Bystander Journey

 酔い潰れたサリャク神を介抱(といっても布団に寝かせただけだが)しているところに鳴った家の呼び鈴。普段あまり家にいないのもあるが、誰かが自宅を訪れるなんてそうそうない我が家にとっては中々の異常事態である。そもそも僕の家の住所を知っている人自体がかなり限られる上、ここを知っているような人は皆この時期何かしらの予定があったり休暇にしているので余計に来客が誰か思い浮かばない。頭の中でぐるぐる考えながら玄関に向かい、ドアを開けると見覚えのないルガディン男性が立っていた。しかもこのルガディン、会った覚えはないのに醸し出してる雰囲気にはものすごく馴染みがある。そのミスマッチに内心首を傾げているとルガディンが口を開いた。

「こんにちは、人の子よ」
「ビエルゴ神!?」

思わず仰け反ってしまった。まさかビエルゴ神がうちに来るとは。……あれ?

「よくうちが分かりましたね?」
「ふふふ、我が師の気配を頼りに探したのですよ」
「ああ、なるほど……」
「それで、我が師は?」
「それが……」

言うより見てもらった方が早い、ということでビエルゴ神を家に招き入れる。布団で寝ているサリャク神を見て工神は天を仰いだ。

「まあ……こういう訳でして……」
「こうなる前に回収したかったのですが……遅かったですね……」

やれやれ、と首を振る工神の足をポンポン、と叩いて慰める。新年になってもこの方の苦労性気質は変わらないらしい。せっかく来てもらったのに何も無いのもアレなので、ビエルゴ神にも炬燵を勧めた。知神と同じようにおっかなびっくり炬燵に足を入れた工神も、これまた同じように感嘆した声をあげる。

「これはいいですね」
「でしょう?よく考えてあるなと思いますもん」

同じように炬燵に入り、ビエルゴ神に剥いて半分に割った東方のみかんの片方を渡して一房ずつ食べながら近況と数時間前の激闘を語って聞かせる。近況はともかくとして激闘のくだりは感心するやら呆れるやら、工神は曰く言い難い顔で聞いていた。

「食べ物が魔力を持って暴れるとは……まさに東方の神秘、というものでしょうか」
「確かに、言われてみれば……そうかも知れません」

これがそうやって作られた餅なんですけどね、と見せると興味深そうにくるくる回して眺めている。その傍で一旦落としていた七輪の火を再び起こし、先程と同じように網と不燃紙を乗せた上で餅を焼いて程よく膨れたところで皿に移す。そしてサリャク神に出したように砂糖と醤油を混ぜたものを添えてお出しする。

「これはどうやって食すのです?」
「ああ、これはこうやって……」

軽く説明しつつ食べて見せると、ビエルゴ神も同じように食べる。表情を見る限り、お口に合ったようだ。それに気をよくして次の餅を焼き、今度はきな粉をまぶしてお出しするとこちらも美味しそうに食べてもらえて出した側としては大変嬉しい。食べきったところで酒の準備をするために一言断って席を立つ。台所で鍋を火にかけていると、工神がこちらにやって来た。

「何かお手伝いできることなどありますか」
「いえいえ!お客様にそんなことさせる訳には……」
「まあまあ。私としても貴方の作業が気になるのですよ」

そっちの方が余計に緊張するがな。

「そんなこといっても今から酒を温めるだけですよ」
「ほう」

そんなやり取りをしているうちに鍋が沸騰したので火を止める。徳利に酒を注ぎ、ゆっくりと熱した湯の中に徳利を入れていく。

「このまま少し待ちます」

時計を見ながら待つことしばし、一旦引き揚げて器の熱さを確認する。程よく暖まっていたのでそのまま湯から出し、ビエルゴ神用のお猪口を用意して炬燵に戻った。

「サリャク神にも言いましたが、呑みやすいから呑み過ぎないように……」

注いだ酒を口に付けたビエルゴ神の動きが止まる。

「ああ、なるほど、これはいくらでも呑めてしまいそうです」
「でしょう」
「最初様子を見た時は全く……と思いましたが、今なら師の気持ちも少しだけ分かる気がします」

しみじみと語る工神の姿に思わず苦笑してしまう。あの個性的な神々を取りまとめるの、大変そうだもんな……。思わずお酌してしまった。

「今くらいはゆっくりしてって下さい……」
「ありがとうございます……」


□■□■


 炬燵でビエルゴ神と談笑していると、小さなうめき声が耳に入る。後ろを振り向くと、目を覚ましたらしきサリャク神が身体を起こそうとしているところだった。慌てて水を用意して知神に手渡し、水分補給の手助けをしている僕の横にビエルゴ神がやって来て片膝をつく。

「……ああ……ありがとう、大丈夫だ」
「無理してはいけません、我が師よ」
「おやビエルゴ、君も来ていたのかい」

ふらつきながらも立ち上がろうとする知神に工神が手を貸しているのを横目に、僕は新しい水を持ってくるために台所へ向かう。介助してもらいながら炬燵の前に腰掛けたサリャク神に冷たい水を入れたコップを渡す。……と、いきなり抱きかかえられた。ちょっと?

「師よ、人の子が困っているではないですか」
「別に問題なかろう?」
「割と問題あります」

一応抗議はしたが、全然聞き入れてもらえない。全くこの神様は。酔っ払っているくせに無駄にがっちりホールドしてくるせいで動くこともままならないので、仕方なしにビエルゴ神に頼んで身近にあるものを取ってもらうことになってしまった。

「申し訳ないです……」
「いえいえ、我が師のせいですから気にしなくてよいですよ」

言いながら工神は飲みきった酒の補充のために台所に向かう。さっき一通りやってみせたからか、特に苦労することもなく燗を作って戻ってきた。適温の説明はしなかった筈だが、注いでもらった酒が絶妙な温かさになっているあたり流石工芸を司る神だ……と感心してしまう。しかし“工芸”の中に料理って入るのか?でもクラフター調理師たちも信仰してるしな……その流れで守備範囲に入っているのだろうか。

「師は呑んではなりません」
「サリャク神は大人しく水飲んでて下さい」
「二人とも手厳しいね……」

ちゃっかり自分のお猪口を出してきたサリャク神に、工神と同時にツッコミを入れた。全く油断も隙もありゃしない。僕たちに制止された知神はしょんぼりとした様子で水をちびちびと飲んでいる。そんな彼の様子に呆れつつ新しいみかんに手を伸ばす。

「それは?オレンジとは違うようだけども」
「これは東方でよく見かけるみかんという品種です。オレンジの親戚みたいなものですね」
「ふむ」

皮を剥いたみかんをまた二つに割って片方をビエルゴ神に渡し、残った分から一房ちぎってサリャク神の口に放り込む。もぐもぐと咀嚼しているその下で僕もしっかり自分の分を口に入れる。

「こちらの方が味があっさりしている気がするね」
「食べやすいからついつい手が伸びるんですよねえ」
「もう一個おくれ」
「はいはい」
「……師よ、あまり人の子に甘えてはいけません」

みかんを食べながらビエルゴ神が苦言を呈するが、苦言を呈された方は「これくらいはいいじゃないか」とどこ吹く風である。……多分普段からこんな感じなんだろうなあ。工神の苦労が偲ばれる。思わず一献勧めてしまった。


□■□■


 ふと窓の外を見やると、すっかり暗くなっているではないか。こういう時の時間の経過って早いよな……と思いつつ、帰ってきてから餅とみかんしか食べていないので流石に少々お腹が空いてきた。サリャク神の腕から抜け出して台所に向かうと、二神もぞろぞろとついてくる。

「人の子らはそろそろ夕食時では?何か作りましょうか」
「そうですね……ちょっとお手伝いをお願いしても良いです?」
「勿論ですとも」
「私は邪魔にしかならなさそうだからね、大人しく見ているだけにするよ」
「そうですよ、酔っ払いは大人しくしててもらわないと」
「流石にもう酒は抜けたよ」
「本当に……?」
「信用してはいけませんよ人の子。師は口八丁で丸め込むのが得意ですから」
「……随分な言い草じゃないか、我が弟子よ」

まあまあ。二神を宥めながら食材の下ごしらえを開始する。……この調子だと酒盛りは当分終わりそうにないな。内心苦笑しつつ、僕は買ってきた魚を捌く準備を始めた。





──Fin
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