Bystander Journey

 生きていくということは往々にしてままならないものである。人も、そして犬も。



「うう……ああっ……!渡さぬ、渡さぬぞ……『アレ』を得るのは、私だ……!」

意図が読めない言葉を発しながら突然襲いかかってきた『人』にしては随分と大きなヒト、しかも本来ならば女性の中でも小柄な方であるアウラの忍びの一撃を咄嗟に躱しながら僕は相手の様子を観察する。

「あちらの忍び……既に妖異と化しているようデス。異様な巨体もその影響でしょう」

何かあったらすぐに逃げられるよう後ろに控えさせたハンコックが言うように、本来の人格であったはずの『彼女』の面影のようなものは感じられない。“何か”に取り憑かれたのか、それともここら一帯を混乱の渦に叩き落とした『いわくつきの品』に魅了されたのか。どちらなのか、もう真相は分からないだろう──目の前にいる存在に、対話できるだけの理性が残っているとは到底思えないからだ。そんなことを考えながら、僕は相手の手を見つめる。独特なその動きは、東方の忍びが詠唱の代わりに結ぶ印。

「我が花遁の奥義を見せてくれる……!爆ぜよ、花押印!」

印を結び終わると同時に風が吹き荒れ、雷が四方に撃ち放たれる。これだけなら僕も知っている忍術だが、違うところがあるとすれば「花遁」の名の通り地に敷かれた桜の花びらだろうか。見たところ、あれが術の起点のようだが……。

「あの桜、カラクリがありそうデスネ。まるで、術を仕込むための呪具のようデ〜ス!」

期せずしてハンコックも同じような見立てをしていたようだ。本人曰く「戦いはサッパリ」らしいが“仕事”で使うのか、その辺の知識はあるらしい。
相手の攻撃をかいくぐりながらこちらも三連魔からのファイジャの嵐をお見舞いして応戦していると、埒が明かないと思ったのか相手の手の動きが変わった。戦法を変える気のようだ。

「来たれ……!忍法、口寄せの術!」

印を結び、地面を叩いたのを見て使い魔の出現を警戒する……が、大蝦蟇のような姿は一向に出てこない。なんだ?と訝しみながら周りを見ると、いつの間にかどこからともなく犬が三匹現れているではないか。まさか、こいつが?
そう思った瞬間、犬の目が怪しい光を宿すのが見えた。今までの経験から咄嗟に顔を背ける。

「オ〜ゥ、急にワンちゃんがかわいくみえてきマシタ……!もふもふと愛でたい衝動が収まらないデ〜ス!」

あの目をまじまじと見てしまっていたらしいハンコックの声が聞こえる。まったく、こんな状況下で何を言っているのか。……これは正気に戻すためにもちょっと一発ひっぱたかないといけないな、と固く決意しながら僕は愛用の呪術杖を強く握り直した。


□■□■


 それから魔法と忍術が咲き乱れることしばし、こちらの渾身のゼノグロシーが決定打になったのか相手が前のめりに倒れ込む。油断を誘うための死んだふりの可能性もあるのでそのまま呪術杖を構えたまま警戒していたが、一向に起きてくる様子もなければ生命エーテルも感知できないのでとどめを刺したと判断し、杖をしまう。そんな僕の様子に戦闘が終わったことを察したのか、ハンコックがこちらに歩み寄ってきた。

「最初はどうなることかと思いマシタが、いやはや流石のお手並みデ!……おや?」

彼の視線の先を見れば、倒れている忍びのそばに先程の犬たちがやってきているのではないか。どことなく、何とも言えなさそうな顔をして主だった亡骸を見つめているように見えるのは、彼らなりに主を偲んでいるのか。犬たちはしばらくそうしてたかと思うと、おもむろにこちらにやって来た。敵対の意思は無さそうなので、目線を合わせるためにしゃがみ込んでみる。それを見たハンコックもこちらに近づいてくる。

「オ〜ゥ、やはりワンちゃんがかわいく見えマース!もふも」
「まだ魅了の術が解けてなかったらしい」
「ウッ」

犬たちが怯えているのを察知してハンコックの脛に拳を一発お見舞いする。どうやらクリティカルヒットしたようで、低いうめき声をあげながら彼がうずくまる。いきなり大仰な手振りと怪しい喋りで来られたら怖いでしょうが。

「じょ、冗談ですヨォ……というか貴方の手は鉄拳なんですから手加減してクダサ〜イ!」
「だまらっしゃい」

安心させるために犬たちを撫でていると伝わったらしく、尻尾を振りながら嬉しそうにクンクン鳴いてくれる。……なにか、短い間に随分懐かれてしまった気がするな?脛の痛みから立ち直ってきたらしきハンコックも同じように思っているようで、犬たちを見比べながらしきりに顎をさすっている。

「……もしかして、この人についていきたいんデスカ?」

「わんっ」
「あうっ」
「きゃうん」

ハンコックの問いかけに三者三様(この場合三犬三様か?)の返事が元気よく返ってきた。うーむ、これは困ったな。

「連れて帰ってもいいっちゃ良いけど……ただまだここの探索終わってないんだよなあ」
「デスネェ」
「……よし、こうしよう。今から僕たちはこの奥に行くけど、奥を調べ終わったらこっちに帰ってくるから、それまでここで大人しくできるかい?」

「「「わんっ」」」

「いい返事だなあ……。多分大丈夫だとは思うけど、危なくなったらすぐ逃げるんだよ」

「「「わんっ!」」」

「よしよし、いい子たちだ。それじゃ、行きますか」

もう一度三匹を一通り撫でると立ち上がって、ハンコックの方を見やる。彼も頷いて、寺院の奥へと足を進めた。周りを警戒しつつ進む中で、ふと思い立ったことを口に出してみる。

「そういや、まだここが落ち着くまでには時間がかかるだろうけど」
「ハイ」
「落ち着いたら犠牲者の追悼をするはずでしょう?」
「恐らくそうするでしょうネ」
「……その時にはあの子たちも連れてきてやりたいですね」

僕の言葉にハンコックがちょっと驚いたような顔をする。が、次の瞬間には小さく笑みを浮かべていた。

「……そうデスネ、そのためにもいわくつきの品を見つけ出さなければなりません」
「まあそれが難儀そうな予感しかしないのだけど」
「ハッハッハ!そんなこと言っても貴方なら必ず見つけ出せるでしょう?」
「なにその信頼」

大げさに肩を竦めてみせると、ハンコックは小さく喉を鳴らして笑うのだった。





──Fin
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