ウルダハの長い一日
「外からの避難民だな?……大丈夫、クイックサンドで受け入れ態勢を整えている。事態が落ち着くまで滞在していてくれ」
ナル大門からやって来る貧民たちをクイックサンドへ誘導する。皆一様に不安そうな表情ではあるものの、人の子が上手いこと説明したのか大きな混乱は起きずに済んでいた。……その時だ。
「きゃぁぁぁ!!」
後ろを振り向く。そこには獣の姿があった。声を聞きつけたのか、獲物を見つけたとばかりにこちらに向かってくる。私は呪具を構えた。
「ここは私が抑える!早くクイックサンドへ!」
貧民たちが慌ててクイックサンドへ駆け込むのを横目に見ながら、魔法の詠唱を始める。接敵までに一発は叩き込んでおきたいと思いながら魔力を練っていると、空気を切り裂く音がして獣が大きく仰け反った。獣はそのまま地面に沈み、黒い靄となって消え失せる。何が起きた、と思っていると靄の向こうから大きな鎌を持った女性と剣と盾を携えた男性の姿が見えた。
「何やら悲鳴が聞こえたから来てみれば……何だい、この騒ぎは」
大鎌を持った女性が言う。私は呪具を構えたまま短く終末の獣だそうだ、と答えた。二人が目を見開く。
「あれが終末の獣……」
「……!ボス、危ない!」
人の子たちのさらに後ろから新しい個体が現れる。……比較的小柄なのが三体、大型が一体。剣と盾を持った男性が咄嗟にボスと呼んだ女性と獣の間に入った、そこへ向かって小柄な獣が襲いかかる。即座に詠唱を破棄、素早く練り上げた複数の炎の玉をその獣に向かって叩きつけ、蒸発させるように消し飛ばす。
「……なかなかの使い手のようだね、助かったよ」
「何、こちらが先に助けられたからな。……そちらも手練のようだ、ここは一つ共同戦線といこうではないか」
「……ボス、どうします?」
「考えている暇はないさね。とっととこの獣たちを片付けるよ!」
「ふふ、助かる……成り行きではあるが、よろしく頼む」
「それはこちらの台詞さ。背中は任せたよ兄さん」
「ああ、任せておけ」
俺が奴らを引きつけます、と盾を構えた男性が獣たちに向かって突進する。残りは小型二体と大型一体。動きを鈍らせるために獣たちの頭上に簡易的な雷雲を生成して雷の雨を浴びせ、そのまま魔力の流れを止めることなく巨大な氷を生み出し一番手強いであろう大型の頭目掛けて落とす。頭上に落ちて砕けた氷は獣の全身にまとわりついて凍りつき、動きが鈍っていた大型の身体を縛り付けた。
その間にも小型のうちの一体が自らの爪を男性に向かって振り下ろす。それを盾で受けた男性は腕を引いてその攻撃を受け流し、返す刀ならぬ返す盾で殴り返した。殴られた衝撃で獣の動きが一瞬止まったその隙を見逃さず、大鎌を持った女性が後ろから大鎌を振りかぶる。その軌道は狙い違わず首を刎ねて、分かたれた頭と胴体を靄へと変えた。残りは小型と大型が一体ずつ。
……風が強い。砂嵐が起こりつつある気配がする。チラリと空を見上げ、外で戦っている筈の片割れと人の子のことを刹那に考えた。本格的な砂嵐が来る前に片がつくといいのだが。
互いに動きが止まり、一瞬睨み合いのようになった沈黙を破ったのはやはりと言うべきか、獣の方だった。小型が叫び声をあげ威嚇する。大型は未だ動けずにいるとはいえ、徐々に氷が砕け始めている。可能ならば大型が再度動き出す前に小型を仕留めたい。そう思い、練り上げた火球をぶつけようとしたが高く跳ばれて避けられた。獣が跳躍した先の壁に張り付く。
「何だと……!?」
張り付いた壁から飛び出し、まるで玉が跳ね回るようにちょこまかと機敏に動き回りだした獣は私たちの攻撃を避けながら大鎌を持つ女性に向かって飛びかかる。しかし女性はそれにも動じず、すっと目を細めると──いかなる技なのか──瞬時に獣の後ろを取っていた。と同時にその鎌が獣の両足を切り捨てる。この機を逃すわけにはいくまい、と足を切られ転倒したところに火炎魔法を放つ。今後こそ私の炎は獣を包み込み、靄になるまで焼き尽くした。短く口笛を吹いて、女性がこちらの方を向く。
「やるねえ兄さん」
「先ほどの一撃があったからこそだ……感謝する」
私の言葉に軽く笑顔を見せた彼女は大型の獣に向き直る。いよいよ氷による束縛も効かなくなってきたようだ。女性が左手の拳で右手を叩く。
「さあて、いよいよ残りは大物だけだ。気を抜くんじゃないよ!」
「了解です、ボス!」
「……もちろんだ」
大型の獣から氷が次々と剥がれ落ちていく。流石にもう時間稼ぎはできないか。氷が剥がれた獣の虚ろな眼窩がやってくれたな、と言わんばかりに私を捉えた気がした。鬱陶しそうに身体を震わせ氷を払い落とした獣が、緩慢な動作でこちらを向く。
「ハッ、よそ見とはずいぶん余裕だな!」
声と共に投げられた盾が獣の後頭部に命中する。低い唸り声を上げ、獣が男性の方に向き直る。ズン、ズンと足音を響かせながら男性の方に歩み寄った獣がおもむろに尾を振り上げた。……周りの障害物ごと彼を薙ぎ払う気か!
咄嗟に走り、落ちていた盾を拾い上げ男性に向かって投げた。飛んできた盾を器用に左手でキャッチした男性は即座に防御態勢を取る。間一髪、その盾に丸太以上の太さはあろう獣の尾が直撃。男性がその勢いに押されて後ろへと流されるが、剣を石畳に突き刺しそれを支えに耐え凌ぐ。
「グッ……!」
「ブラザー、しばし耐えてくれ!アタシたちが一気に削る!」
鎌を振りかざしながら女性が叫ぶ。私は魔紋を展開し、再び詠唱を破棄。獣の頭上に魔力の塊を複数造り出す。鮮やかな連続攻撃で胴を切り裂いていく女性に合わせ、頭から太い首にかけてを狙い撃つように魔力塊を次々に爆発させた。獣がのたうち回る。
「ギャ゙ア゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙!!」
獣であっても弱点はそう変わらないらしい。暴れた弾みで尾が女性に向かって迫るが、彼女は跳躍して難なく躱す。むしろこれ幸いとばかりに鎌を一振り、あの太い尾をあっさりと切断してみせた。切られた尾が放物線を描いて勢いよく飛んでいく。尾はそのまま私の後ろへと落下して、ドスン、と重たい音を立てた次の瞬間には靄となって消え失せていた。
見るからに体力がありそうな大型といえども、流石に三人がかりの攻勢に耐えられなくなってきたようだ。……終わらせるなら今、だろうか。
私は呪術杖を地面に突き刺し、両手を広げて詠唱を始めた。先程と同じように衰弱した獣の頭上に魔力を集める──ただし比べものにならない密度で。
近くにいると巻き込まれると察したのか、人の子たちが後退する。それを確認して、この身で扱える最大限の魔力を獣へと向かって沈めていった。
「ガァ……!ガッ、ガ、……ア゙、アァ……ァァァ……」
しばらく自らの身を抉るような魔力に抵抗しようともがいていた獣も、魔力が深く喰い込んでいくにつれ動きが鈍くなる。完全に着弾し、魔力塊が破裂すると同時に獣の姿も靄となって四散した。
「……いやはや、思った以上にとんでもない使い手だったね」
女性が感心してるのか呆れてるのかよく分からない口調でポツリと呟く。
「これ以上戦闘が長期化すれば私たちが危なかったからな」
「まあ、それはそうなんだけどさ」
本能的に危険が去ったと分かったのか、チョコボ留のチョコボたちが騒ぎ始めた。慌てて飼育員が宥める。チョコボの鳴き声を背中で聞きながら周囲を警戒するが、どうやら更なる増援はないようだ。
「それはそうとして……今回の助力、感謝する」
「なに、あれを放っといたらアタシらも危なかっただろうからね。お互い様ってところさ。それに」
女性が男性を心配そうに見やる。
「ブラザーもよく凌ぎきってくれたよ……怪我は大丈夫か?」
「お気遣いありがとうございます、ボス。最後のは流石に効きましたが、お二人のおかげで何とかなりました」
「すまない……癒しの術が使えれば癒してやれるのだが、如何せん私は適性がなくてな……」
「ああ、お気になさらず。この程度であればしばらく休んでいれば治るでしょう」
その時だ。今は閉じられた、中央ザナラーンへ続くナル大門の横に設えられた小さな扉が開いたのは。
──続く
ナル大門からやって来る貧民たちをクイックサンドへ誘導する。皆一様に不安そうな表情ではあるものの、人の子が上手いこと説明したのか大きな混乱は起きずに済んでいた。……その時だ。
「きゃぁぁぁ!!」
後ろを振り向く。そこには獣の姿があった。声を聞きつけたのか、獲物を見つけたとばかりにこちらに向かってくる。私は呪具を構えた。
「ここは私が抑える!早くクイックサンドへ!」
貧民たちが慌ててクイックサンドへ駆け込むのを横目に見ながら、魔法の詠唱を始める。接敵までに一発は叩き込んでおきたいと思いながら魔力を練っていると、空気を切り裂く音がして獣が大きく仰け反った。獣はそのまま地面に沈み、黒い靄となって消え失せる。何が起きた、と思っていると靄の向こうから大きな鎌を持った女性と剣と盾を携えた男性の姿が見えた。
「何やら悲鳴が聞こえたから来てみれば……何だい、この騒ぎは」
大鎌を持った女性が言う。私は呪具を構えたまま短く終末の獣だそうだ、と答えた。二人が目を見開く。
「あれが終末の獣……」
「……!ボス、危ない!」
人の子たちのさらに後ろから新しい個体が現れる。……比較的小柄なのが三体、大型が一体。剣と盾を持った男性が咄嗟にボスと呼んだ女性と獣の間に入った、そこへ向かって小柄な獣が襲いかかる。即座に詠唱を破棄、素早く練り上げた複数の炎の玉をその獣に向かって叩きつけ、蒸発させるように消し飛ばす。
「……なかなかの使い手のようだね、助かったよ」
「何、こちらが先に助けられたからな。……そちらも手練のようだ、ここは一つ共同戦線といこうではないか」
「……ボス、どうします?」
「考えている暇はないさね。とっととこの獣たちを片付けるよ!」
「ふふ、助かる……成り行きではあるが、よろしく頼む」
「それはこちらの台詞さ。背中は任せたよ兄さん」
「ああ、任せておけ」
俺が奴らを引きつけます、と盾を構えた男性が獣たちに向かって突進する。残りは小型二体と大型一体。動きを鈍らせるために獣たちの頭上に簡易的な雷雲を生成して雷の雨を浴びせ、そのまま魔力の流れを止めることなく巨大な氷を生み出し一番手強いであろう大型の頭目掛けて落とす。頭上に落ちて砕けた氷は獣の全身にまとわりついて凍りつき、動きが鈍っていた大型の身体を縛り付けた。
その間にも小型のうちの一体が自らの爪を男性に向かって振り下ろす。それを盾で受けた男性は腕を引いてその攻撃を受け流し、返す刀ならぬ返す盾で殴り返した。殴られた衝撃で獣の動きが一瞬止まったその隙を見逃さず、大鎌を持った女性が後ろから大鎌を振りかぶる。その軌道は狙い違わず首を刎ねて、分かたれた頭と胴体を靄へと変えた。残りは小型と大型が一体ずつ。
……風が強い。砂嵐が起こりつつある気配がする。チラリと空を見上げ、外で戦っている筈の片割れと人の子のことを刹那に考えた。本格的な砂嵐が来る前に片がつくといいのだが。
互いに動きが止まり、一瞬睨み合いのようになった沈黙を破ったのはやはりと言うべきか、獣の方だった。小型が叫び声をあげ威嚇する。大型は未だ動けずにいるとはいえ、徐々に氷が砕け始めている。可能ならば大型が再度動き出す前に小型を仕留めたい。そう思い、練り上げた火球をぶつけようとしたが高く跳ばれて避けられた。獣が跳躍した先の壁に張り付く。
「何だと……!?」
張り付いた壁から飛び出し、まるで玉が跳ね回るようにちょこまかと機敏に動き回りだした獣は私たちの攻撃を避けながら大鎌を持つ女性に向かって飛びかかる。しかし女性はそれにも動じず、すっと目を細めると──いかなる技なのか──瞬時に獣の後ろを取っていた。と同時にその鎌が獣の両足を切り捨てる。この機を逃すわけにはいくまい、と足を切られ転倒したところに火炎魔法を放つ。今後こそ私の炎は獣を包み込み、靄になるまで焼き尽くした。短く口笛を吹いて、女性がこちらの方を向く。
「やるねえ兄さん」
「先ほどの一撃があったからこそだ……感謝する」
私の言葉に軽く笑顔を見せた彼女は大型の獣に向き直る。いよいよ氷による束縛も効かなくなってきたようだ。女性が左手の拳で右手を叩く。
「さあて、いよいよ残りは大物だけだ。気を抜くんじゃないよ!」
「了解です、ボス!」
「……もちろんだ」
大型の獣から氷が次々と剥がれ落ちていく。流石にもう時間稼ぎはできないか。氷が剥がれた獣の虚ろな眼窩がやってくれたな、と言わんばかりに私を捉えた気がした。鬱陶しそうに身体を震わせ氷を払い落とした獣が、緩慢な動作でこちらを向く。
「ハッ、よそ見とはずいぶん余裕だな!」
声と共に投げられた盾が獣の後頭部に命中する。低い唸り声を上げ、獣が男性の方に向き直る。ズン、ズンと足音を響かせながら男性の方に歩み寄った獣がおもむろに尾を振り上げた。……周りの障害物ごと彼を薙ぎ払う気か!
咄嗟に走り、落ちていた盾を拾い上げ男性に向かって投げた。飛んできた盾を器用に左手でキャッチした男性は即座に防御態勢を取る。間一髪、その盾に丸太以上の太さはあろう獣の尾が直撃。男性がその勢いに押されて後ろへと流されるが、剣を石畳に突き刺しそれを支えに耐え凌ぐ。
「グッ……!」
「ブラザー、しばし耐えてくれ!アタシたちが一気に削る!」
鎌を振りかざしながら女性が叫ぶ。私は魔紋を展開し、再び詠唱を破棄。獣の頭上に魔力の塊を複数造り出す。鮮やかな連続攻撃で胴を切り裂いていく女性に合わせ、頭から太い首にかけてを狙い撃つように魔力塊を次々に爆発させた。獣がのたうち回る。
「ギャ゙ア゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙!!」
獣であっても弱点はそう変わらないらしい。暴れた弾みで尾が女性に向かって迫るが、彼女は跳躍して難なく躱す。むしろこれ幸いとばかりに鎌を一振り、あの太い尾をあっさりと切断してみせた。切られた尾が放物線を描いて勢いよく飛んでいく。尾はそのまま私の後ろへと落下して、ドスン、と重たい音を立てた次の瞬間には靄となって消え失せていた。
見るからに体力がありそうな大型といえども、流石に三人がかりの攻勢に耐えられなくなってきたようだ。……終わらせるなら今、だろうか。
私は呪術杖を地面に突き刺し、両手を広げて詠唱を始めた。先程と同じように衰弱した獣の頭上に魔力を集める──ただし比べものにならない密度で。
近くにいると巻き込まれると察したのか、人の子たちが後退する。それを確認して、この身で扱える最大限の魔力を獣へと向かって沈めていった。
「ガァ……!ガッ、ガ、……ア゙、アァ……ァァァ……」
しばらく自らの身を抉るような魔力に抵抗しようともがいていた獣も、魔力が深く喰い込んでいくにつれ動きが鈍くなる。完全に着弾し、魔力塊が破裂すると同時に獣の姿も靄となって四散した。
「……いやはや、思った以上にとんでもない使い手だったね」
女性が感心してるのか呆れてるのかよく分からない口調でポツリと呟く。
「これ以上戦闘が長期化すれば私たちが危なかったからな」
「まあ、それはそうなんだけどさ」
本能的に危険が去ったと分かったのか、チョコボ留のチョコボたちが騒ぎ始めた。慌てて飼育員が宥める。チョコボの鳴き声を背中で聞きながら周囲を警戒するが、どうやら更なる増援はないようだ。
「それはそうとして……今回の助力、感謝する」
「なに、あれを放っといたらアタシらも危なかっただろうからね。お互い様ってところさ。それに」
女性が男性を心配そうに見やる。
「ブラザーもよく凌ぎきってくれたよ……怪我は大丈夫か?」
「お気遣いありがとうございます、ボス。最後のは流石に効きましたが、お二人のおかげで何とかなりました」
「すまない……癒しの術が使えれば癒してやれるのだが、如何せん私は適性がなくてな……」
「ああ、お気になさらず。この程度であればしばらく休んでいれば治るでしょう」
その時だ。今は閉じられた、中央ザナラーンへ続くナル大門の横に設えられた小さな扉が開いたのは。
──続く