ウルダハの長い一日

 相棒のチョコボを駆ってウルダハに戻ったのは、すっかり日が落ちた後だった。ザル大門からサファイアアベニューに入ると、いつもの活気が嘘のように静まり返っていて、あの襲撃が夢や幻の類などではなかったのだと否が応にも痛感させられる。
こういう時には火事場泥棒が出るのが常というものだが、そのような輩と思われる人間にすら出会わないのは治安が良くなった証なのか、それとも今回の事件がそれだけ衝撃的だったのか。
そんな人気のないサファイアアベニューを足早に歩く。……普段人で溢れんばかりの通りに人っ子一人いない、というのは思った以上に気味が悪いものだ。そんなことを思いながらナル回廊に入る。流石にこちらも活気がない。そんな深夜でもないのに静まり返った大通りを歩いていると、銅刃団の人間に声をかけられた。

「おい、お前どこから来た?今ウルダハは厳戒態勢を敷いているところだ」
「不滅隊からの依頼で南ザナラーンで獣の掃討とアマルジャ族の救援に行ってまして、今戻ってきたところですよ」
「そうか……それはご苦労だった。だが今はさっきも言ったとおり厳戒態勢に入っているからな。あまり不用意に出歩くんじゃないぞ」
「分かりました、ありがとうございます」

軽く一礼して銅刃団の人間と別れる。……クイックサンドが遠く感じられたのは今回が初めてかもしれない。


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 ようやく辿り着いたクイックサンドの扉を開けると、賑やかな人の声に出迎えられる。

「ああ、おかえり」

扉が開く音に気が付いたのか、振り向いたザル神に声をかけられた。店内の様子を見る限り、あのあとも大きな混乱は起きなかったようでそっと胸をなでおろす。

「ただいま戻りました。……あれ、ナル神はどちらに?」

名前が聞こえないように小声で返事すると、ザル神は無言で宿屋の受付の方を向く。釣られてそちらを見ると、ナル神が何やら受付と話をしているのが見えた。

「今晩の宿を取っているところだ。……昼間の騒ぎでそれどころではなかったからな」
「あ、そういえば……僕も宿取らなきゃ」
「その心配はいらんぞ」

手続きが終わったらしいナル神がこちらに向かって歩いてくる。

「そんなことだろうと思ってそなたの分の部屋も取ってあるからな」
「え……ええ!?」
「何故驚く」
「い、いや……宿代とか……」
「なに、そのくらい気にするな。私たちが勝手にやってるだけだからのう」
「それはそうかもしれませんが……」

相手の好意とはいえ、神様に宿代とか出させていいのだろうか。まさかウルダハに帰ってきてから頭を抱える羽目になるとは思わなかった。
しばらく悩んだが、結局は言葉に甘えることにした。多分この神様たち引かなさそうだし。

「で、ではお言葉に甘えて……ありがとうございます」
「うむうむ、人間素直が一番ぞ」

ナル神に頭をわしゃわしゃと撫でられるのでされるがままにされる。ひとしきり頭を撫でて気が済んだらしいナル神に抱きかかえられて、僕はナルザル神と一緒に今夜の宿の鍵を受け取るのだった。


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 部屋に入って一息つく暇もなく、二神が僕の部屋にやって来た。手にはレモンスライスを浮かべた水の入ったピッチャーやら、軽くつまめる食事類が入ったバスケットやらを持っている。

……これはこちらで過ごすつもりだな?自分の部屋はどうした。

内心そう思わずにはいられないが、前にもこんなことがあったな、と思い直して諦めることにした。

「結局食事どころではなかったからな、女将に頼んで簡単な料理を作ってもらっておいたぞ」

バスケットをテーブルに置きながらナル神が言う。確かに、こういうことにならなかったらクイックサンドで新メニューを食べていたはずで、考えてみれば何も食べてなかったな……と今更ながらに思い出す。
そして人間の身体というのは現金なもので、気がついた途端に空腹を訴えだすのである。

「ありがとうございます、頂きます」
「どれ、私達ももらうとするか」
「どうぞどうぞ」

二神が手配してくれたのでどうぞもへったくれもないのだが。
いそいそとテーブルにつき、見るからにボリュームがありそうなビーフサンドを手に取る。

「……そなたが帰ってきたということは、事態の収拾の目処はついたのか?」

ザル神がコップに水を注ぎながら問いかけてきた。が、僕はかぶりついたサンドの咀嚼で忙しくて返事ができない。
その様子を見て、ザル神はちょっと面白そうに笑いながら水の入ったコップを僕の目の前に置いてくれた。至れり尽くせりである。

「……ふう、ありがとうございます」
「いつ見てもそなたが食事してるところは見てて飽きないな」
「どういうことですか」
「ふふ、そのままの意味だ……気にするな」

そんなことを言われたら余計に気になるのだが。しかしそれについて追求するといつまで経っても本題に入れなさそうな予感を察知してしまったので、次回に持ち越すことにする。

「そうですね、一応の解決というか、今回このようなことになった経緯はわかりました」
「ほう」
「ことの発端は、南ザナラーンで起きたんです」

南ザナラーンにはかの地を聖地と崇めるアマルジャ族が多く住まう。歴史上では彼らと共闘していた時期もあったようだが、近年はここ最近に至るまで敵対関係が続いていた。──そしてその積もり積もった禍根はグランドカンパニー・エオルゼアが発足したからといってすぐに消えるものではない。

「前から人との融和路線に反対していた勢力がいたらしいんですね。まあここまでは予想できるというか、他の地域でも同じような問題がありましたから驚きはしないんですが」
「ふむ」

不満を募らせていたその勢力は、鬱憤を晴らすように人の集団に襲いかかった。その集団がまずかった。

「襲われたのは骸旅団という、同じく鬱屈していた盗賊集団だったんです。彼らはアラミゴが開放された恩恵を何一つ享受できなかった。……彼らのやってきたことを思えば自業自得とも言えなくはないのですが、時期が悪かった」

終焉を謳うものによって増幅された負のデュナミスは、彼らを獣に堕とすに十分すぎるほどの影響を与えた。
そして襲われ、怒りや絶望といった感情に飲まれ獣化した人々にアマルジャ族の集団も巻き込まれ、連鎖反応的に多数の獣が発生する事態となったのである。

「なるほど、それ故にあれだけの獣がいたのだな」
「そうです。獣たちが分散して移動したために各地に被害が出ましたが、ある意味それによって一ヶ所あたりの被害は軽減されたとも言えます」
「皮肉なものだ……」
「もしあの獣たちが一ヶ所に集中して押し寄せてきたらと思うと恐ろしいですよ」

ウルダハにせよパガルザンにせよ、どこまで持ちこたえられたか怪しいものだと思う。しかしただ今は獣たちを掃討し取り戻した平穏を噛みしめるだけだ。

「そういえば僕が不滅隊本部に向かったあと何かありました?」
「そなたほどではないかも知れぬが、こちらも色々あったぞ」

会話に花を咲かせる僕たちを、窓から差し込む月明かりが穏やかに照らしていた。



──fin
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