのだろうけどね」
「お互い変なところで素直ではないのだよな」

依代の姿で様子を眺めていたサリャクとハルオーネも口々に所感を述べる。ノフィカとリムレーンは何も言わないが、ニヤニヤしてる気配から察するに思っていることは概ね同じなようだ。

「しかしてアルジクよ、お主の妹は随分とあの子に惚れ込んでおるようだが構わぬのか?」

ラールガーに問われたアルジクはどう答えようかと髭を撫でながら考える。

「……まあ……あの子は女性であるからな……。……これが男だったら少しばかり考えたかも知れんが」
「……そうであろうな」

アーゼマがでしょうね、と言わんばかりに呟いた言葉に数柱が小さく頷くのであった。


□■□■


 彼女に押し切られるようにしてやって来た地上は雪が降るほどに冷え込んでいた。流石にいつもの服は薄着過ぎたかしら、と思っているとおもむろに猫柄の上着を手渡される。確かに可愛くはあるが……少々可愛すぎやしない?

「……これを着るの?」
「だってそのままじゃ冷えるでしょ」
「だからって他にも何か服あるでしょうに……」
「つべこべ言わずに着る!」
「……はいはい」

神域でもそうだったが、今日の彼女はいつになく押しが強い。あまり言い返すと喧嘩になってしまいそうなので、渋々といった体で渡された服を羽織る。触った時の感触からある程度分かってはいたが、着てみると思っていた以上に暖かくて肌触りがいい。そうやって着心地を確認していると、彼女に上着のボタンを留められた上フードも被せられた。別に自分でできるのに、何故だ。

「もう」
「ふふふ、可愛い可愛い」

流石に一言物申してやろうと思ったのだが、嬉しそうな顔でわしゃわしゃとフード越しに撫でられると途端に何も言えなくなるのであった。……自覚はある。私はどうにもこの笑顔に弱い。

「よし、準備もできたことだし早速行きましょ!」
「だっ……だからちょっと待ちなさいって!」

またもや私の手を握りスタスタと歩き始める彼女に再度抗議するが、これまた再び聞き流された。……これは聞く気がないな。背が高い分私より歩幅が少し大きい彼女に必死で合わせながら、私は軽くため息をついた。



 それから私たちは街のあちこちを彩る飾り付けや街の様子を見て回った。相変わらず彼女は私の手を握ったまま、楽しそうに歩く。

……なんでこんなに楽しそうなのかしら。

そんなことを思いながら彼女の顔を見る。その彼女は何やら見つけた様子で足を止めた。同じく足を止めて、何かあるのだろうかと見てみるが特に目立ったものは無いような気がする。強いて言えば除雪のためにかき集められた雪と、それで作られたと思われる大小様々な雪だるまがいくつかあるくらいだ。何が彼女の気を引いたのだろうか。そう思っていると、彼女が手を離しておもむろに雪山の方に歩み寄る。そして雪を一掴みすくい上げた。……まさか。
嫌な予感がして即座に反対方向へ走り出す。その直後、後ろから何かが飛んできた。やっぱり!足を止めないまま後ろを振り向くと、彼女が雪玉を持って追いかけてくるのが見える。第二投が放たれたのが見えたので咄嗟に方向転換して躱す。

このままやられっぱなしも癪ね。

ちょっとカチンと来たので私も雪山の方に駆けていく。そして雪を両手いっぱいに掴んで、さっきとは逆に彼女を追いかける。逃げる彼女の進路を先読みして距離を詰め、追いついた彼女の襟元にこれでもかと雪を詰め込んでやった。彼女が目に見えて震え上がる。

「つっ…………っめたっ!」
「ふふふ、さっきのお返しよ」

してやったり。ダメ押しとばかりに街中で見かけた冒険者と思しき人が友人か仲間にしてみせていたポーズを見よう見まねでやってみせると彼女が心底悔しそうに叫ぶ。

「なんでそこでビーンズ・ビクトリーなのよ!」

ほう、これはビーンズ・ビクトリーと言うのか。覚えておこう。一矢報いたことで満足したが、それによって闘争心に火がついたらしい彼女が第二陣の準備を始めたので私は脱兎の如く逃げることにした。


□■□■


 ひとしきり雪合戦して走り回って疲れたので停戦協定を結び、やいのやいの言いながら歩いているうちに催しの会場である野外音楽堂にたどり着いた。周りの出店を冷やかしていると、暖かい飲み物を出しているお店があったのでココアを二つ買うことにする。そんなことをしているうちにいつの間にかはぐれていたらしい。辺りを見回すと、近くのベンチに座っている彼女を見つけたのでそちらへ向かう。

「ほら」
「あ、ありがとう」

彼女にココアを渡し、私も隣に座る。はしゃぎ回った身体に暖かいココアが沁みる。

「ふふふ、ごめんねあちこち連れ回しちゃって」
「まったくよ……振り回される身にもなって欲しいわ」
「タイヘンモウシワケゴザイマセン」
「心がこもってないわよ」
「ちぇっ、バレたか」
「隠そうともしていなかったくせに……」

やれやれ、と肩を竦めてみせる。彼女はココアを飲みながら飾り付けを見上げた。雪は変わらず降り続いている。

「……私ね、この季節が好きなんだ」

彼女の顔を見る。それに気付いているのかいないのか、彼女の言葉は続く。吐く息が白く立ち昇っては儚く消える。

「だからね、一度貴女をここに連れて来たかったの。この季節の、この景色を見せたくて」
「……!」
「急なワガママに付き合ってくれてありがとう、ニメーヤ」

不意に名前を呼ばれて驚く。普段彼女は茶化したような呼び方しかしないのだ。それは照れの裏返しであることに気が付いているから私も何も言わないのだが、まさかここで名前を呼ばれるとは思わなかった。彼女がこちらを向いてきたが、咄嗟にいい返答が思い浮かばない。見つめられているうちに頬に熱が集まる気配を感じたので慌てて顔を逸らす。……ココアを飲んでいる今の姿、間違いなく照れ隠しにしか見えていないだろうな。

「……それだったら最初からそう言いなさいよね」
「だってそれじゃ来てくれないかもと思って」
「……それでもちゃんと来たわよ。現に今ここにいるじゃない」
「……うふふ、そうね」

腰に回された腕に抱き寄せられたので、これ幸いと彼女に密着する。ここに来たきっかけから始まって猫耳パーカーに突然の雪合戦にと色々言いたいことはあったけれど、全部どこかに吹き飛んでしまった。まあ……先程の言葉に免じて許してあげるとしますか。それにしても、と淡く光る飾り付けを見ながら思う。

言葉一つでさらに世界は綺麗に見えるものなんだな、と。

私は──私たちは人を、世界を愛した人に創られた機構だ。だから元々人や世界に対する愛はある。“彼女”の旅路に終着点を作ってくれて、終末さえ乗り越えた現代の人々がここまで強くなったのかと喜びもした。しかしそれだけではなかったのだな、と隣にいる人と関わるようになってから思い知らされることが増えた。

この世界は私が知っている以上に美しいのだと。

「……どうしたの?」

黙り込んだ私を心配したのか彼女が顔をのぞき込んできたので大丈夫、というように頷いてみせる。

「この景色が綺麗だなって思っていただけよ」
「……そう、それならいいけど」

外気に曝されてひんやりとしている彼女の頬に手を当てると、すりすりと顔を寄せてきた。そんな仕草に何度となく感じてきた“可愛い”という感情をまた抱いてしまうあたり、私もだいぶ彼女に惚れてしまっているなと苦笑する。
頬から手を離し、そっと彼女の肩に頭を寄せるとフード越しに頭を撫でられる感触を感じた。お互いに何も言わず、音もなく降り続ける雪と飾り付けを眺める。

……今はただ、二人でこの景色を楽しもう。





──fin
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