Bystander Journey
オールド・シャーレアンの街中でエレンヴィルは悩んでいた。短い休暇が終わり、新たな依頼のために旅立つにあたって「あれ」を頼める人間を探しているのだが、適任と思える相手が見つからないのだ。
(できれば『あいつ』に頼みたいんだが……そんじょそこいらの採取対象よりはるかに見つけるのが難しいのがネックなんだよな……)
などと思いながらペリスタイルに足を運んでみれば、その「そんじょそこいらの採取対象より見つけるのが難しい」人間がカウンターの前に陣取って一心不乱にフライパンを振っているではないか。
思いの外あっさりとお目当ての人物が見つかったことに拍子抜けしながら、その人物に近付く。足音に気付いたのか、彼が顔を上げる。
「やあエレンヴィル、こっちにいるの珍しいんじゃない?」
「どこぞの英雄様が終末を食い止めてくれたおかげで、ようやく俺らにも休暇というものができたからな」
星の意思が示したという終末の予言と、それを受けて哲学者議会が秘密裏に進めていたこの星からの大撤収。
その準備のために俺らグリーナーに出されていた山のような──あまりにも矢継ぎ早に出されるもんで依頼品が文字通り山のようになっていた──依頼も目の前にいる冒険者とその仲間である「暁」が天の果てで元凶を討ち取ったことにより収束した。
……あのペースと量で依頼が入り続けていたら少なからず過労死するグリーナーが出たであろうことを考えると、俺も彼らには頭が上がらないのだが。
そんな俺の思いを知ってか知らずか、調理を終えた彼がゆっくりと立ち上がる。
「それはよかった、グリーナーの人たちめちゃめちゃ忙しそうだったもんね」
「まったくだ……願わくばあんなバカみたいな仕事量が再び来ないことを祈るよ」
やれやれ、と言わんばかりに肩を竦めてみせると、彼は顔を伏せてくくくと笑っていた。
「ところで、あんたに頼みがあるんだが」
「頼み?」
「ああ」
言いながら、クリスタルを懐から取り出す。グリーナーの必需品のひとつであるランプの光源として使うものだ。
「あんたに、ちょっとした願掛けをしてもらいたくてな」
彼は俺が取り出したクリスタルをジッ……と見つめ、おもむろに口を開いた。
「もしかして、ランプのやつ?」
「……知ってたのか」
「前、他のグリーナーさんに頼まれてやったことがあるよ」
「なるほどね」
彼は各地を渡り歩いてきた冒険者だ、ある程度経験のあるグリーナーなら立ち振舞いで分かるだろう。先に頼んだやつは人を見る目があるな……などど密かに思う。
「いいよ、エレンヴィルの頼みなんてそうそう聞けないだろうし」
「……俺をなんだと思ってるんだ」
「ん?エレンヴィル」
「お前な……」
軽口を叩き合いながら、どちらともなくエーテライトプラザへ向かって歩き出す。そしてエーテライトに交感し、俺たちはラヴィリンソスへと飛んだ。
□■□■
属性増殖炉と人工太陽によって気候が管理されているラヴィリンソスはいつ来ても穏やかな陽気に包まれている。今の天候は晴れに設定されているようで、明るい日差しのような光が降り注ぐ。
各地から集められた生物たちが住みよいように、かつ人の移動に支障がない程度に整地された道を歩きながらとりとめのない話に興じる。
俺の仕事と彼の立場上仕方ないところはあるのだが、こうやってゆっくりと話をしたのはこれが初めてではないだろうか。……それにしても流石音に聞く冒険者、経験してきた内容が段違いだ。そりゃ吟遊詩人たちもこぞって冒険譚を謡いたがるというものである。
話しているうちにアルケイオン保管院に着いたので、昇降機を利用してミディアルサーキットへ。さらに歩を進め、ロジスティコン・アルファに向かう。
「こうやって歩くと、ややこしい地形してるよねここ」
メリオール実験農場に向かう道すがら、眼下に見えるリトルシャーレアンを眺めながら彼が言う。
「元々は噴火後空洞化した火山を利用して作られてるからな……それにこうやってすり鉢状になってるおかげで生態系が崩れずに済むという利点もある」
「なるほどね、それもここにこれを作る理由になったのかな?」
「多分な。……まあ、歩きなれてないやつにはちょっとばかりしんどいかもな」
「お?言ってくれるじゃないですか」
不敵に言えば、受けて立つと言わんばかりにニヤッと笑う。こういうところが彼が彼である所以なのだろうな、という気がしないでもない。
きっと、こういった好奇心や負けん気の強さといったものの果てに彼は“英雄”になったのだろう。……それが彼にとって幸いなのか否かは知る由もないが。
ただ、おそらく『それ』が彼にとって幸いでなかったとしても、きっと彼は進むことをやめないのではないか。
ふと、そんな気がした。
□■□■
ロジスティコン・アルファの昇降機を使い、セントラルサーキットへ。お目当ての場所は、リトルシャーレアンの手前にある。
「着いたぞ」
ラヴィリンソスに6基ある属性増殖炉のひとつ。ここは火属性の増殖炉で、煙突からは増殖炉で生成されたエーテルを排出している。これもまた、ラヴィリンソスの環境を維持する大事な施設だ。
その前にある、増殖炉の管理棟の前で俺達は足を止める。
「やあエレンヴィル、久しぶりだね」
声を聞きつけたか、旧知の研究者が顔を出す。俺が手を挙げて挨拶すると、彼も軽く頭を下げて会釈する。
「君がここに来るってことは、用件はこれだろう?」
「ああ」
彼女の手には大ぶりのファイアクリスタルが握られている。ここに勤める研究者の間でグリーナーの願掛けはよく知られているものだから、お互いに勝手知ったる、といったところだろうか。
彼女は新しいクリスタルを小綺麗な箱に置いて、小ぶりな台座の上に載せた。そして俺は今まで使っていたクリスタルを彼女に渡し、それを受け取った彼女は無造作に白衣のポケットの中に入れる。
「今回お願いするのは貴方かな。多分エレンヴィルから話は聞いてると思うけど、このクリスタルに祈りを捧げてもらってもいい?」
「分かりました」
俺と彼女が後ろに退くと、彼が入れ替わりで台座の前に立つ。瞑目し天にかざした手を胸まで下ろすと、軽く頭を垂れる。
……そのままの姿勢でしばしの時が過ぎる。この願掛けを知っていたとはいえ、彼からしたら随分と不躾な頼みだったはずだ。それなのに、これほど真剣に祈ってくれるとは思わなかった。
その祈りに呼応したわけでもないだろうが、微かにクリスタルに光が灯ったような気がした。
□■□■
「……こんな感じでいいかな」
祈りを終えた彼がこちらを振り向く。
「ありがとう。助かった」
研究者が祈りを捧げられたファイアクリスタルを持ってこちらにやって来る。
「はい、エレンヴィル。これで今回の仕事も問題なくこなせそうだね」
「ああ」
ファイアクリスタルを受け取り、懐に入れる。たかが願掛け、されど願掛け。こういう些細なことほど蔑ろにすると痛い目に遭う。これでようやく次の採取に行けるというものだ。
「願掛けも終わったってことは、もう出発するの?」
「だな。あんたに会えたのは運が良かった」
「それは光栄」
属性増殖炉を後にし、リトルシャーレアンからレンタルチョコボを利用してオールド・シャーレアンに戻る。その時ふと他愛もない思いつきが頭に浮かんだ。
「なあ、あんたも冒険の日々ならランプの持ち合わせあるんだろう」
「ん?うん、そりゃ持ってるけど……」
「ならそれ用のクリスタルあるんだろ。ちょっと貸せ」
怪訝そうな顔をしながら差し出されたランプ用のクリスタルを受け取る。それを左手に持ち、空いた右手で先ほどの彼と同じように祈りを捧げる。祈り終わって目を開くと、ちょっと驚いた顔をした彼と目が合った。
「何もそんなに驚かなくてもいいだろ」
「いや……まさか僕にも願掛けしてくれるとは思ってなかったから……」
「ま、ささやかなお礼というやつだ」
借りたクリスタルを返す。受け取った彼は、少しクリスタルを見つめてから懐にしまいこんだ。
「熟練のグリーナーの願掛けならそうそう灯が消えることはないね」
「そうだといいんだがな」
そんなことを言い合いながら知神の港に辿り着いた。今回はリムサを経由してギラバニアまでの旅となる。
「じゃあ、ここでお別れかな」
「そうだな。それじゃ……」
「これからも良い旅を」
「ありがとう。エレンヴィルも良い旅路でありますよう」
彼の言葉を背に受けながら、俺は遠洋航海船乗り場へと向かった。
──fin
(できれば『あいつ』に頼みたいんだが……そんじょそこいらの採取対象よりはるかに見つけるのが難しいのがネックなんだよな……)
などと思いながらペリスタイルに足を運んでみれば、その「そんじょそこいらの採取対象より見つけるのが難しい」人間がカウンターの前に陣取って一心不乱にフライパンを振っているではないか。
思いの外あっさりとお目当ての人物が見つかったことに拍子抜けしながら、その人物に近付く。足音に気付いたのか、彼が顔を上げる。
「やあエレンヴィル、こっちにいるの珍しいんじゃない?」
「どこぞの英雄様が終末を食い止めてくれたおかげで、ようやく俺らにも休暇というものができたからな」
星の意思が示したという終末の予言と、それを受けて哲学者議会が秘密裏に進めていたこの星からの大撤収。
その準備のために俺らグリーナーに出されていた山のような──あまりにも矢継ぎ早に出されるもんで依頼品が文字通り山のようになっていた──依頼も目の前にいる冒険者とその仲間である「暁」が天の果てで元凶を討ち取ったことにより収束した。
……あのペースと量で依頼が入り続けていたら少なからず過労死するグリーナーが出たであろうことを考えると、俺も彼らには頭が上がらないのだが。
そんな俺の思いを知ってか知らずか、調理を終えた彼がゆっくりと立ち上がる。
「それはよかった、グリーナーの人たちめちゃめちゃ忙しそうだったもんね」
「まったくだ……願わくばあんなバカみたいな仕事量が再び来ないことを祈るよ」
やれやれ、と言わんばかりに肩を竦めてみせると、彼は顔を伏せてくくくと笑っていた。
「ところで、あんたに頼みがあるんだが」
「頼み?」
「ああ」
言いながら、クリスタルを懐から取り出す。グリーナーの必需品のひとつであるランプの光源として使うものだ。
「あんたに、ちょっとした願掛けをしてもらいたくてな」
彼は俺が取り出したクリスタルをジッ……と見つめ、おもむろに口を開いた。
「もしかして、ランプのやつ?」
「……知ってたのか」
「前、他のグリーナーさんに頼まれてやったことがあるよ」
「なるほどね」
彼は各地を渡り歩いてきた冒険者だ、ある程度経験のあるグリーナーなら立ち振舞いで分かるだろう。先に頼んだやつは人を見る目があるな……などど密かに思う。
「いいよ、エレンヴィルの頼みなんてそうそう聞けないだろうし」
「……俺をなんだと思ってるんだ」
「ん?エレンヴィル」
「お前な……」
軽口を叩き合いながら、どちらともなくエーテライトプラザへ向かって歩き出す。そしてエーテライトに交感し、俺たちはラヴィリンソスへと飛んだ。
□■□■
属性増殖炉と人工太陽によって気候が管理されているラヴィリンソスはいつ来ても穏やかな陽気に包まれている。今の天候は晴れに設定されているようで、明るい日差しのような光が降り注ぐ。
各地から集められた生物たちが住みよいように、かつ人の移動に支障がない程度に整地された道を歩きながらとりとめのない話に興じる。
俺の仕事と彼の立場上仕方ないところはあるのだが、こうやってゆっくりと話をしたのはこれが初めてではないだろうか。……それにしても流石音に聞く冒険者、経験してきた内容が段違いだ。そりゃ吟遊詩人たちもこぞって冒険譚を謡いたがるというものである。
話しているうちにアルケイオン保管院に着いたので、昇降機を利用してミディアルサーキットへ。さらに歩を進め、ロジスティコン・アルファに向かう。
「こうやって歩くと、ややこしい地形してるよねここ」
メリオール実験農場に向かう道すがら、眼下に見えるリトルシャーレアンを眺めながら彼が言う。
「元々は噴火後空洞化した火山を利用して作られてるからな……それにこうやってすり鉢状になってるおかげで生態系が崩れずに済むという利点もある」
「なるほどね、それもここにこれを作る理由になったのかな?」
「多分な。……まあ、歩きなれてないやつにはちょっとばかりしんどいかもな」
「お?言ってくれるじゃないですか」
不敵に言えば、受けて立つと言わんばかりにニヤッと笑う。こういうところが彼が彼である所以なのだろうな、という気がしないでもない。
きっと、こういった好奇心や負けん気の強さといったものの果てに彼は“英雄”になったのだろう。……それが彼にとって幸いなのか否かは知る由もないが。
ただ、おそらく『それ』が彼にとって幸いでなかったとしても、きっと彼は進むことをやめないのではないか。
ふと、そんな気がした。
□■□■
ロジスティコン・アルファの昇降機を使い、セントラルサーキットへ。お目当ての場所は、リトルシャーレアンの手前にある。
「着いたぞ」
ラヴィリンソスに6基ある属性増殖炉のひとつ。ここは火属性の増殖炉で、煙突からは増殖炉で生成されたエーテルを排出している。これもまた、ラヴィリンソスの環境を維持する大事な施設だ。
その前にある、増殖炉の管理棟の前で俺達は足を止める。
「やあエレンヴィル、久しぶりだね」
声を聞きつけたか、旧知の研究者が顔を出す。俺が手を挙げて挨拶すると、彼も軽く頭を下げて会釈する。
「君がここに来るってことは、用件はこれだろう?」
「ああ」
彼女の手には大ぶりのファイアクリスタルが握られている。ここに勤める研究者の間でグリーナーの願掛けはよく知られているものだから、お互いに勝手知ったる、といったところだろうか。
彼女は新しいクリスタルを小綺麗な箱に置いて、小ぶりな台座の上に載せた。そして俺は今まで使っていたクリスタルを彼女に渡し、それを受け取った彼女は無造作に白衣のポケットの中に入れる。
「今回お願いするのは貴方かな。多分エレンヴィルから話は聞いてると思うけど、このクリスタルに祈りを捧げてもらってもいい?」
「分かりました」
俺と彼女が後ろに退くと、彼が入れ替わりで台座の前に立つ。瞑目し天にかざした手を胸まで下ろすと、軽く頭を垂れる。
……そのままの姿勢でしばしの時が過ぎる。この願掛けを知っていたとはいえ、彼からしたら随分と不躾な頼みだったはずだ。それなのに、これほど真剣に祈ってくれるとは思わなかった。
その祈りに呼応したわけでもないだろうが、微かにクリスタルに光が灯ったような気がした。
□■□■
「……こんな感じでいいかな」
祈りを終えた彼がこちらを振り向く。
「ありがとう。助かった」
研究者が祈りを捧げられたファイアクリスタルを持ってこちらにやって来る。
「はい、エレンヴィル。これで今回の仕事も問題なくこなせそうだね」
「ああ」
ファイアクリスタルを受け取り、懐に入れる。たかが願掛け、されど願掛け。こういう些細なことほど蔑ろにすると痛い目に遭う。これでようやく次の採取に行けるというものだ。
「願掛けも終わったってことは、もう出発するの?」
「だな。あんたに会えたのは運が良かった」
「それは光栄」
属性増殖炉を後にし、リトルシャーレアンからレンタルチョコボを利用してオールド・シャーレアンに戻る。その時ふと他愛もない思いつきが頭に浮かんだ。
「なあ、あんたも冒険の日々ならランプの持ち合わせあるんだろう」
「ん?うん、そりゃ持ってるけど……」
「ならそれ用のクリスタルあるんだろ。ちょっと貸せ」
怪訝そうな顔をしながら差し出されたランプ用のクリスタルを受け取る。それを左手に持ち、空いた右手で先ほどの彼と同じように祈りを捧げる。祈り終わって目を開くと、ちょっと驚いた顔をした彼と目が合った。
「何もそんなに驚かなくてもいいだろ」
「いや……まさか僕にも願掛けしてくれるとは思ってなかったから……」
「ま、ささやかなお礼というやつだ」
借りたクリスタルを返す。受け取った彼は、少しクリスタルを見つめてから懐にしまいこんだ。
「熟練のグリーナーの願掛けならそうそう灯が消えることはないね」
「そうだといいんだがな」
そんなことを言い合いながら知神の港に辿り着いた。今回はリムサを経由してギラバニアまでの旅となる。
「じゃあ、ここでお別れかな」
「そうだな。それじゃ……」
「これからも良い旅を」
「ありがとう。エレンヴィルも良い旅路でありますよう」
彼の言葉を背に受けながら、俺は遠洋航海船乗り場へと向かった。
──fin