Bystander Journey
「……はい?」
「だからな、私を人が守護天節と呼ぶ催しに連れて行って欲しいのだ」
……ひょんなことから神々と縁ができてから、このような突拍子もないわがまま、もとい、頼みを受けることがちょこちょこ出てきた。神々の頼みは大体唐突なのでほぼ確実に一度は聞き返すことになる。今回もご多分に漏れず呆気に取られてる僕の目の前におわすのはサリャク神だ。
それにしても何故守護天節。確かに今絶賛開催中だが。というか十二神と守護天節って一番相性悪いのでは?
「あのう……守護天節ってどういうイベントかご存じですか?」
「この時期聖人たちは飲めや歌えやの宴を開く。その間、加護の力が弱まる隙を狙って魔物たちが暴れるので人々は家にこもってやり過ごしていたが、今では冒険者の活躍のおかげで人々も同じように祝祭を開けるようになった……というものだろう」
「よくご存知で」
「ふふ、人の子の営みはずっと見てきたからね」
「なんでまた行こうと思われたんです?」
僕の問いにサリャク神はおもむろに腕組みをして、何か言いたげに見つめ返してきた。な、何かしましたっけ。思い当たる節はないはずだが思わず自分の来し方を振り返ってしまう。
「……先立って汝らは土天と氷天を回ってきたであろう」
「え、ええ」
「アルジクとの手合わせの際、ニメーヤが乱入してきたのは覚えているかい?」
「ありましたね……」
「ニメーヤはそのまま秘石巡りにも同行していただろう?」
あ、何となく話の筋が読めてきたぞ。あの時も留守を押し付け──いや任されたサリャク神とリムレーン神がどう思っているのか少々心配だったんだよな。話しててひしひしと感じるが、表に出す程度の差こそあれこの神々は人のことが好きで好きでたまらないといったところがある。状況が許せばついていきたかったんでしょ貴方。
「他の者たちは多かれ少なかれ人の子と接点があるのに我々だけないのでね……この機会にというわけだ」
やっぱり。
「えっと……他の神々はお許しになられたので……?特にノフィカ様」
「ふふふ、そこはそれ。『充分に話し合って』、皆了承済みさ」
「そ、それならいいんですけど……」
……というわけで、なし崩し的に僕も守護天節への同行を受諾する羽目になってしまった。知神恐るべし。
□■□■
この時期のグリダニアは街のあちこちにカボチャの飾り付けを始めとした“ちょっと怖くて可愛い”装飾に彩られている。そんな街の中心といっても過言ではないエーテライトプラザで知神を待つ。
「やあ、待たせたね」
「いえ、僕も着いたばかりですから」
どんな格好で来るのかと少しばかりハラハラしていたのだが、サリャク神は白地に青のラインが入ったシンプルなローブの背中にこれまたシンプルな杖を背負った姿で現れた。知らない人が見れば完全に冒険者だと思うのではないか?杖の形は幻術士たちが使うケーンのように見えるが、そこは知神、おそらくラハの杖のように幻術・呪術両方で使うことが可能なのだろう。下手したら巴術もいけるかもしれない。
しかしどうしたものか。同行を受諾はしたものの、結局何もプランらしいプランは思いつかなかった。こうなったら行きあたりばったりで起こる出来事に身を委ねるしかない。
「そうしたら……とりあえずまずは街を周ることにしますか」
「ああ、任せるよ」
こういうイベント事で一番活気づくのはどこの街も市場だと相場が決まっている。ということで、まずはグリダニアで最も店が軒を連ねる旧市街の商店街へ。お国柄故か他の二国に比べればやや大人しいところはあるが、それでも人が集まりいつも以上の賑わいを呈している。店先に並ぶ商品にも守護天節にちなんだものが揃っており、子供だけでなく大人も興味深そうにのぞき込んでいた。
「ふむ……あれだけの災厄の後だったのだ、人の子らも少なからず落ち込んでいるのではないかと心配していたのだが……杞憂だったようだ」
「むしろ乗り越えられたからこその活気とも言えるでしょうね」
「なるほど」
「その人を捕まえてぇぇぇ!」
突如聞こえた悲鳴のような声の方を振り向くと、荷物を抱えた男がこちらに向かって走ってくるのが見えた。抱えている荷物は持ち主に似合っているとは言い難い女性物の鞄。ひったくりか!
「どけえええ!」
武器を抜刀しようにも狭い商店街の中で振り回すわけにもいかず、かといってこのままではみすみす逃してしまいかねない。怒鳴りながら突進してくる男を睨みつけながら如何にして捕まえようかと思案していると、隣にいるサリャク神が背中の杖を抜くのが見えた。
「地よ、仇なす者の足を絡めよ」
囁くような詠唱と共に男の少し先に魔法が展開される。黒く渦巻くような見た目のそれはヘヴィの魔法だ。全速力で逃げていた男はその範囲に勢いよく突っ込んで──その勢いのままに転倒した。そりゃそうだ、急にヘヴィの魔法を足元にかけられても身体全体の勢いはすぐに止められるわけではない。
転倒した隙を逃さず男に馬乗りになり、そのまま動きを封じる。後ろからばたばたと数人が走り寄って来る音が聞こえる。
「不届き者の確保、感謝する」
「いえ、できることをしただけですから。あとはよろしくお願いします」
「うむ、心得た。……さあ立て、話は詰所でしっかり聞かせてもらうからな」
駆けつけた鬼哭隊の人に男を引き渡す。引っ立てられていく男とすれ違いに被害者の女性がおずおずとやって来た。サリャク神が回収した鞄を渡す。
「あの……先程はありがとうございました」
「なに、できることをしたまで。もう大丈夫とは思うが、気をつけるのだぞ」
「はい、そうすることにします」
何度も頭を下げながら去っていく女性を二人で手を振りながら見送る。
「ふう、とんだアクシデントでしたね。ちょっとどうしようかと悩んでたんです、ありがとうございます」
「そうは言いつつも即座にあの者を取り押さえる手際、手慣れていたね」
「まあそういう稼業ですから」
「ふふ、謙遜はよしたまえ。では、私たちも行くとしようか」
「はい」
紫檀商店街から木陰の東屋を抜け、革細工ギルドなどがある方面へ。グリダニアでイベントがある時はミィ・ケット野外音楽堂を中心に行われるのでそこを見に行こうというわけだ。しかし中心部に近付くにつれサリャク神は何か気になることがあるようで、しきりに辺りを見回している。
「どうかしましたか?」
「いや……何でもない。先に進もうか」
気取られない程度に周囲を警戒するサリャク神を見上げて問いかけたが、首を横に振るだけで流されてしまった。……が、直後に僕たちは意外──ある意味では意外ではないのだが──な人物に会うことになる。
□■□■
「クスクス……」
聞き覚えのある笑い声がしたのでそちらの方を向くと、なんと今回の守護天節を主催するパンプキンヘッドの魔人がいるではないか。どこかで会うことになるだろうと密かに思ってはいたのだが、まさかここで会おうとは。サリャク神も怪訝そうな表情で彼女を見つめている。もっとも、知神の場合は外見というより彼女の持つ特性というか、魔力というか……に反応しているのだろうけども。
「意外な人にここで会えるとは思わなかったわ。この間は手伝ってくれてどうもありがとう」
「いえいえ、あのくらいお安い御用ですよ」
「クスクス……そう言ってもらえると嬉しいわ」
「…………」
「……それにしても、今回“変わった人”を連れているのね?」
「そういう汝も随分と“変わっている”ように見受けられるが」
口調こそ穏やかなものの、お互い警戒心全開で睨み合っている。こうなりそうだなと思ってたからちょっと嫌だったんだ。とはいえ、会ってしまったものは仕方ないので双方の間に割って入る。
「まあまあ、落ち着いて。二人とも喧嘩しに来たわけではないでしょう?」
「…………」
「…………」
「ここはお互いを知る僕の顔に免じてひとつ、ということで、ね?」
これ以上ゴチャゴチャ言うなら貴方がたでも容赦しませんよ、という気持ちを笑顔の裏にこれでもかと出す。流石に伝わったのか、二人が目に見えて怯むのが分かった。ちょっとやりすぎたかしら。
「コホン……いいタイミングで会えたことだし、貴方たちにお願いがあるの」
「お願い?」
気を取り直したらしいパンプキンヘッドの魔人は頷くと、僕たちに杖を差し出してきた。魔人の魔力と術式が込められたそれは、魔物に向かって振ると魔物をカボチャへ変えることができるというものだ。少し前に、パパ・ブルーセと共に街に入り込んだ魔物たちをカボチャにしていったことを思い出す。
「また懲りずに街に入り込んだ子たちがいるみたいでね……この前みたいにカボチャにしてもらえると助かるわ。回収は私に任せてもらって構わないから」
「ふむ……身動きを封じるだけでいいのか?」
「ええ、そういう“ほどほどに怖くて楽しい見せ物”として行っているの」
「なるほど」
納得したのかサリャク神が杖を受け取ったので、僕も倣って杖を受け取る。
「ああ、それと」
「?」
「貴方たちは気付いているのかも知れないけど……今回街に入り込んだ子の中に少しばかり力のある子がいるみたい。きっとその実力をもってすれば討伐は簡単なのだろうけど、街中でもあるしできれば穏便に済ませて欲しいの。いいかしら」
「分かりました、可能な限り善処しましょう」
「クスクス……お願いね」
そう言うとパンプキンヘッドの魔人はゆったりとした足取りで歩き去っていった。その後ろ姿を見つめるサリャク神の顔を見上げる。
「だからさっきからしきりに辺りを見渡してたんですね」
「うむ……汝は気にしていないようだったのでな、私からすればそちらの方が疑問だったのだよ」
「ああ、この時期に魔物が入り込んでるのは“割とよくあること”なので」
「……それもどうなのかと思うが」
「守護天節という祝祭の歴史的な特徴故ですから。それはさておき、早速魔物たちを探しに行きましょう」
□■□■
それから僕たちは手分けして街中の魔物たちをカボチャにして回った。……それにしても、知神がステッキをくるくると回して魔物をカボチャに変える様は(こう言ってはなんだが)なかなか新鮮なものがある。いや恐らく他の神々でも同じことを思うのだろうとは思うが、個人的な印象として時神と並んで“こういうこと”をしそうにない神だからこそ余計にそう思うのかも知れない。
そして今、僕たちはパンプキンヘッドの魔人が言っていた『少しばかり力のある子』と思しき魔物と相対している。
「ふむ……こやつがあの者が言っていた魔物で間違いないようだな」
「そうですね、こいつが今まで見た中で一番力があるようですし」
細い路地のそばに所々空いている窪みの中のひとつにそいつは潜んでいた。鬼哭隊や神勇隊に見つかれば間違いなくひと騒動起こるだろう。その前に何とかしなくては。しかし生半可に魔物に力があるせいで、普通におまじないをかけただけでは弾かれてしまう。さてどうしたものかと悩んでいると、サリャク神が一歩前に進み出た。
「人の子よ、ここは私に任せてはくれまいか」
「え?ええ……分かりました」
戸惑いながらも頷き、僕は逆に一歩下がった。魔物はサリャク神を見据えて不敵な笑みを浮かべている。僕のおまじないを弾いたことで勢いづいているようだ。
「ドウした?ヒトの力なンテそンナものカ?」
「ふっ……あまり人の子の力を舐めない方がいい」
言いながらサリャク神がステッキを回し始めた。その過程で、ステッキが今までとは違う輝きを帯び始める。それを強めるためかいつもより長めに回したステッキを振ると、一際強い輝きを放つ光が魔物に向かって飛んでいく。
「ナ、ナンだこノ光は!?グアァァァ!」
魔物は輝きに包まれながらもしばし抵抗していたが、それも虚しくすぐにカボチャと化した。ここまで気にしていなかったのだが、カボチャのサイズは魔物の力に比例するのだろうか?どう見ても今までで一番大きなカボチャな気がする。
などと考えていたら、後ろから手を叩く音がした。振り向くと、パンプキンヘッドの魔人が僕たちに向かって拍手していた。
「クスクス……お見事」
「なに、汝の術あってこそ。……よく考えてある術式だ」
「お褒めに与かり光栄だわ。この子を抑えることができたのは貴方たちのおかげよ、ありがとう」
パンプキンヘッドの魔人はカボチャに近づくと、他のものより二周りは大きいそれを抱え上げる。流石にちょっと重たそうだ。しかしこればかりは“専門家”の力がなければどうにもならないので軽々しく手伝うとも言えないのがもどかしい。
「それはどうするつもりだ?」
「いずれは戻してあげるけど……しばらくはこの姿で祝祭を楽しんでもらうことにするわ」
「下手にどうこうするよりも彼女に委ねた方が安全です。任せましょう」
「ふむ、汝がそう言うのならば私に異存はないよ」
「クスクス……ありがとう。二人はまだ街を見て回るのでしょう?守護天節、楽しんでいってね」
そう言うと、パンプキンヘッドの魔人はカボチャを抱えて何処かへと去っていった。その姿を二人で見送る。
「やれやれ、思わぬ展開にはなったが楽しかったよ」
「ふふふ、そう言って頂けたなら幸いです」
さて、これからどうしたものかと考えていると、ふと数日前に聞いた話を思い出した。一仕事終わったとこだしちょうどいいのでは。
「あ、そういえば」
「ん?」
「カーラインカフェという店があるんですけどね、そこでこの時期限定の甘味を出しているらしいんですよ」
「ほう?それは興味深い。行ってみようではないか」
「決まりですね。早速行きましょう」
思いがけず乗り気な返答も得られたことだし善は急げ、ということで僕たちはカーラインカフェを目指し都市内エーテライトがある大通りへ向かうことにした。
──fin
「だからな、私を人が守護天節と呼ぶ催しに連れて行って欲しいのだ」
……ひょんなことから神々と縁ができてから、このような突拍子もないわがまま、もとい、頼みを受けることがちょこちょこ出てきた。神々の頼みは大体唐突なのでほぼ確実に一度は聞き返すことになる。今回もご多分に漏れず呆気に取られてる僕の目の前におわすのはサリャク神だ。
それにしても何故守護天節。確かに今絶賛開催中だが。というか十二神と守護天節って一番相性悪いのでは?
「あのう……守護天節ってどういうイベントかご存じですか?」
「この時期聖人たちは飲めや歌えやの宴を開く。その間、加護の力が弱まる隙を狙って魔物たちが暴れるので人々は家にこもってやり過ごしていたが、今では冒険者の活躍のおかげで人々も同じように祝祭を開けるようになった……というものだろう」
「よくご存知で」
「ふふ、人の子の営みはずっと見てきたからね」
「なんでまた行こうと思われたんです?」
僕の問いにサリャク神はおもむろに腕組みをして、何か言いたげに見つめ返してきた。な、何かしましたっけ。思い当たる節はないはずだが思わず自分の来し方を振り返ってしまう。
「……先立って汝らは土天と氷天を回ってきたであろう」
「え、ええ」
「アルジクとの手合わせの際、ニメーヤが乱入してきたのは覚えているかい?」
「ありましたね……」
「ニメーヤはそのまま秘石巡りにも同行していただろう?」
あ、何となく話の筋が読めてきたぞ。あの時も留守を押し付け──いや任されたサリャク神とリムレーン神がどう思っているのか少々心配だったんだよな。話しててひしひしと感じるが、表に出す程度の差こそあれこの神々は人のことが好きで好きでたまらないといったところがある。状況が許せばついていきたかったんでしょ貴方。
「他の者たちは多かれ少なかれ人の子と接点があるのに我々だけないのでね……この機会にというわけだ」
やっぱり。
「えっと……他の神々はお許しになられたので……?特にノフィカ様」
「ふふふ、そこはそれ。『充分に話し合って』、皆了承済みさ」
「そ、それならいいんですけど……」
……というわけで、なし崩し的に僕も守護天節への同行を受諾する羽目になってしまった。知神恐るべし。
□■□■
この時期のグリダニアは街のあちこちにカボチャの飾り付けを始めとした“ちょっと怖くて可愛い”装飾に彩られている。そんな街の中心といっても過言ではないエーテライトプラザで知神を待つ。
「やあ、待たせたね」
「いえ、僕も着いたばかりですから」
どんな格好で来るのかと少しばかりハラハラしていたのだが、サリャク神は白地に青のラインが入ったシンプルなローブの背中にこれまたシンプルな杖を背負った姿で現れた。知らない人が見れば完全に冒険者だと思うのではないか?杖の形は幻術士たちが使うケーンのように見えるが、そこは知神、おそらくラハの杖のように幻術・呪術両方で使うことが可能なのだろう。下手したら巴術もいけるかもしれない。
しかしどうしたものか。同行を受諾はしたものの、結局何もプランらしいプランは思いつかなかった。こうなったら行きあたりばったりで起こる出来事に身を委ねるしかない。
「そうしたら……とりあえずまずは街を周ることにしますか」
「ああ、任せるよ」
こういうイベント事で一番活気づくのはどこの街も市場だと相場が決まっている。ということで、まずはグリダニアで最も店が軒を連ねる旧市街の商店街へ。お国柄故か他の二国に比べればやや大人しいところはあるが、それでも人が集まりいつも以上の賑わいを呈している。店先に並ぶ商品にも守護天節にちなんだものが揃っており、子供だけでなく大人も興味深そうにのぞき込んでいた。
「ふむ……あれだけの災厄の後だったのだ、人の子らも少なからず落ち込んでいるのではないかと心配していたのだが……杞憂だったようだ」
「むしろ乗り越えられたからこその活気とも言えるでしょうね」
「なるほど」
「その人を捕まえてぇぇぇ!」
突如聞こえた悲鳴のような声の方を振り向くと、荷物を抱えた男がこちらに向かって走ってくるのが見えた。抱えている荷物は持ち主に似合っているとは言い難い女性物の鞄。ひったくりか!
「どけえええ!」
武器を抜刀しようにも狭い商店街の中で振り回すわけにもいかず、かといってこのままではみすみす逃してしまいかねない。怒鳴りながら突進してくる男を睨みつけながら如何にして捕まえようかと思案していると、隣にいるサリャク神が背中の杖を抜くのが見えた。
「地よ、仇なす者の足を絡めよ」
囁くような詠唱と共に男の少し先に魔法が展開される。黒く渦巻くような見た目のそれはヘヴィの魔法だ。全速力で逃げていた男はその範囲に勢いよく突っ込んで──その勢いのままに転倒した。そりゃそうだ、急にヘヴィの魔法を足元にかけられても身体全体の勢いはすぐに止められるわけではない。
転倒した隙を逃さず男に馬乗りになり、そのまま動きを封じる。後ろからばたばたと数人が走り寄って来る音が聞こえる。
「不届き者の確保、感謝する」
「いえ、できることをしただけですから。あとはよろしくお願いします」
「うむ、心得た。……さあ立て、話は詰所でしっかり聞かせてもらうからな」
駆けつけた鬼哭隊の人に男を引き渡す。引っ立てられていく男とすれ違いに被害者の女性がおずおずとやって来た。サリャク神が回収した鞄を渡す。
「あの……先程はありがとうございました」
「なに、できることをしたまで。もう大丈夫とは思うが、気をつけるのだぞ」
「はい、そうすることにします」
何度も頭を下げながら去っていく女性を二人で手を振りながら見送る。
「ふう、とんだアクシデントでしたね。ちょっとどうしようかと悩んでたんです、ありがとうございます」
「そうは言いつつも即座にあの者を取り押さえる手際、手慣れていたね」
「まあそういう稼業ですから」
「ふふ、謙遜はよしたまえ。では、私たちも行くとしようか」
「はい」
紫檀商店街から木陰の東屋を抜け、革細工ギルドなどがある方面へ。グリダニアでイベントがある時はミィ・ケット野外音楽堂を中心に行われるのでそこを見に行こうというわけだ。しかし中心部に近付くにつれサリャク神は何か気になることがあるようで、しきりに辺りを見回している。
「どうかしましたか?」
「いや……何でもない。先に進もうか」
気取られない程度に周囲を警戒するサリャク神を見上げて問いかけたが、首を横に振るだけで流されてしまった。……が、直後に僕たちは意外──ある意味では意外ではないのだが──な人物に会うことになる。
□■□■
「クスクス……」
聞き覚えのある笑い声がしたのでそちらの方を向くと、なんと今回の守護天節を主催するパンプキンヘッドの魔人がいるではないか。どこかで会うことになるだろうと密かに思ってはいたのだが、まさかここで会おうとは。サリャク神も怪訝そうな表情で彼女を見つめている。もっとも、知神の場合は外見というより彼女の持つ特性というか、魔力というか……に反応しているのだろうけども。
「意外な人にここで会えるとは思わなかったわ。この間は手伝ってくれてどうもありがとう」
「いえいえ、あのくらいお安い御用ですよ」
「クスクス……そう言ってもらえると嬉しいわ」
「…………」
「……それにしても、今回“変わった人”を連れているのね?」
「そういう汝も随分と“変わっている”ように見受けられるが」
口調こそ穏やかなものの、お互い警戒心全開で睨み合っている。こうなりそうだなと思ってたからちょっと嫌だったんだ。とはいえ、会ってしまったものは仕方ないので双方の間に割って入る。
「まあまあ、落ち着いて。二人とも喧嘩しに来たわけではないでしょう?」
「…………」
「…………」
「ここはお互いを知る僕の顔に免じてひとつ、ということで、ね?」
これ以上ゴチャゴチャ言うなら貴方がたでも容赦しませんよ、という気持ちを笑顔の裏にこれでもかと出す。流石に伝わったのか、二人が目に見えて怯むのが分かった。ちょっとやりすぎたかしら。
「コホン……いいタイミングで会えたことだし、貴方たちにお願いがあるの」
「お願い?」
気を取り直したらしいパンプキンヘッドの魔人は頷くと、僕たちに杖を差し出してきた。魔人の魔力と術式が込められたそれは、魔物に向かって振ると魔物をカボチャへ変えることができるというものだ。少し前に、パパ・ブルーセと共に街に入り込んだ魔物たちをカボチャにしていったことを思い出す。
「また懲りずに街に入り込んだ子たちがいるみたいでね……この前みたいにカボチャにしてもらえると助かるわ。回収は私に任せてもらって構わないから」
「ふむ……身動きを封じるだけでいいのか?」
「ええ、そういう“ほどほどに怖くて楽しい見せ物”として行っているの」
「なるほど」
納得したのかサリャク神が杖を受け取ったので、僕も倣って杖を受け取る。
「ああ、それと」
「?」
「貴方たちは気付いているのかも知れないけど……今回街に入り込んだ子の中に少しばかり力のある子がいるみたい。きっとその実力をもってすれば討伐は簡単なのだろうけど、街中でもあるしできれば穏便に済ませて欲しいの。いいかしら」
「分かりました、可能な限り善処しましょう」
「クスクス……お願いね」
そう言うとパンプキンヘッドの魔人はゆったりとした足取りで歩き去っていった。その後ろ姿を見つめるサリャク神の顔を見上げる。
「だからさっきからしきりに辺りを見渡してたんですね」
「うむ……汝は気にしていないようだったのでな、私からすればそちらの方が疑問だったのだよ」
「ああ、この時期に魔物が入り込んでるのは“割とよくあること”なので」
「……それもどうなのかと思うが」
「守護天節という祝祭の歴史的な特徴故ですから。それはさておき、早速魔物たちを探しに行きましょう」
□■□■
それから僕たちは手分けして街中の魔物たちをカボチャにして回った。……それにしても、知神がステッキをくるくると回して魔物をカボチャに変える様は(こう言ってはなんだが)なかなか新鮮なものがある。いや恐らく他の神々でも同じことを思うのだろうとは思うが、個人的な印象として時神と並んで“こういうこと”をしそうにない神だからこそ余計にそう思うのかも知れない。
そして今、僕たちはパンプキンヘッドの魔人が言っていた『少しばかり力のある子』と思しき魔物と相対している。
「ふむ……こやつがあの者が言っていた魔物で間違いないようだな」
「そうですね、こいつが今まで見た中で一番力があるようですし」
細い路地のそばに所々空いている窪みの中のひとつにそいつは潜んでいた。鬼哭隊や神勇隊に見つかれば間違いなくひと騒動起こるだろう。その前に何とかしなくては。しかし生半可に魔物に力があるせいで、普通におまじないをかけただけでは弾かれてしまう。さてどうしたものかと悩んでいると、サリャク神が一歩前に進み出た。
「人の子よ、ここは私に任せてはくれまいか」
「え?ええ……分かりました」
戸惑いながらも頷き、僕は逆に一歩下がった。魔物はサリャク神を見据えて不敵な笑みを浮かべている。僕のおまじないを弾いたことで勢いづいているようだ。
「ドウした?ヒトの力なンテそンナものカ?」
「ふっ……あまり人の子の力を舐めない方がいい」
言いながらサリャク神がステッキを回し始めた。その過程で、ステッキが今までとは違う輝きを帯び始める。それを強めるためかいつもより長めに回したステッキを振ると、一際強い輝きを放つ光が魔物に向かって飛んでいく。
「ナ、ナンだこノ光は!?グアァァァ!」
魔物は輝きに包まれながらもしばし抵抗していたが、それも虚しくすぐにカボチャと化した。ここまで気にしていなかったのだが、カボチャのサイズは魔物の力に比例するのだろうか?どう見ても今までで一番大きなカボチャな気がする。
などと考えていたら、後ろから手を叩く音がした。振り向くと、パンプキンヘッドの魔人が僕たちに向かって拍手していた。
「クスクス……お見事」
「なに、汝の術あってこそ。……よく考えてある術式だ」
「お褒めに与かり光栄だわ。この子を抑えることができたのは貴方たちのおかげよ、ありがとう」
パンプキンヘッドの魔人はカボチャに近づくと、他のものより二周りは大きいそれを抱え上げる。流石にちょっと重たそうだ。しかしこればかりは“専門家”の力がなければどうにもならないので軽々しく手伝うとも言えないのがもどかしい。
「それはどうするつもりだ?」
「いずれは戻してあげるけど……しばらくはこの姿で祝祭を楽しんでもらうことにするわ」
「下手にどうこうするよりも彼女に委ねた方が安全です。任せましょう」
「ふむ、汝がそう言うのならば私に異存はないよ」
「クスクス……ありがとう。二人はまだ街を見て回るのでしょう?守護天節、楽しんでいってね」
そう言うと、パンプキンヘッドの魔人はカボチャを抱えて何処かへと去っていった。その姿を二人で見送る。
「やれやれ、思わぬ展開にはなったが楽しかったよ」
「ふふふ、そう言って頂けたなら幸いです」
さて、これからどうしたものかと考えていると、ふと数日前に聞いた話を思い出した。一仕事終わったとこだしちょうどいいのでは。
「あ、そういえば」
「ん?」
「カーラインカフェという店があるんですけどね、そこでこの時期限定の甘味を出しているらしいんですよ」
「ほう?それは興味深い。行ってみようではないか」
「決まりですね。早速行きましょう」
思いがけず乗り気な返答も得られたことだし善は急げ、ということで僕たちはカーラインカフェを目指し都市内エーテライトがある大通りへ向かうことにした。
──fin