ウルダハの長い一日

   ナル大門の横に備え付けられた扉からウルダハ市街地に入ると、片割れが見慣れない二人組と共にいた。全員誰か……いや何かと一戦交えたような雰囲気を漂わせている。地面の石畳には片割れが撃ったと思われる火炎魔法の痕跡が生々しく残っていた。

「まさかこちらにも獣が出たのか?」
「……ああ、そのまさかだ」
「恐らく、ザル大門から入ってきたんじゃないのかねえ。それがこっちまで来たんだろうよ」

大鎌を背に収めた女性が腕を組んで言う。外にいた獣の数と、ナル大門が閉められていた状況からして有り得そうな話ではある。……となれば市場辺りでは少なくない被害が出てる筈だ。

「それはそうと兄弟、戻ってきて早々にすまないが彼の手当てをしてやってはくれまいか」

片割れが剣と盾を携えた男性を指す。指された男性の方はといえば大丈夫ですよ、と慌てた様子でかぶりを振る。それを制したのは傍らに立っていた女性だった。

「アタシの方からも頼んでいいかね」
「ボス!?」
「お前さんが獣どもを引き付けてくれたからアタシたちは無傷で済んだんだ。言わば最大の功労者だろう?それを労わらなくてどうするね」

片割れの方を見やると、その通りだと言わんばかりに大きく頷いていた。

「なるほど?どうも兄弟も世話になったようだしのう、そのくらいお安い御用よ」
「うう……それではお言葉に甘えて……」

そう言うと彼は噴水の縁に腰掛けた。私は彼の正面に立ち、右手を翳す。その右手を起点に癒しの術を展開させ、彼の体内を巡るエーテルを活性化させた。
……外面からではすぐに分からなかったが、思った以上に負傷している。三人は何も言わないが、石畳に残る痕跡といい、その戦闘が激しいものであったことを暗に物語っていた。

「あれ、ドルシラ姐さん!?」

振り向くといつの間に帰ってきてたのか、人の子が外套についた砂をはたき落としているところだった。街の中ではそこまで感じないが、きっと今外では砂塵が吹き荒れているのであろう。気心知れた間柄なのか、ドルシラと呼ばれた大鎌を担ぐ女性も気さくに人の子へ向かって手を上げる。

「おお、ブラザー!お前さん、一体外で何してたんだい?今さっきまでこっちは獣退治に大わらわだったんだ」
「えっ、獣まだいたの!?……あれだけじゃなかったのか……いや外にあれだけいたのならむしろいない方がおかしいか……」

話を聞いた人の子が顎に手を当て俯き、ブツブツ言いながら考え込む。が、すぐに顔を上げて「そうそう、姐さんに伝えときたいことがあるんだ」と続けた。

「外にまあまあな数の獣がいたからさ、そいつらを掃討してそのまま他の集落の様子を見に行ってたんだ。ブラックブラッシュやロストホープ流民街にいるファミリーはみんな無事だったよ。あとアーンギスの奥さんは今クイックサンドに避難してる」
「本当かい!……ブラザーにはいつも助けられてばかりだね、ありがとう。恩に着るよ」

人の子の報告を聞いたドルシラが明るい顔になる。なるほど、周辺の集落を見て回ってたのはそれもあったのか。そういう細やかな部分の気配りを忘れないところが英雄の英雄たる所以なのであろうな、と私は胸の内で密かに納得する。
男性の回復も終わり、クイックサンドに向かう人の子たちから数歩遅れて私たちも歩き出す。片割れの傍に近付き、声を潜めて問いかける。

「……大丈夫か?」

片割れは視線だけ私に向け小さく頷いたあと、同じように密やかに返す。

「ああ。……私の手で星海に還してやれないのだけは悔やまれるが」
「あれらを見る限り、命はおろか魂すらも何処かへと消え失せてしまっているからな……致し方あるまいよ」

そうやってひそひそと話していると、不意に人の子が立ち止まって私たちの方を向いた。

「ナル神には話したのですけど」

かなり声を潜めて──半ば念話のようにして話していた──のに聞こえていたのか。目を細め、一呼吸置いて人の子は静かに続ける。

「あれ以上誰かを傷付ける前に眠らせてあげただけでも、彼らにとっては救いだと僕は思います」

それだけ言うと人の子はフッと笑って、そのままクイックサンドへ入っていった。……人だけでなく、私たちにまで気を回すとは。片割れも同じことを思ったようで、顔を見合わせて小さく笑った。


□■□■


    クイックサンドに入ると、貧民窟の住人だけでなくパールレーンの貧民やたまたま騒ぎに巻き込まれたらしい旅人たち、その場に居合わせて慌てて飛び込んだと思われるウルダハ市民などでごった返していた。これだけの数、しかも立場が違う人間たちがいるにも関わらず大きな混乱が起きていないのはモモディさんの手腕ゆえか、それとも国の緩やかな変革に伴う人々の意識の変化ゆえなのか。

「チュチュト!」

不安そうに寄り添う人々の中に見知った顔を見つけて声をかける。チュチュトがこちらを振り向く。

「あっ、あなたは……!今こっちに来たの?」
「いや、ウルダハには朝から居たんだけど、獣たちが現れたから倒して回ってた」
「そう……ということは、今はある程度安全なのね?」
「一通り倒した筈だから多分この辺りに獣はいないと思う。それよりチュチュトがここに居るってことは各ギルドも動いてるってこと?」
「うん、師匠も珍しく真面目に各所を回ってる筈よ」
「『珍しく』って」
「だってそうじゃない?」

二人でひとしきり笑ったあと、ルルクタが久し振りに帰ってきてること、今パールレーンを中心に警戒に当たってくれていることなどを聞く。あとで顔を見に行こうかな、と思っていると後ろの扉──ルビーロード国際市場に通じる扉だ──が開く音がした。と同時に聞き覚えのある声が響く。

「隊長!」
「……!ハスタルーヤ、なんでここに!?」

驚いて声のした方を見ると、僕が任されている小隊の一員であるハスタルーヤが入ってくるところだった。彼の部隊には今日リムサ・ロミンサからやって来る黒渦団将校の護衛任務を任せていた筈だが……?と思っていると彼が頭をかきながら続ける。

「すみません、事態を把握された将校殿が『私のことはいいから街の警護に当たれ』と仰られまして……私たちも迷ったのですが、『君たちの命令違反の責任は私が取る』とまで言われては従わない訳にもいかず」
「ああ……なるほど、把握した。その判断を支持しよう。皆その指示に従ってるんだよね?」
「はい、隊長に連絡する余裕がなかったので一旦将校殿の指示を優先しております」
「そうか……ならそのまま皆は街の警護に当たってくれ。今回は状況が状況だから命令違反とはしないし、この後も僕が適宜指示できるかは怪しいからもし本部から新たな指示が出るようなことがあればその指示に……」

「倒懸之急、話ができるヒトはいないだろうか!」

なんだなんだ、本当に次から次へとやって来るな!しかもあの喋り方からして相手はアマルジャ族だろう。念のためハスタルーヤをその場に待機させ、ナル回廊に出る。外にはリーダー格らしいアマルジャ族と、お付きと思われるアマルジャ族が二人。……あれ、もしかしてあのアマルジャ族は。

「もしや貴方はパガルザンの首長さんでは?」
「おお、お主はテロフォロイなる輩に襲撃された折に救援に来てくれたヒトではないか……!ヒトの街にいきなり押しかけた無礼を詫びたいところなのだが我らも多事多難、どうにかして国の長と話ができないかと参った次第」
「……国の長とまではいかないかもですが、側近の軍事を預かる人間なら連絡が取れると思います」
「まさに旱天慈雨!無礼を重ねることになり心苦しいが、頼めようか」
「分かりました、少々お待ちを」

振り向くと話が聞こえていたのだろう、ハスタルーヤがドア近くに控えていた。うちの部下は察しが良くて助かる。

「ピピン局長代理に連絡を」
「ハッ!」



──続く
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