Bystander Journey

 テロフォロイの襲撃から始まった終末現象とそれを止めるためにはるか過去から天の果てまで赴いた大冒険も決着を迎え、平穏な日々に戻れる……かと思いきやまた新たな冒険と危機に見舞われて一時はどうなることかと思いつつも今は一応の落ち着きを見せている今日この頃、僕は久しぶりに自宅でゆっくりと本を読んでいた。思えばこうやって自宅で本を読んでいるなんていつぶりだろうか。仕方ないとはいえ、終末の時なんて家に帰ることもままならなかったからなあ……。
そんなことを思っている僕の視線の先には三匹の犬がじゃれあって遊んでいる。ハンコックからの依頼でコウシュウに聳える霊峰、六根山での探索の折にひょんなことから僕のもとにやって来た犬たちだ。東方から遠く離れたエオルゼアの地に最初こそ戸惑っていたようだが、すぐに風土に慣れたのか今では気の抜けた姿を堂々と見せていたりする。その姿を眺めているうちに不意に閃いた。そうだ。

「釣りに行くか」

本を閉じ、そう呟いて椅子から降りた僕の姿に犬たちがなんだなんだと近寄ってきた。彼らをひとしきり撫でてやり、外に出る準備をする。短い間でも僕の動作から何をするのか分かるようになってきたらしき犬たちは、尻尾をぶんぶんと振りながらもう既にドアの前にスタンバっている。それは流石に気が早すぎるというものだ。



外に出ると、ラノシア特有の眩しい太陽に出迎えられる。一度大きく伸びをして、さてマウントを出そうかと用意をしているとおもむろに三匹のうち柴犬がわんっと一声鳴いてきた。なんだ?と思いそちらを見ると、柴犬は突然ぼわんと煙に紛れたではないか。思わず顔を覆い、煙が消えたであろう頃を見計らって手を離すと、なんと柴犬は僕が乗れそうなくらいの大きさになっていた。これも忍術のひとつなのか?よく見ると、大きくなっている柴犬だけでなく白犬と黒犬もどことなく自慢げな顔をして僕を見ている。……柴犬はともかく、なんで君たちまで自慢げな顔をしているのか。その姿がちょっと面白いなと思いつつ、どうやら乗せてくれるらしいのでお言葉に──この場合鳴き声、いや態度か?──に甘えて柴犬の背に乗せてもらうことにする。他の二匹も乗ったのを確認して、柴犬は元気よく地面を蹴った。地面を蹴る足はすぐに風脈を捉え、ふわりと空を駆け始める。ここからはしばしの空中散歩だ。


□■□■


 ささやかな空中散歩を楽しんで、やってきたのは低地ラノシア。行き先にいくつか候補はあったのだが、一番ゆっくり釣り糸を垂らしていられそうだなということでここに。東の方なんかは今紅蓮祭の真っ最中だしな。柴犬から降り、ありがとうと言いつつ思いっきり撫でてやると、これまたぼふんと言わんばかりの煙と共に元の大きさに戻った。良さげな場所を探して海沿いを歩く僕のそばを、海が物珍しいのか三匹が走り回っている。

「海は初めて?はしゃぎ過ぎて落ちな──」

ドボン。

「ああ!言わんこっちゃない!」



「もう、気を付けるように言おうとした矢先に……」

「「「くぅ〜ん……」」」

(ある意味予想通り)海に落ちた犬たちを慌てて引き揚げた僕は三匹にお説教していた。流石に怖かったらしく、三匹もしおらしくなっている。まったく、とため息をついて怪我がないことを確認したら、気を取り直して釣りに良さそうな場所探しを再開。ほどなくして「ここかな」と感じる場所があったので持ってきた折りたたみ椅子を広げる。キャンドルキープ埠頭がほど近いこの場所からはエールポートへの定期便や貨物船の往来を眺めることができるので、もし釣果が芳しくなくてもそれなりに楽しめそうなのもいい。


□■□■


「隣、いいだろうか」

記念すべき本日の第一投を放ってからしばらくした頃、不意に後ろから声をかけられた。そちらを振り向くと、帽子を目深に被った割と体格のいい男性が立っている。なんかこの人、どこかで会ったことがあるような……?
頭の片隅で今までに出会った人々を思い返していきながら「どうぞ」と返事をし、隣にやって来たその人をそれとなく観察してみる。目元は帽子のせいでよく分からないが、少し焼けたような肌、がっしりとした体格、そして口元の立派な白い髭……まさかねえ。

「もしかして、アルジク神ですか」
「……よく解ったな」

そのまさかだった。男性ことアルジク神は僕と同じように釣り針を投げ込みながら少しばかり驚いたような声音で返事をしてくる。

「いやあだって……服装なんかは違えども特徴ほぼ一緒ですし……」

神々ならナルザル神に頼めばいかようにも依代を作れるはずだと思うのだが、本来の姿からあまりにも外れているのは違和感があるのかもしれない。そういえば種族や性別が思いのままに変えられるという噂の薬があるというが、やはりそれも使ったら同じような違和感に襲われたりするのだろうか?使ってみる気はないが……そもそも本当にあるのかすらも定かではないし……。

「それにしても、アルジク神も釣りをしたりするんですね」
「うむ、こういった時間は嫌いではない。まあ……リムレーンには『アンタには向いてないよ』と言われるのだがな」

そんなとりとめのない話をしながらお互いに竿を引いてはまた振るのを繰り返す。今日は釣れはするが小物が多い、といった感じだろうか。
僕のバケツの中にロミンサンアンチョビやらボンゴラが少しずつ増えていく。うーむ、これならボンゴラロッソか……いやビアンコの方も捨てがたい……

「うわああああ!助けてくれえ!」

釣果を元に今日の献立をつらつら考えているところに突然割り込んできた叫び声に驚いて出処の方を見ると、通常の個体の数倍は大きいであろうマンドラゴラがチョコボキャリッジに襲いかかろうとしているところだった。急いで釣り針を引き上げ、現場に急行する。マンドラゴラがキャリッジに殴ろうとする直前に詠唱破棄した火炎弾をぶつけ、気を引かせることに成功。

「こいつは僕が相手しますから、今のうちに埠頭に!」
「あ、ありがとう……無理はするなよ!」

埠頭に向かって全力で走り去るキャリッジを見送りながら、もう一度エーテルを練り上げた火の玉をマンドラゴラにお見舞いする。いい感じに敵意がこっちに向いているな……よしよし……と思っていると、後ろからエーテルで形作られた斧が飛んできてマンドラゴラに直撃した。思わず後ろを見ると、霊銀の斧を担いだアルジク神が悠然とやってくるところだった。

「この程度の魔物ならそなた一人でも容易かろうが……二人で片付けたほうが効率的であろう」
「あ、ありがとうございます」
「しかし……ふむ、人の子の作りし施設が近くにあるとなるとあまり全力を出すわけにはいかぬな」

アルジク神の言う通り、キャンドルキープ埠頭がほど近いこの場所で大規模に戦えば埠頭の方にも影響が出かねないのは間違いない。……というか、力をセーブしてるであろう人の姿であっても神様が本気出したら割ととんでもないことになるのでは。

「そうですね……こいつはこの辺り一帯のヌシみたいなものですから、ちょっと“手痛い思い”をしてもらって巣に帰ってもらいましょう。危険だと分かればしばらくは出てこないはずです」
「……なるほど、それがよかろうな」

僕の言葉に頷きながらアルジク神がマンドラゴラに斧を振り下ろす、その後ろから火力を絞った火炎弾を急所に向かって狙い打つ。怒り狂ったマンドラゴラがこちらを向くが、すかさずアルジク神が追撃を叩き込んでくれる。……こうやって一緒に戦っているからこそ感じるが、アルジク神は誰かと連携して戦うことに慣れているような気配がする。こういった“阿吽の呼吸”で戦えるのは普段から誰か──おそらくいつもは妹君なのだろう──と連携しているからに違いない。実際手合わせの時も兄妹揃ってだったしな。


□■□■


 初めてとは思えない共闘が始まってからしばらくして、僕たちの攻勢に耐えられなくなったらしきマンドラゴラがよろよろと逃げ出していく。これを追い掛ければ巣も特定できるのだろうが、“手痛い思いをさせて帰ってもらう”のが目的なのでここで攻撃の手を止めた。この一帯の魔物は比較的弱い方だが、それでも手負いの獣に迂闊に手を出すとろくなことにはならないので深追いは厳禁。同じようにアルジク神も思っているようで、斧をしまうのが見える。

「これであやつもしばらくは姿を表すことはあるまい」
「ですね、ご協力ありがとうございました」
「なに、このくらい容易いことよ」

釣り場に戻り、各々再び釣りの準備を整えていざ再開。戦っている間は大人しかった犬たちも戦闘が終わったことを察しているのか、にわかに活気づいている。物怖じせず神様にじゃれついていく犬たちをアルジク神は片手で構ってくれていてありがたい限りなのだが、じゃれついている相手が神様だと彼らは気付いているのだろうか?他の人とは違うと気付いてて行ってるのなら大したものだが。

「しかし先程の戦い」
「はい」
「見事に急所だけを狙って魔法を撃ち続けていたな」

あっ、やっぱりバレてたか。

「ああ……戦ってる場所が場所でしたから早めに終わらせようと思いまして。一撃の威力を抑えなければならなかったので尚更」
「なるほど」

話しているところに魚がかかった気配を感じたのですぐさま竿を引く。しばらくの格闘の末釣り上げたのはまたしてもボンゴラ。……やはり今日はボンゴラ祭りか?まあボンゴラは美味しいからいいけども……。

「ここにいたのね。調子はどうかしら」

たおやかな声に振り向くと、白いフードを被った女性がバスケットを持って立っていた。聞くまでもない、ニメーヤ様である。

「……まあまあといったところだ」

お兄様の方はといえば、振り向きもせず釣り糸の先を見つめている。ニメーヤ様もそんなお兄様の態度を気にしていないようで、優雅にこちらに向かって歩いてくる。

「よかったらこれどうぞ。僕に合わせたララフェルサイズなのでちょっと座りにくいかもしれませんが」
「あら、そうしたら貴方の座るところがなくなっちゃうじゃない」
「大丈夫です、僕ここに座るんで」

先程まで座っていた僕の椅子を星神に勧め、僕はちょうどいい感じに横にある手頃な岩場に座り直す。それを見て遠慮は無用と思ったのか、僕の椅子にニメーヤ様が座り、そこで何かに気付いたのか埠頭の方を見やりながら微かに頭を傾げる。

「少しエーテルが乱れてるわね。何か戦いでもしたの?」
「うむ、この辺りのヌシが出てきたのでな。少しばかり懲らしめてやったところだ」
「そうだったの」

星神は納得したように頷くと、膝に載せたバスケットの蓋を開けた。その中には複数のサンドイッチが入っているのが見える。

「それならちょっと小腹が空いてくるんじゃない?ここで休憩なんてどうかしら」
「……どうする」

アルジク神がこちらを向いて問いかけてくる。え、こちらに聞かれても。急な問いかけに悩むも、せっかく作ってきてくれた?んだし……ということで頷くことにする。それにしてもこのサンドイッチ、神域産の食材だったりしないよな。それって人間が食べてもいいのか。

「うふふ、安心して。ちゃんと地上の食材で作ったから」

僕の疑問を見透かしていたらしきニメーヤ様に答えられてしまった。顔に出てたらしい。話によると、あるレストランの厨房の片隅を借りて作ってきたのだと言う。となるとビスマルクだろうか?あそこの厨房はいつも忙しそうだが、空いてる場所があったのだろうか……?気になることはあるが、気にしてもしょうがないと自分に言い聞かせてサンドイッチを頂く。なるほど作りたてらしく、シャキシャキしたミッドランドキャベツと瑞々しいゼーメルトマトが美味しい。同じように思っているのか、黙ってはいるが時神も美味いと言いたげに頷いている。

「美味しいです」
「それは良かったわ」

おかわりを勧められたのでそちらもありがたく頂いて食べていると、一羽のオウレットがこちらに向かって飛んでくる。なんとはなしにそれを眺めていると、オウレットは僕の頭に乗ってきたではないか。アルジク神もニメーヤ様も流石にこの展開には少しばかり驚いているようで、オウレットをまじまじと見つめている。それにしてもこの図々しい感じ、もしかして。

「なんで当たり前のように僕の頭に乗るんですかサリャク様?」
『フフ、いいじゃないか』

よくない。
そんなオウレットことサリャク神はさも当然と言いたげに僕の頭の上でくつろいでいる。ちょっと腹立たしいので頭を上下左右に揺らしてみるが、知神は全く動じる気配がない。

「サリャク……流石にくつろぎ過ぎではないか……?」

肩を震わせながらアルジク神が言う。必死に笑いを噛み殺そうとしているようだが、声も若干震えているのが分かる。ニメーヤ様に至っては控えめではあるが口に手を当てて笑っている始末。それを横目にしばらくサリャク神が降りないか格闘していたが、知神は頑として降りてこないため僕は諦めてサンドイッチの残りを頬張ることにした。


□■□■


 一人と一羽の来客がやって来てから更に数刻。日も傾き、空も朱に染まり始めてきた。

「そろそろ撤収ですかねえ」
「そうだな」

お互いに釣り糸を引き上げて撤収の準備を始める。ロミンサンアンチョビを始めとする小魚が少々とボンゴラがたくさん入っているバケツを覗き込みながら随分貝が釣れたんだね、とサリャク神が言う。

「いいんですよ、その貝美味しいんで助かります」

そしてふと思いついたのでニメーヤ様の方を向く。

「そうだ、良かったら今日釣った魚と貝食べていきませんか?サンドイッチのお礼ということで」
「まあ、どうしましょうお兄様」

星神は兄である時神の方を向く。問いかけられたお兄様はしばらく顎を擦って考えていたが、やがてひとつ頷いた。

「……このような誘い、滅多にあるまい。ありがたく受けようではないか」
『アルジクとニメーヤだけずるくないかい?私も混ぜてもらおうか』

言うが早いが、サリャク神はぱたぱたと飛び去っていった。きっと急いで人の依代を用意してくるつもりだろう。やれやれと肩をすくめてそれを見送りながら、僕はチョコボキャリッジを用意する。

「せっかくですから街で他の食材も買っていきましょう。どうぞお乗りになって下さい」
「楽しみねお兄様」
「うむ」

兄妹神と犬たちが乗り込んだのを確認して、僕はキャリッジを牽くチョコボを走らせた。





──Fin
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