陽炎と揺れる天秤
風のない夜明け前、高台にある回廊から人気のない街を見下ろして二人の男が佇んでいた。薄らいできた夜の闇に響かぬように、密やかな声で話し合う声がする。
「またこの季節がやって来たな」
「……ああ」
「幾度巡る昼と夜を見ようとも、この気持ちが減じることはないのだと思い知らされる」
「……」
「……はは、すまぬな、どうしても感傷に浸ってしまう」
「よい、気にするな。……それは私とて同じ」
「ではまた、いつものように」
「うむ……夜の帳が落ちる頃にまた会おうぞ」
少しして、うっすらと射し込んだ朝の光に照らされたそこに男たちの姿はなかった。
□■□■
ウルダハから少し離れた町にやって来た。花屋でささやかな花束を作ってもらい、教会へと向かう。町の規模に相応しい、小さな教会だ。そこに彼女の墓がある。
墓の前に立ち、墓を綺麗に整えてから花束を供える。返事などないと分かっていつつも語りかけずにはいられなかった。
「また今年も来てしまったよ」
花束を抱えていた自分の右手を見る。生を司る神として、特定の人の子に過剰に肩入れする訳にはいかなかった。だから彼女が星海へ還った時も、他の人の子と同じように見送った。しかし。
思わず手を握る。何故あの美しい魂を手放してしまったのだろう。何故永遠に留めておかなかったのだろう。何故。何故。幾度となく繰り返した問いがまた頭に浮かぶ。……あの時、傾いた天秤から目を背けていなければまた違った結果になっていただろうか。詮ないことを考えている自分に気が付いて一つため息をつく。
教会の鐘が鳴る。また一人、人の子が星の海へ向かって旅立ったのであろう。彼女の時も同じように鐘が鳴っていたな、と不意に思い出す。どうしてだろうか、同じように鐘が鳴っていたはずなのにあの時ほど悲しく聞こえたことはなかったのは、やはり彼女を送る鐘だったからだろうか。
死者を見送る弔いの鐘を背に、私は歩き出す。
□■□■
ウルダハを出て、過去の霊災でできた地割れに人の子が作った階段を使って降りていく。ここはこの荒野にあって、貴重な水源であり植物が生い茂る場所でもある。そこには白い花が咲き誇っていた。彼女が好きだった花だ。そのうちの一輪を摘んで私は海へと向かう。
私は死を司る神だ。祈ったところでどうにもならないことは嫌というほど知っている。しかしそれでも、こうしてあの海へと向かってしまうのはやはり、あそこが彼女との思い出の地だからだろう。彼女と、そして我が半身と共によくこの景色を眺めていたことを今でも鮮やかに思い出せる。
いつものように凪いだ海は、穏やかに波を揺らしながら私を迎える。いつからか、この季節に花を摘んでこの海に来ることが習慣になっていた。……「感傷」という私には縁がなかったはずの感情に流されてここに出向いてしまうのも彼女と出会い、そして喪ったからであろうな、と一人静かに自嘲する。
この気持ちを知ってか知らずか、突然の強い風に手に持っていた白い花が攫われる。風に乗って海へと流されていくそれを見やりながら、波に委ねれば届くだろうかと夢想する。……そんなことある訳がないことなど、他ならぬ自分が一番分かっているというのに。
「────」
西の空に太陽が沈む。──あと何度陽を見送れば、また巡り会うことができるだろうか。
──Fin
「またこの季節がやって来たな」
「……ああ」
「幾度巡る昼と夜を見ようとも、この気持ちが減じることはないのだと思い知らされる」
「……」
「……はは、すまぬな、どうしても感傷に浸ってしまう」
「よい、気にするな。……それは私とて同じ」
「ではまた、いつものように」
「うむ……夜の帳が落ちる頃にまた会おうぞ」
少しして、うっすらと射し込んだ朝の光に照らされたそこに男たちの姿はなかった。
□■□■
ウルダハから少し離れた町にやって来た。花屋でささやかな花束を作ってもらい、教会へと向かう。町の規模に相応しい、小さな教会だ。そこに彼女の墓がある。
墓の前に立ち、墓を綺麗に整えてから花束を供える。返事などないと分かっていつつも語りかけずにはいられなかった。
「また今年も来てしまったよ」
花束を抱えていた自分の右手を見る。生を司る神として、特定の人の子に過剰に肩入れする訳にはいかなかった。だから彼女が星海へ還った時も、他の人の子と同じように見送った。しかし。
思わず手を握る。何故あの美しい魂を手放してしまったのだろう。何故永遠に留めておかなかったのだろう。何故。何故。幾度となく繰り返した問いがまた頭に浮かぶ。……あの時、傾いた天秤から目を背けていなければまた違った結果になっていただろうか。詮ないことを考えている自分に気が付いて一つため息をつく。
教会の鐘が鳴る。また一人、人の子が星の海へ向かって旅立ったのであろう。彼女の時も同じように鐘が鳴っていたな、と不意に思い出す。どうしてだろうか、同じように鐘が鳴っていたはずなのにあの時ほど悲しく聞こえたことはなかったのは、やはり彼女を送る鐘だったからだろうか。
死者を見送る弔いの鐘を背に、私は歩き出す。
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ウルダハを出て、過去の霊災でできた地割れに人の子が作った階段を使って降りていく。ここはこの荒野にあって、貴重な水源であり植物が生い茂る場所でもある。そこには白い花が咲き誇っていた。彼女が好きだった花だ。そのうちの一輪を摘んで私は海へと向かう。
私は死を司る神だ。祈ったところでどうにもならないことは嫌というほど知っている。しかしそれでも、こうしてあの海へと向かってしまうのはやはり、あそこが彼女との思い出の地だからだろう。彼女と、そして我が半身と共によくこの景色を眺めていたことを今でも鮮やかに思い出せる。
いつものように凪いだ海は、穏やかに波を揺らしながら私を迎える。いつからか、この季節に花を摘んでこの海に来ることが習慣になっていた。……「感傷」という私には縁がなかったはずの感情に流されてここに出向いてしまうのも彼女と出会い、そして喪ったからであろうな、と一人静かに自嘲する。
この気持ちを知ってか知らずか、突然の強い風に手に持っていた白い花が攫われる。風に乗って海へと流されていくそれを見やりながら、波に委ねれば届くだろうかと夢想する。……そんなことある訳がないことなど、他ならぬ自分が一番分かっているというのに。
「────」
西の空に太陽が沈む。──あと何度陽を見送れば、また巡り会うことができるだろうか。
──Fin
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