星が紡ぐ運命の糸

 夜のエオルゼア、とある冒険者居住区の一角にハウステレポの要領で降り立つ。本来、ハウステレポの類は家主が許可した相手でないとできないのだが、まあそこはそれ。相手も呆れつつ許してくれているので甘えさせてもらっている。
軽くドアをノックすると、しばらくして返事が家の中から聞こえた。

「この時間に誰かと思えば……貴方ですかニメーヤ様」
「いつものことじゃない」
「神様が夜に家に来るのがいつものことになってるのもだいぶおかしいんですよねえ」
「まあまあそう言わず。お邪魔するわよ」
「まったく……どうぞ」

家主がドアを大きく開いて招き入れてくれたので、お言葉に甘えて家に入る。
……“星を救った英雄”の家は、飾り気のない内装で統一されており、落ち着いた雰囲気を醸し出している。恐らく大方の人々が思い描くような「英雄の豪邸」とはだいぶ違っているのではないだろうか。
最初に家に押しかけた折にそれが少々意外だったので指摘したことがあるのだが、本人は肩を竦めて一言

「部屋があまりギラギラしてたら落ち着かないもの」

と述べただけだった。その様子から察するに、どうやら神域から見てるだけでは分からない苦労があるらしい。


□■□■


 彼女は今回、既に夕食を終えていたとのことなので入浴を済ませることにする。そういえば夕食の方はまちまちだが、入浴は何故か最初から一緒に入ってたな……などと今更ながらに気が付く。女同士だからこそこうなったのだろうが、これでよかったのか。まあいいか。
入浴を終え、いつものように彼女から寝間着を借りる。今でもフードが無いことに違和感を感じるのだが、彼女から「寝る時までフードがあったら邪魔でしょ」と言われてしまえば返す言葉もないのであった。
着替え終わってバスルームから出るといつものように彼女が温かい飲み物とお茶菓子を用意してくれていたので、これまたいつものようにベッドそばに置かれたローテーブルの近くに腰を下ろす。
ここで交わす他愛もない会話と彼女の冒険譚を聞くのが最近の私の楽しみである。



「そろそろ寝ますかねえ」

彼女はそう言って立ち上がると、さっきまで寄りかかっていたベッドに入る。いつものことなのだが、今回もだいぶ話し込んでいたようだ。
同じように立ち上がって気付いたが、前回訪れた時とベッドが違う。具体的には大の大人が三人くらい一緒に寝れそうなサイズになっているのである。
これは私も入っていいということよね?と勝手に解釈し、ちゃっかりと潜り込む。まだ人が入って間もないベッドはひんやりとしていて、これはこれで心地がいい。
そして彼女も私が入ってきたことに対して何も言わないので、実際問題ないのだろう。

「あら?ベッド、こんなに大きかったかしら?」
「最近新調したのよ。大は小を兼ねるって言うし」
「ふぅん」
「……何よ、その何か言いたげな反応」
「そんなことないわよお」
「絶対嘘だ……」

ちょっとからかったついでに少しばかり困らせてみるか、と仰向けに寝転んでいる彼女の上に覆いかぶさるようにのしかかってみる。……嫌がられるかと思ったが、案外あっさりと受け入れられて少々拍子抜けしたのは秘密。
彼女の顔を見ると、どことなく面白そうな顔をして頭に手を伸ばしてきた。そしてそのまま髪を撫でられたので、私の方も大人しくされるがままにされる。

「……なんか……楽しそうね」
「綺麗な顔が目の前にあるっていいね、と思って」
「何言ってるの」
「ふふふ」

そう言いながら、彼女はまた私の髪を軽く撫でる。そしておもむろに強く抱き寄せられた。

「な、なによ急に」
「先に来たのは貴女でしょう」
「それは……そうだけど……」
「いいじゃない、こういうのもたまには」

自分の身体の上に私を乗せるようにして抱きしめた彼女はふぁ……軽い欠伸を漏らす。確かに時間的にもそろそろ寝る頃合いである。私は頭を起こして眠そうな彼女の顔を覗き込んだ。

「眠たいんでしょ?降りるわよ」
「ダメ」
「は?」
「だめです」

念押しされてしまった。まさかこのまま寝るっていうんじゃないでしょうね。

「ちょっと」
「ねる……おやすみ……」

言うが早いが、彼女は私を抱きかかえたまま瞳を閉じた。流石にこのままでは寝づらかろうと思い動こうとしたところ、思いがけず強い力で抱きしめられる。
あまりの力強さに貴女、もう半分寝てるわよね?と思わず聞きたくなるが、聞いたところでまともな返答は望めそうにないのは明らかだったので諦めた。


□■□■


 彼女に抱きかかえられたまま途方に暮れることしばし、不意に視線を感じてそちらを見ると物言いたげな顔をした黒いクァールの幼獣に見つめられていた。彼女がいつも連れているミニオンペットだ。
……しかしそんな目をされても困る。私もここから動きたいのに。

「私をここに縛り付けているのはあなたのご主人なんだけどね」

小さい声でそう言うと、疑わしそうな声でにゃーと鳴いてベッドの中に潜り込む。しばらくして出てきた彼(彼女?)は私の主張を認めてくれたらしく、諦めろと言わんばかりに私の肩にその小さい顔をこすりつけたのちベッドから降りていった。

まったく、どうしたものかしらね。

軽くため息をついたあと、少しだけ身体を持ち上げて彼女の顔を見れば大変気持ちよさそうな顔で寝ているではないか。困ったものだと思いつつその顔を眺めていたら、私を抱くのと反対の手が動き、そのままゆっくりと頭を撫でられる。
その緩慢な手の動きと彼女のぬくもりに触れているうちに睡魔がこちらに移ってきたのだろう。私も少々眠たくなってきた。
体温が低い私と違って、彼女の身体は温かい。その心地よさに離れられなくなりつつある自分がいて、それはまずいと頭では理解していながらも自らの欲求に抗えない。
現にこうして、今なら離れられる筈なのにここから動かないのもその証左。要するに彼女の優しさに甘えているだけ。
と、ここまで考えて自嘲する。さっき『縛り付けている』と言いはしたが、最初から離れる気などさらさらなかったのだ。

……本当に、どうしたものかしらね。

持ち上げた身体を下ろし、彼女の胸に頭を乗せる。小さな寝息と心音を聞いていると、自覚してしまった気持ちを否応なく再確認させられる。この気持ちにどう折り合いをつけるべきなのか、この気持ちが私をどこに連れていくのか。すぐに答えが出ないことだけは分かる。

どうして気付いちゃったかな。

そう思いながらもう一度小さく息を吐き、私もゆっくりと目を閉じた。





──fin
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