ウルダハの長い一日
獣たちは私の名を冠した門の近くで暴れ回っていた。辺りには横転したキャリッジと散乱した荷物が見える。そちらに獣が行った為に気付かれなかったのか、ナル大門すぐ横のストーンズスロー貧民窟やフェスカ冒険者キャンプにまで魔の手が及んでいなかったのは不幸中の幸いと考えるべきだろう。
風が強い。これは砂嵐になるやもな、と私は内心独りごちた。その間にも人の子は手慣れたもので、最も被害が出るであろう貧民窟の住人たちをウルダハ市街へと誘導している。全員が逃げたことを確認し、門の扉が閉まっていく。冒険者キャンプの面々は──流石と言うべきか──咄嗟の判断だろう、既にブラックブラッシュ方面へ移動している姿が見えた。……これで気兼ねなく戦えるという訳だ。斧を担ぎ直して人の子が言う。
「ざっと見そうですね……残りは大小合わせて十体前後というところでしょうか」
「そうさなあ……して、何か作戦でもあるのか?」
「いえ、特には」
「ないのか!?」
私の言葉に人の子は小さく肩を竦める。
「ないというか……獣たちには統率を取るリーダー格の個体というものがいないので、各個撃破が基本になります。強いて言えば小型のものをあらかた倒してしまってから大型のものに臨むのが一番効率がいいかな、と」
「……なるほど、了解した」
「ありがとうございます。僕が獣たちを引きつけるんで、ナル神は全力で攻撃を叩き込んで……」
人の子はそこでちょっと言い淀んだあと、深く息を吸い込んで続けた。
「……彼らがこれ以上、誰かを傷付ける前に眠らせてあげて下さい」
担いでいた斧を構えた人の子が小さく「では、行きます」と言うのに頷いて、私はナックルを構える。それを合図に獣たちに向かって突撃した人の子が群れの真ん中で斧を振り下ろし、それによって生じた衝撃波がダメージを与えると共に獣たちの敵視を一身に引き受ける。その様子を見て私も獣たちの群れへと飛び込んだ。
「うおおおおおお!!」
雄叫びと共に人の子の目が赤く光る。それと同時に全身から闘気なのか、常ならぬ生命力が噴き上がるのが見えた。その力をもって怒涛の勢いで斧を振り回し、獣たちの身を抉っていく。それによって小型の獣の何体かは既に体力をかなり奪われているようだ。ここで頭数を減らさぬ手はない。
「はああああ……!」
獣たちの後ろから闘気を発し、地面を裂かんとばかりに衝撃波を放つ。流れを止めることなく獣たちに回し蹴りを一閃。その勢いのまま逆立ちになり、高い打点からの蹴りでまとめて薙ぎ払う。目論見通り、先の攻撃で体力を削られていた小型の何体かが靄となって消え失せる。
それを目の端で見ながら生き残った個体に連撃を入れると同時に炎を巻き起こし、更に数体を焼き尽くすことで獣の数を一気に半分以上減らすことができた。しかし一連の攻勢を耐え凌いだものは軒並み中型以上の力がありそうな個体ばかり。
「……!ナル神、危ない!」
怒りを買ったのか、獣のうちの一体が私に向かって尻尾を叩き付けてきた。跳躍して躱したところに別の獣の爪が迫ってくる。瞬時に自らの身体が落下する速度と私を切り裂こうとする爪が衝突するであろう地点を計算し、態勢を整え……獣の腕が近付いてきたところで手の上に乗るように着地、驚いたらしき獣が腕が振り払った反動で今度は斜め上に吹き飛ばされる。ウルダハの街を守る城壁が猛烈な勢いで近付いてくるが、それも計算のうち。空中で回転し、足から城壁に着地する。獣に相対しつつも驚く人の子の顔が見える。それにニヤリと微笑んで、今までの勢いを利用して城壁を蹴った。空中でもう一度回転、先ほどの薙ぎ払いの礼とばかりに軸足に全体重と落下速度を乗せ、言わば自らの身体を槍の穂先のように獣の胴に突き刺した。流石に獣といえども胴を貫かれては活動できぬのか、貫いた獣と至近距離にいたもう二体が着弾の衝撃に耐えられずに靄へと変わる。……残りは大型が二体。いよいよ大詰めか。
「……さっすが神様、戦い方が派手」
油断なく斧を構えながらも若干呆れているらしい人の子が呟く。
「かく言う汝も目を赤く光らせて大立ち回りを演じてたではないか」
「あれはそういうものなんです!」
「ならば私も変わらないであろう、私の戦い方も『ああいうもの』だ」
「ええ……そうかなあ……」
軽口を叩く一方で自らの身の丈ほどもある斧を軽々と振り回し、獣と鍔迫り合いを演じる人の子には言われたくないな……などと思っていると、鍔迫り合いを演じているのとは別の獣が影から人の子を狙っているのが見えた。
「後ろから来るぞ!避けよ!」
気が付いていたのか、獣の手を打ち払った人の子が私の声よりも僅かに早く後方へと退く。一瞬前まで人の子がいた、その場所を獣の爪が掠める。数多の死線を潜り抜けてきた直感か、咄嗟に躱した為に直撃は免れたようだが左腕に爪痕が残っていた。微かに顔を歪めるのが見える。戦いで高揚しているが故に分かりにくいが、顔色も若干悪くなっているようだ。──毒か!
まずい、このまま戦闘を続けると人の子の生命が危うい。……致し方ない、かくなる上は一気に仕留めるしかなかろう。私は獣の足元に潜り込んだ。
「人の子よ、離れろ!」
人の子はギョッとした顔を見せたが、すぐに獣から距離を取る。それを横目で確認して自らの炎を拳に纏わせ、人の依代で出せる最大の力を使って地面を殴りつけた。地面から獣を飲み込まんとする勢いで火柱が立ち上がる。
「ガア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ァァァ!!」
大型なだけあって他の個体より体力があったのだろう、獣は炎と熱から逃れようとしばらくのたうち回っていたが、やがて力尽きたのか黒い靄となって雲散霧消した。焼くべきものが無くなった火柱が消える。人の子は呆気に取られた顔をしていたが、戦闘が終わったことを理解した途端に痛みと毒がぶり返したのか斧を支えにして膝をつく。その様子にすぐさま駆け寄って左の二の腕を掴む。
「……っ、」
不躾に掴んだ腕が痛むのか顔を顰められたが、抗議を聞いている暇はない。傷口の上に右手をかざし、癒しの術を展開させて戦いで削られた体力を戻すと共に体内に回りつつあった毒素を抜いていく。
「……癒しの術も使えるんですね」
「私をなんだと思うておる?生を司る神ぞ、このくらい朝飯前よ」
よほど興味深いのか、人の子は自分の左腕にかざされた私の手をまじまじと見つめている。その視線に微妙な気分にならぬでもないが、考えてみれば炎天で手合わせする時には癒しの術は使わないから仕方ないやも知れぬな、と考え直すことにする。
そのまま癒し続けることしばし、思っていた以上に早い回復を見せた人の子が立ち上がる。流石歴戦の猛者といったところか。怪我も癒えたのを確認して掴んでいた左腕を離す。
「ありがとうございます」
「何、大したことなどしておらんよ……ふむ、他に獣はいないようだの」
「……ええ、そのようです」
私の言葉に頷きながらも、獣たちがどこから来たのかちょっと気になるのですよね、と人の子が呟く。確かに、何もないところから突然そこに現れたなんて話はないであろう。と、なれば獣たちがやって来るまでの道のりで何かしらの被害があってもおかしくない、ということか。
「僕は周辺の集落を見て回ってくるので、ナル神はザル神と合流して下さいますか」
「あいわかった。……くれぐれも無理はするなよ?」
「はは、お気遣いありがとうございます。では、ちょっといってきます」
「うむ」
装備の上から外套を羽織った人の子がチョコボに乗ってブラックブラッシュへ走り去る姿を見送って、私は門の横に備え付けられた小さな扉へと向かった。
──続く
風が強い。これは砂嵐になるやもな、と私は内心独りごちた。その間にも人の子は手慣れたもので、最も被害が出るであろう貧民窟の住人たちをウルダハ市街へと誘導している。全員が逃げたことを確認し、門の扉が閉まっていく。冒険者キャンプの面々は──流石と言うべきか──咄嗟の判断だろう、既にブラックブラッシュ方面へ移動している姿が見えた。……これで気兼ねなく戦えるという訳だ。斧を担ぎ直して人の子が言う。
「ざっと見そうですね……残りは大小合わせて十体前後というところでしょうか」
「そうさなあ……して、何か作戦でもあるのか?」
「いえ、特には」
「ないのか!?」
私の言葉に人の子は小さく肩を竦める。
「ないというか……獣たちには統率を取るリーダー格の個体というものがいないので、各個撃破が基本になります。強いて言えば小型のものをあらかた倒してしまってから大型のものに臨むのが一番効率がいいかな、と」
「……なるほど、了解した」
「ありがとうございます。僕が獣たちを引きつけるんで、ナル神は全力で攻撃を叩き込んで……」
人の子はそこでちょっと言い淀んだあと、深く息を吸い込んで続けた。
「……彼らがこれ以上、誰かを傷付ける前に眠らせてあげて下さい」
担いでいた斧を構えた人の子が小さく「では、行きます」と言うのに頷いて、私はナックルを構える。それを合図に獣たちに向かって突撃した人の子が群れの真ん中で斧を振り下ろし、それによって生じた衝撃波がダメージを与えると共に獣たちの敵視を一身に引き受ける。その様子を見て私も獣たちの群れへと飛び込んだ。
「うおおおおおお!!」
雄叫びと共に人の子の目が赤く光る。それと同時に全身から闘気なのか、常ならぬ生命力が噴き上がるのが見えた。その力をもって怒涛の勢いで斧を振り回し、獣たちの身を抉っていく。それによって小型の獣の何体かは既に体力をかなり奪われているようだ。ここで頭数を減らさぬ手はない。
「はああああ……!」
獣たちの後ろから闘気を発し、地面を裂かんとばかりに衝撃波を放つ。流れを止めることなく獣たちに回し蹴りを一閃。その勢いのまま逆立ちになり、高い打点からの蹴りでまとめて薙ぎ払う。目論見通り、先の攻撃で体力を削られていた小型の何体かが靄となって消え失せる。
それを目の端で見ながら生き残った個体に連撃を入れると同時に炎を巻き起こし、更に数体を焼き尽くすことで獣の数を一気に半分以上減らすことができた。しかし一連の攻勢を耐え凌いだものは軒並み中型以上の力がありそうな個体ばかり。
「……!ナル神、危ない!」
怒りを買ったのか、獣のうちの一体が私に向かって尻尾を叩き付けてきた。跳躍して躱したところに別の獣の爪が迫ってくる。瞬時に自らの身体が落下する速度と私を切り裂こうとする爪が衝突するであろう地点を計算し、態勢を整え……獣の腕が近付いてきたところで手の上に乗るように着地、驚いたらしき獣が腕が振り払った反動で今度は斜め上に吹き飛ばされる。ウルダハの街を守る城壁が猛烈な勢いで近付いてくるが、それも計算のうち。空中で回転し、足から城壁に着地する。獣に相対しつつも驚く人の子の顔が見える。それにニヤリと微笑んで、今までの勢いを利用して城壁を蹴った。空中でもう一度回転、先ほどの薙ぎ払いの礼とばかりに軸足に全体重と落下速度を乗せ、言わば自らの身体を槍の穂先のように獣の胴に突き刺した。流石に獣といえども胴を貫かれては活動できぬのか、貫いた獣と至近距離にいたもう二体が着弾の衝撃に耐えられずに靄へと変わる。……残りは大型が二体。いよいよ大詰めか。
「……さっすが神様、戦い方が派手」
油断なく斧を構えながらも若干呆れているらしい人の子が呟く。
「かく言う汝も目を赤く光らせて大立ち回りを演じてたではないか」
「あれはそういうものなんです!」
「ならば私も変わらないであろう、私の戦い方も『ああいうもの』だ」
「ええ……そうかなあ……」
軽口を叩く一方で自らの身の丈ほどもある斧を軽々と振り回し、獣と鍔迫り合いを演じる人の子には言われたくないな……などと思っていると、鍔迫り合いを演じているのとは別の獣が影から人の子を狙っているのが見えた。
「後ろから来るぞ!避けよ!」
気が付いていたのか、獣の手を打ち払った人の子が私の声よりも僅かに早く後方へと退く。一瞬前まで人の子がいた、その場所を獣の爪が掠める。数多の死線を潜り抜けてきた直感か、咄嗟に躱した為に直撃は免れたようだが左腕に爪痕が残っていた。微かに顔を歪めるのが見える。戦いで高揚しているが故に分かりにくいが、顔色も若干悪くなっているようだ。──毒か!
まずい、このまま戦闘を続けると人の子の生命が危うい。……致し方ない、かくなる上は一気に仕留めるしかなかろう。私は獣の足元に潜り込んだ。
「人の子よ、離れろ!」
人の子はギョッとした顔を見せたが、すぐに獣から距離を取る。それを横目で確認して自らの炎を拳に纏わせ、人の依代で出せる最大の力を使って地面を殴りつけた。地面から獣を飲み込まんとする勢いで火柱が立ち上がる。
「ガア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ァァァ!!」
大型なだけあって他の個体より体力があったのだろう、獣は炎と熱から逃れようとしばらくのたうち回っていたが、やがて力尽きたのか黒い靄となって雲散霧消した。焼くべきものが無くなった火柱が消える。人の子は呆気に取られた顔をしていたが、戦闘が終わったことを理解した途端に痛みと毒がぶり返したのか斧を支えにして膝をつく。その様子にすぐさま駆け寄って左の二の腕を掴む。
「……っ、」
不躾に掴んだ腕が痛むのか顔を顰められたが、抗議を聞いている暇はない。傷口の上に右手をかざし、癒しの術を展開させて戦いで削られた体力を戻すと共に体内に回りつつあった毒素を抜いていく。
「……癒しの術も使えるんですね」
「私をなんだと思うておる?生を司る神ぞ、このくらい朝飯前よ」
よほど興味深いのか、人の子は自分の左腕にかざされた私の手をまじまじと見つめている。その視線に微妙な気分にならぬでもないが、考えてみれば炎天で手合わせする時には癒しの術は使わないから仕方ないやも知れぬな、と考え直すことにする。
そのまま癒し続けることしばし、思っていた以上に早い回復を見せた人の子が立ち上がる。流石歴戦の猛者といったところか。怪我も癒えたのを確認して掴んでいた左腕を離す。
「ありがとうございます」
「何、大したことなどしておらんよ……ふむ、他に獣はいないようだの」
「……ええ、そのようです」
私の言葉に頷きながらも、獣たちがどこから来たのかちょっと気になるのですよね、と人の子が呟く。確かに、何もないところから突然そこに現れたなんて話はないであろう。と、なれば獣たちがやって来るまでの道のりで何かしらの被害があってもおかしくない、ということか。
「僕は周辺の集落を見て回ってくるので、ナル神はザル神と合流して下さいますか」
「あいわかった。……くれぐれも無理はするなよ?」
「はは、お気遣いありがとうございます。では、ちょっといってきます」
「うむ」
装備の上から外套を羽織った人の子がチョコボに乗ってブラックブラッシュへ走り去る姿を見送って、私は門の横に備え付けられた小さな扉へと向かった。
──続く