Bystander Journey

 それなりに生きてくると過ぎ去っていく日々のことに無頓着になってきがちだが、それでもやはり新年というものはいいものだ。また新たな一年が始まるのだというワクワク感はなんともいえないものがある。それに毎年この時期は東方からの使節団が訪れるのもあって、普段とはまた違った賑わいがあるのもいい。この時期にしか食べられない東方の料理も楽しみだし。そんなことを思いながら新年の飾り付けが施されているリムサ・ロミンサの街を歩く。
エーテライトプラザから出発して市場を散策がてら店先を見て回り、東西の国際街商通りを抜けた先の巴術士ギルド前に設置された都市内エーテライト網を利用して上甲板層へ。転移先のレストランビスマルクから漂う美味しそうな匂いを楽しみつつ溺れた海豚亭に足を伸ばし、バデロンと新年の挨拶を交わす。しばらく他愛もない話に興じたあと、アフトカースルへと向かう。リムサ・ロミンサにある広場の中でも有数の広さを誇るここは、四季折々で様々な催しの会場になっている。今は東方の使節団が祭りの拠点として使っているはずだ。
そんな新年を祝う祭りで賑わっているアフトカースルに集まっている人々の中に、何やら見覚えのある黄金色の長髪が見えた気がした。……ん?思わずその姿を二度見する。……やはりそうだ。というか何故ここに?気付かれないうちに去ろうとしたのだが、そんな僕を目ざとく見つけたらしいその“人”が追いかけてきたので全力で逃げようと試みるも、抵抗むなしく捕まってしまった。

「やあ、なにも逃げなくてもいいじゃないか」

僕を抱き上げてにこやかにそう言うのはサリャク神である。なんでナル神といいサリャク神といい、事あるごとに僕を抱きかかえたがるのか。こうなるとしばらく離してもらえないので、諦めて大人しく抱きかかえられることにする。

「……楽しんでるところ、お邪魔かと思いまして」
「ふふふ、遠慮はよしたまえ」

精一杯“せっかく楽しんでいるところなんですし、じっくり見た方がいいでしょう?それには僕お邪魔ですよね?”という気持ちを込めたつもりなのだが、華麗にスルーされた。……気付かれてないのか、分かってて流してるのか。その涼しげな顔立ちからは伺い知ることさえできなかった。腹立つ。

「……それにしても、どうしてこちらに?」
「異邦の地の催しはずっと気になっていてね。流石に東方まで行くと、私たちでも分からないことが多い」

そうなのか。よく考えてみれば、東方は東方で神を祀っているしな……エオルゼア十二神にも流石に分からないことがあるのだな、などと詮無いことを考える。確かあっちは八百万?だっけ、とんでもない数の神がいると考えられてるんだったか。

「ようやく機会が巡ってきたのでね……人の子に紛れて体験してみようとなった訳だ。それにここにいれば汝に会えるのでは、というのもあった」

行動パターンを読まれていたらしいことを知り、思わず顔をしかめてしまった。ここに来る日をずらせばよかったか……いやこの神のことだ、下手したら張り込みも辞さない可能性すらある。なんなら既に張り込んでたのかも知れん。そんなしょうもない思考が頭の中を駆け巡る僕の気持ちを知ってか知らずか、知神が話を続ける。

「ああ、そういえば。汝らが言うところの中央ラノシアだったか?で何やら催しがあるとかないとかと聞いたぞ」
「あっ……ああ〜」

はいはいはいはい、毎年恒例“例のアレ”ですね。ちょっと神様の反応見てみたいし行ってみますか。などという不埒な思考が顔に出てしまいニヤニヤしていたら、不審そうに見つめるサリャク神に頬を摘まれてしまった。……摘むのはまだしも、伸ばそうとするのはやめて欲しい。よく「ララフェルの頬はもちもちしててよく伸びそう」と言われるのだが、実際はそんなに伸びません。

「……何を考えているのかな」
「ひえ、なぁんでもございまふぇん」

サリャク神は尚も納得しかねるといった表情で僕の頬をもちもちと摘んで遊んでいたが(多分半分くらいはただ遊びたかっただけでしょう神様?)、やがて軽くため息を吐くとようやく頬から手を離してくれた。

「……まあよかろう。ずっと立ち話もなんなのでね、早速行ってみようではないか」
「いいですね、行きましょう。……このままではテレポできないんで、降ろしてもらってもいいです?」
「まだしばらくはいいだろう?」
「ええー……」

……結局エーテライトに着き、渋々といった体で降ろしてもらえる(本当に“渋々”という言葉がピッタリだった)まで僕は知神の腕に抱きかかえられ続けたのであった。


□■□■


「……何なのかな、アレは」

知神が少々唖然とした表情で言う、その目の前にいるのは巨大化した真っ白な餅である。“餅”というのは元々はライスを搗いて作られる料理なのだそうだが、ここで作られる餅は何故か毎年何かと理由をつけて暴れるのだ。そうサリャク神に説明をしておいてなんなのだが、説明してる僕も意味がよく分からない。僕の話を聞いているサリャク神もどこから突っ込もうか悩んでいるのが手に取るように分かる。そして僕たちが話をしているそばで、暴れ餅は今年も冒険者を蹂躙していくのであった。

「うーん、今年も活きがいいですねえ」
「これは“活きがいい”で済む問題なのかい?」

至極真っ当な指摘を受けたが、他にいい形容が思い浮かばないのだから仕方がない。それに毎年のこととはいえ、ずっとこれを放置している訳にもいかない。何故ならこの暴れ餅、この辺り一帯の魔物よりはるかに強い魔力を持っているのである。食べ物の魔力が魔物を凌駕するとはこれ如何に。改めて考えてもやはり意味が分からないが、これ以上被害を拡大させる訳にもいかないので担いでいた斧を抜刀する。

「そこまでいったらもうある種の災害ではないのかな」

ため息を吐きながら再びもっともな指摘をしつつサリャク神も杖を抜く。とりあえず無作為に暴れまわっている餅の意識を僕に向けさせるためにエーテルを練った一撃を投げつけ、そのまま引き付けながら餅の周囲を走りつつ合間合間に斧を振り下ろしていくのだが、いかんせん弾力と独特の粘り気があるせいでまるで手応えが感じられない。餅の後ろから知神も魔法で攻撃してくれているが、こちらも成果は思わしくないようだ。それでも一応ある程度までは追い込めているようで、自分の劣勢を悟ったらしき餅が自らの身体を分裂させて周りにばら撒き始めた。

「うわ熱っつ!」
「……これはプリン種を相手取っている方がいくらもマシというものだね……」

“できたて”だから故か、それともその魔力のせいなのか。直接触れた訳でもないのに熱気がすごい。直撃を受けたら生半可な火傷では済まなさそうな気配がビンビンする。しかしこの状況、本来ならば各個撃破といきたいところだがそれでは恐らく掃討が追いつかない。

……これは親分共々まとめて相手取るしかないか。

僕は腹を決めて、斧を大地に叩きつけて衝撃波を発生させた。周りの敵意がこちらに向いたことを確認しつつ斧を振りかざして追撃を入れる。それに反撃する大小様々な餅の攻撃と熱が僕に降り掛かってくるが、雄叫びを上げて自らに激を入れることで身の裡に眠る原初の力を開放、その血を湧き立たせることで相殺する──正確には麻痺させている、の方が正しいかもしれない。
そうやって時には遠心力も利用しながら斧を振り回し、またある時は僕の全体重をかけて斧を振り下ろし続けたのだが、流石に原初の力を利用し続けるのにも限界が近付いてくる。餅の方も最初に比べればだいぶ消耗してはいるものの、まだ多少の余力が残っているようだ。オーバーヒートすれすれの頭で次の手を考えていると、どこからか湧き上がった水が僕の身体を癒やし守るように包み込む。

「次で決めるぞ!私に合わせろ!」

普段の立ち振る舞いからは想像もできないような大声でサリャク神が叫ぶ。そのまま彼が魔力をものすごい勢いで練り始めると同時に周りの外気が一気に冷え込んでいく。……流石知識を司る神、魔力の量が凄まじいのに扱いがとんでもなく滑らかだ。その冷気に耐えられなくなってきたのか、餅の動きが目に見えて鈍くなってくるのが分かる。まもなく来るであろう“その時”に備えて、僕は餅から可能な限り距離を取った。

「今だ!」

号令を合図に身体全体をバネのようにして飛び上がり、最も高いところで斧を振り下ろしてその勢いを利用し身体を回転させる。回転の勢いと高低差を利用した渾身の一撃を叩き込んだ反動で僕が離れた直後に、巨大かつ鋭利な氷の塊が餅に突き刺さる。それがとどめとなって、ようやく今回の暴れ餅騒動は収束したのであった。


□■□■


「やれやれ、とんだ異文化体験だったね」

サリャク神が些かくたびれたように首を振る。まあ確かに初体験にしては中々インパクトがある……ちょっとあり過ぎる体験だったかも知れない。苦笑しながらポンポン、と労うように知神の足を叩きつつやって来たのは国際街商通り。お土産にもらった餅の味付けに使う食材を見繕いに来たという訳だ。
普段からリムサ・ロミンサは海路を通じて東方との貿易が盛んな土地ではあるが、降神祭の季節はいつも以上に東方からの品が多く並ぶ。東方の方も商機と捉えているのか、この時期にしか見られないような品がちょこちょこあったりして面白いのである。そんな会話を交わしながら店を見て回り、調味料だけでなく食材も買い込んでいく。

「それにしてもたくさん買い込んだね。消費し切れるのかい?」
「えっ、せっかくの餅食べていかないんですか?」
「えっ」
「僕そのつもりで食材買ってたんですけど」

驚いたような顔をして彼が僕の顔を見つめる。まさか誘われるとは思っていなかったのだろう。知神はしばしそのまま固まっていたが、やがてにっこり笑うと、「では、お言葉に甘えよう」と頷いた。



リムサ・ロミンサの船着場から小舟に乗り、冒険者居住区であるミストヴィレッジへ。居住区側の船着場から出発して、緩い坂を登った先に僕の家がある。庭先を興味深そうに眺めながら、サリャク神が言う。

「思っていたよりもこじんまりとした家なのだね」
「ここより大きい土地も買えなくはないんですけど、あまり大きすぎても持て余しますから。それにこの立地が気に入ってるのもありますし」
「なるほど」

ドアを開け、知神を迎え入れる。毎年この時期はささやかながらではあるが東方の家具を使った内装にしているのもあってか、こちらも興味津々といった面持ちで室内を見渡している。

「僕の背丈に合わせた内装なのでご不便おかけするとは思いますが、そこはご容赦を」
「それは普通のことだろう?気にすることはない」
「ありがとうございます」
「ところでこれはどう座ったらいいんだい?」

サリャク神が指差す先には炬燵。確かに慣れてないと分からないよなあアレは……と思いながら説明し、僕は買ってきた食材を台所に持っていく。その後ろで恐る恐る炬燵に足を入れてみたらしき知神がおお……と感嘆の声を漏らすのが聞こえた。どうやらお気に召したらしい。一通り片付け終わってから、餅と味付けの調味料を持って炬燵へ向かう。
横に置いておいた七輪と呼ばれる小さめの陶器でできた壺の上に細かい網を置き、さらにその上に網にくっつかないように不燃紙を敷いて餅を置いて暖め始めるとそのうちに餅が膨らみ始める。

「……なんだかすごいことになっているが、これは大丈夫なのか?」
「大丈夫です、むしろ食べ頃ですね」

ちょうどよい頃合いに焼けた餅を皿に移し替え、別の小皿に砂糖と醤油と呼ばれる豆を発酵させて作られた調味料を混ぜ合わせておいたものと共にサリャク神に差し出す。知神は餅を前に戸惑っていたようだが、お手本代わりに僕が食べているのを見て、意を決したように同じように口に運んだ。と同時に目を見開く。あ、これはクリダイ乗ったな。

「これは……罪の味じゃないか……?」
「美味しいでしょ」
「うむ」

砂糖の甘さと醤油の辛さがいい塩梅に合わさって、ありきたりな感想ではあるがこれが大変美味しいのである。そうやって食べつつ新しい餅を追加で焼いていく間に最初に焼いた分が無くなったので、新しい味付けの準備を開始する。炒った豆をすり潰して作って粉にしたものに少量の砂糖と塩を加えてよく混ぜ合わせて、焼いた餅にまぶして食べるのである。

「この粉は見慣れないが、これもまた違った味わいで美味だね」
「こっちは中々エオルゼアで見かけませんから」

小休止にお茶を出し、僕は一度席を立つ。お腹も程よく膨れたし、そろそろお酒の準備を始めようかという訳だ。水を張った鍋を火にかけて沸騰したところで止め、その中に酒を注いでおいた徳利と呼ばれる器を入れて少し待つ。程よい熱さになっているのを確認して引き揚げたら、飲むために使うお猪口と共に炬燵に持っていく。
サリャク神にお猪口を渡し、それに酒を注いだのち自分の分にも同じように注いで簡単に乾杯をする。くいっといい飲みっぷりを見せた知神のお猪口におかわりを注ぎつつ、やんわりと申し添えておく。

「呑みやすいでしょ」
「これはいくらでもいけそうだね」
「だから小さい器で少しずつ呑むんですよ。一気に呑んだらもったいないし、その分回るのも早いですから。それはそれとして……」

一応の注意事項も伝えたことだし、ということで先程の暴れ餅との戦いで見た魔力の操作について質問することにした。最近は斧を振り回してることが多いが、やはり本職魔道士としてあれは気になる。それに知神から直々に講義を受けられる機会もそうそうないだろう。


□■□■


 魔法についての講義と談義が盛り上がってしばらくした頃、サリャク神の様子がおかしいことに気が付いた。“おかしい”というより“酔いが回っている”と形容するのが正しいか。まあ、呑み慣れないであろう酒な上に呑んでるペースも結構早かったからな。

……これはちょっと寝かせますか。

僕は立ち上がり、倉庫から布団を取り出して布団を炬燵の近くの床に敷き、酔い潰れがかっているサリャク神を炬燵から引っ張りだす。

「少しばかり呑みすぎましたね。ちょっと横になった方がいいと思います」
「……すまないね、世話になるよ……」

呂律の回ってない舌で詫びてくる知神を宥めつつ布団まで持っていく。ベッドと違って布団はそのまま寝れるのがいい。神であってもそれは変わらないようで、布団に転がしたことで力尽きたのかすぐに小さな寝息が聞こえてきた。それを聞きながら軽くため息をついたところに鳴る家の呼び鈴。随分タイミングが良すぎるが、一体誰が。そう思いながら、僕は玄関に向かった。





──Fin
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