陽炎と揺れる天秤

 ウルダハ、ゴールドコートからルビーロード国際市場に向かう道すがらで私は途方に暮れていた。何故かといえば、ここウルダハでは珍しいほどの激しい雨が降り始めていたからだ。普段なら気にしないのにどうして今に限って逡巡しているのかといえば、ここに来る直前までサファイアアベニュー国際市場と彫金師ギルドで材料を買い込んでいたために両手が塞がっていて傘をさせそうにないのである。不幸中の幸いとでも言えようか、ここから今回宿を取った砂時計亭が併設されているクイックサンドまではほど近いので走れば何とかなりそうではあるが、この雨ではそれまでに少なからず濡れるのは間違いなさそうな予感がする。私はともかく、材料は極力濡らしたくないので、さて、どうしたものか。そう思っていると、不意に横から大きな傘が差し出されるのが見えた。

「困っているようではないか」
「どうやら行き先は同じ様子。せっかくだ、一緒にどうだ?」

傘の方を見ると、この国が奉じる守護神が双子の姿をとって立っているではないか。

……“神々に愛されし地、エオルゼア”とはよく言ったものだが、まさか本当に神々に愛されていようとは思わなかったし、それを知る日が来ようとはもっと思わない。しかも何故かそのうちの一柱である商神ナルザルに気に入られるなんて想像すらする訳がない。しかし現実はそうなっている訳で、現在ほど今までの人生で一番“事実は小説より奇なり”という言葉を噛み締めたことはないような気がする。

しかしこの状況でその申し出は正直ありがたかったので、謹んで受けさせて頂くことにした。


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 ナルザル神の大きな傘のおかげで私はほぼ濡れずにクイックサンドまで辿り着くことができた。もっとも、私の方に傘を寄せていたせいで代わりにナル神の肩が濡れてしまっており、宿に着いてから慌てて拭こうとしたのだがやんわりと固辞されてしまった。気にするなと言われてしまったし、神の依代なので体調を崩したりはしないのかもしれないが、それでも気になるものは気になる。

「ほれ、それよりもやらねばならぬことがあるのだろう?」
「まあ……確かにありますが……」
「私たちのことは気にするでない。そなたはそなたのやるべきことをやるといい」

……そこまで言われては引き下がるしかない。というか、この調子だと私の部屋にそのままいすわ……もとい、滞在するつもりなのか?と一瞬思いかけたが、よく考えてみればこうやって一緒になる時は大体そうだったなと思い直す。それというのもこの神様、穏やかな立ち振舞いをしつつもさりげなく自分の要求を押し通すところがあるのだ。下手で強気に出るとでも言えばいいのか。そんなところが商神たる所以なのかもしれない。
そんなやり取りを経つつ、下ろした荷物から材料を取り出していく。私の一挙手一投足を興味深そうに見つめられるのは正直今でも気恥ずかしいのだが、それを言ってやめてくれる神でもない。そもそもそれを聞いてくれるなら部屋に戻ってきた時点で別れているだろう。なので材料を振り分けながら何とか頑張って精神統一。
ひとしきり素材の振り分けが終わったら、まずは調理よろしく下ごしらえ。各種原石を研磨して、それぞれインゴットと宝石の形に整える。さらにインゴットに熱を入れて細く長く加工して、ワイヤー状にしたものを糸を編むような要領で装飾部分を作っていく。それを宝石に巻きつけ、爪の部分を折り曲げることで宝石を固定。残しておいたワイヤー部分を付け根に当たるところに巻いていき、金具との接合部を作る。不要になった分は切断して、残った部分に穴を開けておいた小さなパールを何個か通してそれも傷がつかないように気をつけながら巻きつけていく。それが終わったらいよいよ装着部分を接合して、依頼を受けていたイヤリングの完成である。

「おお、見事なものだな」
「うむ。……そなたの手は武に優るだけではないのだな」

思いがけずお褒めの言葉を頂いてしまい恐縮してしまう。きっと長きに渡りたくさんの宝飾品を献上されてきたであろう商神にとっては他愛もないものだろうと思うのだが、それはそれとして嬉しいのと少しばかり照れるのには変わりない。それにしてもザル神の言葉、前にも誰かに似たようなこと言われたな……ああ、そうか。ヴィゾーヴニルだ。まあ、確かに器用貧乏な自覚はある。
そんなことを思っているうちに“あること”を思いついてしまったので、いそいそと道具を持ち替えて用意を始める。珪砂と重曹を混ぜ合わせた中にコバルトを粉末状にしたものを混ぜ合わせて、薄く伸ばしていく。もう一つ同じように用意したものには金砂を混ぜて、同じように薄く伸ばす。それらが固まるまでの時間を利用して、ローズウッド材とマホガニー材を取り出して土台部分と装飾部を切り抜きながら作っていく。そのうちに薄く伸ばしたもの──青と赤に変色させたガラス板だ──ができあがったので、それを二枚に切りそれぞれ装飾部に嵌め込んで、にかわを塗って挟み込む。つまり青いガラスの装飾板というべきものがが二枚、赤いガラスの方も二枚できているわけだ。それを組み合わせて直方体にしたものを土台部分に差し込んで、中に獣脂蝋燭を入れたら完成。

「これは?」
「先程のお礼……といったところですかね」

そうしてできあがったもの──特製シュラウド・フロアランプだ──をナルザル神にお渡しする。ナルザル神はウルダハの守護神として崇められているので本来ならばザナラーン様式で作ったほうがいいのかもしれないが、ザナラーン様式で作ろうとすると製作難易度が跳ね上がるのと、あと単純にナルザル神を語る際によく使われる“二面性を持った一柱の神”というものを綺麗に表現できるのはこちらかな、と思った結果だ。

「ほう……こちらもよくできておるな」
「ありがとうございます」
「ふふ、これまで数多に献上品を受け取ってきたがその場でこれだけのものを作られたのは初めてだ」

興味深そうにフロアランプを覗き込みながらナルザル神が言う。確かに即興で献上品を作る人間はそうそういないだろう。そんなことを思いながらふと窓の外を見ると、だいぶ暗くなっていることに気付いた。まだ日が落ちるには早いはずだが、雨のせいか思った以上に暗くなるのが早かったのだろう。変わらず激しく降り続ける雨音さえ耳に入っていなかったのだから、よほど集中していたようだ。

「せっかくですし、明かりを灯してみますか?」
「うむ」

言うが早いがナル神が立ち上がり、部屋の明かりを消す。代わりにザル神がフロアランプの明かりを灯すと、思った通りに赤と青の光が二つに分かれて綺麗に伸びていく。正直自分が想像していた以上のものになってちょっと嬉しい。

「おお……これは美しいな……」
「うむ……これほどとは思わなんだ」

感嘆したようなナルザル神の言葉に思わず顔がほころぶのを感じて、それと気取られないように口元に手を当てる。“星を救った英雄”などというご大層な立場に立たされているせいかそれなりに賞賛の言葉をもらうことがあるが、下心や思惑が透けて見えることが多いのであまり響くことがないのである。それらと比べるのは烏滸がましいことくらい百も承知だが、ナルザル神の言葉は純粋に感心してくれているのが分かるからかつい照れてしまうのだ。部屋が暗くてよかった、と密かに胸をなで下ろす。


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 私たちの言葉に満更でもなさそうな愛し子の様子に、気付かれないように笑みを零す。実際その場で作ってくれた照明が素晴らしかったからこそ出た言葉なのだが、嬉しそうにしてくれるとこちらも褒めがいがあるというものだ。欲を言えば、もっと素直になってくれてもいいのだが……まだ知り合ったばかり故か、今も少し距離を取られているように思う。

(まあ、焦って距離を詰めようとして離れられては本末転倒だからな)

薄暗い外の光と照明の仄かな明かりに照らされて影絵のように浮かび上がる彼女の姿を見つめながら、その輪郭を撫でる日を夢想する。今も降り続ける雨の音を聞きながら、私たちはそっと照明の光に視線を戻した。





──Fin
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