Bystander Journey

「彼ら」はいよいよ追い詰められつつあった。
属州から強制的に徴兵され、故郷から遠く離れたドマの地で代理総督のもと、自分たちと同じように望みもしない兵役と弾圧をこの地の民に強い続けること数年。……正直言って気が進まない任務だったが、逆らえば自らの命がないのだ。逃げようにも異郷の地には頼れるあてなどあるはずもなく。
そんな、どこを向いても地獄のような世界はある日突然終わりを告げた。新しい地獄を伴って。

……今思えば予感はあったのだ。ある時から見慣れない人間がドマの地をうろついているようだ、という報告が時折上がっていた。そしてまたある時からは自分たちと同じく生きる屍のように過ごしていたここの民がにわかに活気づいている、反乱に警戒すべし、とも。もっともガレアン人の上官はまだ反乱なんぞ起こそうという気があったのか……と半ば呆れるように感心していたものだ。
あの時のあれほど誇りと尊厳を踏みにじってやったのに、と言いたげにせせら笑う声音と態度を隠しもしていなかったことを今でも覚えている自分にも呆れたくなるが……。その上官も反乱軍のドマ城攻めであっけなく死んだ。それだけ彼らは本気だったということだろう。“蛮族の英雄”を呼び、数年前の反乱ですらやらなかった水攻めさえしたのだから。



 突然の水攻めと反乱軍の突入で混乱する城内から寄せ集めの面々で命からがら逃げ出すことに成功した俺たちを待っていたのは、好転する見込みすら見つけられない閉塞した日々だった。……いや、「閉塞している」という意味では昔もそうだ。しかしそれでも『ガレマール帝国兵』という、絶対に殴られないある種の特権階級である立場と一応の配給などがあったことを思えばまだマシだっただろう。それがどうだ、今はそれすらもない。むしろドマの民に見つかろうものなら今までの怨嗟を晴らすがごとく袋叩きに遭うのが目に見えている。
まともな食事などいつから摂っていないだろう。帝国がこの地を制圧した際に野盗化し、また放置し続けた人狼族がいるせいで日々の食料を賄うことさえままならない。一度は決死の覚悟でクガネに渡り、大使館に保護を願おうとしたのだが、俺たちが属州民だと知るやいなや奴らは門前払いしやがった。現地の傭兵として雇っていた紅甲羅の連中も旗色が悪くなったと分かった途端知らぬ存ぜぬだ。
こうなりゃどうにかして金を手に入れて海を渡り、心機一転やり直すしか道はない。幸か不幸か、第XII軍団の中でもずっとドマに駐屯していた部隊に属してた俺たちはエオルゼアでの従軍経験がない。海さえ渡れれば偽名でも何でも使ってやり直すこともできるはずだ。そう決めた俺たちは紅玉海で手頃な商船を襲い、積荷と船員を人質に取って商会に身代金を要求することにした。返してほしければ金を寄越せと。


□■□■


 ハンコック・フィッツジェラルドは部下から報告を聞きながら思案していた。星を救った英雄が手代であるキキモと海賊衆の勘定方との縁を取りなしてくれたおかげで始まった取引に向かった船が何者かに襲われたというのだ。しかも襲った犯人は船員を手にかける訳でも積荷を奪う訳でもなく、金を要求しているという。言わば身代金といったところか。

(これは困りましたね……)

これが紅甲羅ならそのまま宝物殿に納めるはずなので金を要求する理由が分からない。同じコウジン族でも碧甲羅は取引相手なのでそんなことをする必要がない。他の集落も取引こそないが、どこも一様に帝国の支配から開放されて以降、徐々に生活に余裕が出てきていると聞いているのでこちらの線もないだろう。となれば……

(野盗化した帝国兵、でしょうか)

ドマとの取引で町人地に向かった際にチラリと聞いた話を思い出す。逃げ足が早く、中々捕まえられないと侍頭のハクロウがぼやいていた。あれだけの大規模な戦闘だったのだ、捕虜にならずに逃げ出した兵がいてもおかしくはないだろう、とその時は思っていたのだが……こちらに累が及ぶとなると話は別だ。身代金を要求しているのも海を渡る資金にしたいのだろう。ということは恐らくその帝国兵は属州から徴兵されたのだと思われる。ガレアン人なら本国が混乱している今であっても大使館が保護しないはずがないからだ。
個人としては切羽詰まっているのは察するし、そこまでしないといけない身の上に同情しない訳でもないが、こちらとてそう簡単に「はいそうですか」と金を出すわけにはいかない。

「フム」

こういう時は“あの方”を頼りますか。

「『暁』……おっと今は大繁盛商店でしたネ、のタタルさんに連絡を。緊急の頼みがあるからあの方にすぐにウルダハ商館にお越し願うようお伝えするのデ〜ス」



「なるほどね……そんなことが」
「ええ、赤誠組に頼んでもよかったんデスが、そうなるとどうしても捜査に時間がかかってしまいマスし……海賊衆が直接出たらことは穏便に収まらないでしょうから」
「それで僕の出番、と。まあ確かに僕、向こうにも顔利きますからね?」
「話が早くて助かりマ〜ス。という訳で、依頼としてはその帝国兵たちの鎮圧と船及び船員たちの救出になりマス」
「了解した。で、向こうが提示した『取引』の時間は?」
「それがデスね……二刻後なのデス」
「慌ただしいな!」
「『緊急の頼み』と言ったでしょう?」


□■□■


 急いでハンコックと諸々の打ち合わせを済ませ、先行して船が拘束されている地点に到着した。日没が近付き、辺りが暗くなってきていることを利用して船に一番近付ける茂みまで向かい、身を隠しつつ様子を伺う。こういう時自分がララフェルでよかったな、などと意味もなく思ってしまう。
ハンコックの話ではもうしばらくしたら少し離れた海岸で身代金の取引を行うはずだ。船から目を離し、辺りをゆっくりと見渡すとハンコックから話を聞いたであろう海賊衆たちの姿が目に入った。よくよく見てみればなんと副頭領であるタンスイまでいるではないか。向こうもこちらに気付いたらしく微かに驚いた表情を見せていたが、すぐに顔を引き締めこちらに頷いてきたので頷き返し、視線を船へと戻す。
しばらく監視を続けていると、一人の帝国兵らしき人物が船から出てきた。その人物は辺りを用心深く見回すと、即座に何処かへと走り去っていく。薄闇で分かりにくいが、恐らく体格的に「彼」が交渉役なのだろう。
走り去った帝国兵が見えなくなったのを確認して、音を立てないように茂みから飛び出す。近付いた船の甲板に見張りと思しき帝国兵が立っていたが、こちらに気が付く直前にどこからか放たれた矢がその帝国兵を正確に射抜いていた。いい腕だ。
弓の援護に助けられ、船に張り付くことに成功。直後に合流したタンスイら海賊衆と頷き合い、僕を先頭に船内に突入。奇襲を想定していなかったであろう帝国兵たちは、動揺しつつも即座に迎撃態勢を取ってきた。人質もいる中、狭い船内で乱戦に持ち込まれるとこちらの分が悪い。そんな訳で武器を振りかざして突進してきた帝国兵を躱し、入り口付近へと誘導する。僕の意図を察したのか、突進を受けることになった大柄な海賊衆は手持ち無沙汰になったその手首を掴んで自らに引き寄せると、首元を掴んで豪快に外へと投げ捨てた。それを横目で見つつ、もう一人の帝国兵の鳩尾に正拳突きを食らわせる。崩れ落ちた帝国兵の後ろからまた別の帝国兵が襲い掛かってきたが、そのまた後ろからタンスイの得物が脳天を見事に引っ叩いていた。
……そういえばタンスイの持ってるやつ、名前聞いたことないな。今度聞こう。

「これで残ってる帝国兵は全部かな」
「みたいだぞ。外にはうちのが撃ち抜いたのしかおらんかった」

入り口からそう答えたのは先程帝国兵を投げ捨てた海賊衆だ。

「なるほど、そうしたらここは任せても?」
「任せとけ。お前はさっき出てった奴を追いかけてこい」

腕組みをしてタンスイが言う。その後ろで船員が開放されようとしている──事前に聞いていた人数通りだ──のを確認し、僕は急いでその場を後にした。



「事前に通告していた通り、一人で来たんだろうな」
「ええ、ええ、仰る通りに一人で来ましたとも。ですから船と船員は返してクダサ〜イ」

(……外見通り、ふざけた物言いする奴だな)

帝国兵はハンコックの立ち振る舞いに苛立っていた。もっとも、ハンコックは余程の相手、ことでもない限りこの立ち振る舞いを崩さないのだが、彼には知る由もない。

「……ふん、それはキッチリ金を頂いてからの話だな」
「オォ〜、それでは船と船員が帰ってくる保証がナイではありませんか〜!」
「うるさい!お前が口答えできる立場にあると思ってんのか!」
「ヒエッ、帝国の方はおっかないデスネェ……」

怒号に首を竦めたハンコックがこわごわ……といった面持ちで金が入っている袋を浜に置く。走って離れたのを確認して袋に近付き、手に取ったその瞬間──

「ああ、その袋はお渡しできませんねえ」

後ろから聞こえた声に振り向くと、そこには腰に刀を差した小柄なララフェルが腕を組んで立っていた。

「約束と違うじゃねえか!お前たちにはここで死んでもらう……まずはそこのチビからだ!」

腰に差した剣を抜く。それに呼応して隠れていた仲間が飛び出し、ララフェルを取り囲む。どれだけの手練かは知らないが、複数人で相手すればなんてことはないはずだ……それなのに一対三という不利な状況を見てもなお、ララフェルは組んだ腕を解かない。

「やれやれ……手荒な真似はしたくないんですが」
「うるせえ!その余裕かましたツラぶち抜いてやるよ!」

激昂した仲間が槍を抜き突撃する。ララフェルはソイツを一瞥するとおもむろに刀を勢いよく抜いた。その、抜いた刀身の軌道は正確に槍の柄を一閃し、穂先を音もなく斬り落とす。

「……!?」

愕然とする仲間の隙をついて間合いを詰めたララフェルは、返す刀でがら空きになった胴に見るからに強烈な一撃を叩き込んだ。喉から潰れた声を出しながら仲間が砂浜に沈む。

「ひっ……!」
「バカ野郎、この程度で怯んでんじゃねえ!どうせただのマグレだ!」

明らかに怯んだ仲間と、内心不安を覚え始めた自らを鼓舞するように一喝する。そうだ、あれはきっとマグレだ。

「二人がかりで殴ればいいだけだ!いくぞ!」

俺の勢いに押されたらしき仲間が頷き、剣を握り直す。それを見た俺は砂を蹴って走り出した。間合いを詰め、全力を込めて振り下ろした剣と迎え撃つ刀が打ち合い、火花を散らすその横から仲間が空いた脇腹を目がけて薙ぎ払いをかける。その瞬間身体が傾いだ。

「!?」

そうか、奴は重心を変えることで力のかかる先を変えたのか!
……そう頭で理解しても、勢いをつけた動きはそう簡単に止まれない。俺は力が抜けないし仲間はそのまま薙ぎ払うしかない。あわや、というところで俺たちはお互いの切っ先を躱すことができた。

「あぶねえ……」
「チッ、ふざけた小細工しやがって」

仕切り直しだ、と言わんばかりに剣を軽く振る。目配せし、今度は仲間が先に斬りかかる。戦術としては先程と同じ、時間差で隙ができたところをぶった斬る……そのつもりだった。

仲間が一瞬で切り捨てられるのを見るまでは。

奴がいつの間にか抜いた刀をまた納めているのには気付いていた。だからこそ、これが好機だと思って攻めたのだ。それなのに。何か、尋常でない衝撃波がこちらにまで届いていた。無意識のうちに後ずさる。思わず口から言葉が零れていた。

「ば……化け物……!」

悠然と俺の方に歩み寄りながら奴が口を開く。

「え?分かってて喧嘩売ったんじゃなかったんですか?」

手に持った刀を閃かせて奴が続ける。

「ダメじゃないですか、喧嘩売る時はちゃんと相手の力量見極めてからにしないと」

──鈍く重い衝撃と、一瞬後にやってきたとんでもない痛みで俺の視界と意識は呆気なく吹き飛ばされた。


□■□■


 最後の一人を戦闘不能にしたことを確認し刀を納める。無造作に投げ捨てられた金貨袋を回収、ハンコックの元に向かう。

「オォ〜、流石は歴戦の冒険者!難なく倒してしまいマシタネ」
「やれやれ……間に合ったからいいようなものの、もし向こうに手こずってたらどうするつもりだったんです?」

相変わらずの大仰な身振り手振りを見せるハンコックに肩を竦めてみせる。そして今しがた倒した帝国兵たちを見やる。

「事前に予想していた通り、こっちは伏兵潜ませていたし」
「エッ?アナタが間に合わないなんてことはナイでしょう?」
「信頼が重い」

見上げると、色付きの眼鏡に隠した紫色の瞳と目が合う。その目元に浮かべた笑みは、恐らくそうそう見れるものではないのだろう。

「貴方、夢があるんでしょう?こういうところで安易にその命を危険に晒すのは感心しませんね」
「フフフ、星を救った英雄に心配して頂けるとは光栄デス」
「全く……あ、この人たちの身柄を確保してもらわないと」
「そうでしたそうでした」
「お、こっちも片付いたところか?」

ハンコックが合図を送るところを眺めていると後ろから声をかけられた。そちらを振り向くと、タンスイが部下とともにこちらに来るところだった。

「うん、先程」
「そうか。あれから様子を見てたんだがな、他に増援もいないようだったんで他の奴に任せてこちらに来たって訳だ」
「そしたらこの件はこれで解決って感じかな」
「オォ〜、タンスイさん!今回は大変お騒がせ致しました」
「なに、いいってことよ。……しっかしまあ、まだ帝国兵が潜んでたとはな。ああ、それから積荷も船員も無事だぞ。船員の方は捕まった時に少々殴られたようだが、酷い怪我を負った奴はいないから安心しろ」
「ありがとうございます。申し訳ありませんが、次のお取引はコチラが落ち着き次第……ということでもよろしいでしょうか?」
「分かった。連中のせいでケチついちまったしな」
「かしこまりました、ではまた折を見て使いを出しマスので」
「もし、お話中失礼」
「あれ」

やって来た赤誠組の女性を見て思わず声を上げる。誰かと思ったらマコトさんじゃないか。赤誠組に彼らの処遇は一任するとは聞いていたが、まさか局長代理が来ようとは。
マコトさんも僕に気付いたらしく、東方風に一礼する。

「ご無沙汰しておりますね、ご活躍は常々お伺いしております。久しぶりに戦う姿を拝見しましたが相変わらずの太刀筋、お見事でした」
「ふふふ、ありがとうございます。……あ、失礼。何かご用件があったのでは?」
「ええ……お話を聞くに他にも帝国兵がいる様子。そちらに案内して頂きたく」
「ああ、そういうことか。それなら俺らが案内するぜ」
「お願いします」
「んじゃ、ここでお別れだな。たまにはこっちにも顔出せよ」

ひらひらと手を振ってタンスイが部下とマコトさん以下赤誠組の面々を伴って去っていく。その背にハンコックは東方風にお辞儀し、僕は手を振って見送る。

「さて、ワタシたちも帰りましょうか」
「そうしますか」
「アナタにとってはお待ちかねの報酬が待ってマスし……ネ?」
「そうですよ。急にねじ込んできたんですから色付けてもらわないと」
「オォ〜、どれだけのものを要求されるのか、今から恐ろしいデ〜ス!」

大げさに天を仰ぐハンコックを笑いつつ、僕たちも東アルデナード商会が用意してくれた舟に向かって歩き出した。





──Fin
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