ウルダハの長い一日

「では、ちょっといってきます」
「うむ、気をつけるのだぞ」

外でアマルジャ族と会話していた人の子が、自らの部隊の者と共に去っていく。それと同時に緊張していた空気が緩むのを感じる。
各首長が押し進めるエオルゼア各地で対立していた部族との和解と融和は一定の効果をあげつつあるとは聞いていたが、やはり市民感覚ではまだ警戒感が残っているのだろう。
ざわめきが戻ってきたクイックサンドの一角で、私は片割れと共に人々の様子を眺めていた。

「みなさーん、落ち着かないでしょうけど……こういう時こそお茶でもいかが?」

そう声を上げたのはクイックサンドの女将だ。人々の視線が集まる中、何かに気付いたような顔で彼女は両手を上げる。

「あ、こんな緊急事態にお代なんて頂かないわよ?だから安心して飲んでちょうだいな」

そのウルダハ人らしい補足に思わず吹き出す。

「ふはは!そこは大事だのう!」
「でしょう?お兄さん達も一杯どう?」
「……ふふ、ではお言葉に甘えて頂こうか」

カウンターに近付き、温かいマルドティーをもらう私達の姿に安堵したのか、人々がゆっくりと動き出す。以前ならば、我先にと殺到し混乱が起きてもおかしくなかっただろう。
しかし今、立場の別なく緩やかに列を作って並ぶ光景は間違いなくウルダハが戴く女王が進めた改革の結果の一端であろうと言えた。
店の端に寄り、マルドティーを飲む。程よい暖かさと湯気と共に立ち上がる香りが、緊迫した状況に強張った身体と心をほぐしてくれるように感じる。
周りでもマルドティーを飲んだことで多少は落ち着けたのか、ホッとした表情を見せる人の子たちが散見された。

「ボス!」

何気なしに聞こえた声に振り向く。そこにはドルシラと呼ばれていた女性がもう一人の女性を抱きしめているところだった。
おそらく、抱きしめられている女性が話にあった『アーンギスの奥さん』なのだろう。

「ああ!お前さんも無事だったか!……ブラザーから聞いてはいたが、やはり顔が見れると安心するやね」
「本当に……あの方が来て下さらなかったら今頃どうなっていたか……」
「全く、あの子には頭が上がらんね」

そして女性はこちらを向くと、深々と一礼してきた。

「貴方様にも感謝を……。あの時あの方と共に戦っておられたこと、逃げながらですが拝見しておりました」
「なに、私はあの時できることをしたまでよ」
「そのおかげで私たちが助けられたのも事実です。本当に、ありがとうございました」

そう言って改めて一礼する彼女に頷いてみせる。他にもここで再会することができたと思しき人々が、互いの無事を祝っている姿が見受けられた。
その光景を見つめる私たちの後ろで、扉が開く音がした。


□■□■


 サファイアアベニューから細い路地を抜けパールレーンに入ると、昔とは異なりだいぶ綺麗になった通りに出迎えられた。これもナナモ様の改革とやらのおかげなのか……などと思いながら、自分の記憶よりずっとゴミの少ないパールレーンを歩く。
だからこそ、ところどころに残された痕跡が余計に生々しく見える。おそらく、サファイアアベニューだけでなくここにも獣が入り込んでいたのだろう。注意深く様子を伺う。獣がいるか否かもだが、怪我人や死体を放っておく訳にはいかない。



 怪我人や死体の搬送を手伝いながらゆっくりと進むうちにクイックサンドに到着した。扉を開くと、色々な服装の人々でごった返す店内にマルドティーの香りが漂う。
皆が手にカップを持っているところを見ると、どうやらモモディが配ったものらしい。多分気持ちを落ち着けるためとか、そんなところだろう。
実際、獣の襲撃が落ち着いたのもあってか大きな混乱は起きていないようだ。

「ルルクタ!外はどうだった?」

チュチュトが駆け寄ってくる。イルサバード派遣団の一員として極寒のガレマルドでガレアン人の救援に赴いていたと本人から聞いてはいたが、ここの雰囲気を見るにその経験が活きているのだろう。……負けてられないな。

「ザル回廊の外側を一通り回ったが、獣らしきやつは見つからなかった。奴らに襲われて怪我してた人と……」

一瞬言い淀む。が、隠しても現実はなかったことにはならない。

「奴らに襲われたと思われる死体は不滅隊に引き渡してきた」

俺達の話をそれとなく聞いていたのだろう、店内が静まり返る。考えてみれば当然の話で、街の様子を見る限りそれなりの数の獣がいたはずだ。
多少の犠牲が出るのはどうにもならなかったといえる。むしろ、この状況を見る限り被害は相当抑えられた方なのだろう。
そんなことを思いながら、俺はネックレスを取り出した。切れた革紐に通されたペンダントトップにナルザル神の神印が刻まれている。

「持ち主を探して欲しいとのことで預かってきた。自分の物じゃなくても、誰かが持っていたとか思い当たることがあったら教えてほしい」

俺の言葉に、人々がよく見ようと集まってくる。

「うーん、これウルダハに住んでたら大体の人が持ってるもんねえ」
「これ、どこで見つかったんだい?」
「サファイアアベニューだそうだ。エーテライト近くに落ちてたと聞いた」
「それじゃあますます分かんねえなあ……ここで商売してる奴ならナルザル神のご加護を願ってお守り持ってるのが普通だし」
「そもそも、今誰が無事で誰が無事じゃないのかすら分からない状態だものね……あの時はみんな必死で逃げてたから」
「……ふむ」

気がつくと、思い思いに話していた人々の少し後ろから俺が持つペンダントを見つめる人物がいた。
ヒューランにしては長身の体躯と満月の夜を思わせるような青い長髪が一際目につくのに、その凪いだ雰囲気のせいで不思議と目に留まらないような、そんな不思議な人物はその伏せた目を俺に向けてきた。

「あくまで可能性のひとつだが……獣と成り果てた者が持っていた、ということもあるのではないか?」
「!」
「私も話に聞いたのみだが……あれらの獣も元は人であったと、そう聞いている」
「た、確かに……」

そう応じたのはチュチュトだ。彼女は続ける。

「私、ガレマルドで救援活動をしてたんですけど、その途中で終末現象が起きて。その時に何人かの人が……」

そこまで言って彼女は俯く。……なるほど、その時に“それ”を目の当たりにしたのか。どうやら俺が思っていた以上に当時のガレマルドは地獄のような様相を呈していたらしい。
長身の男性はひとつ頷いて続ける。

「しかしまだそう決まったわけではないからな……もう少し持ち主を探してみて、見つからなければ遺体の代わりとして弔ってやってはどうか。……かの者らも、好んでああなってしまったわけではないのだから」
「なるほど……確かに仰るとおりです。ルルクタ、そのネックレス預かってもいい?」
「わかった。チュチュトに任せる」

俺はネックレスをチュチュトに渡す。少々悔しいが、こういうことは彼女の方が向いている。


□■□■


「ありがとう、助かったよ」
「いえ、このくらいお安い御用です」

状況を確認しながら我らが英雄と会話を交わす。彼が連れてきたパガルザンの首長と共にやってきたパガルザン郊外は、いきなりの獣の出現に少なからず混乱していた。あらかた獣を掃討し、現在は怪我人の救出と治療にあたっているところである。
不滅隊本部で事情を聞いた私は事態の収拾と救援のための部隊を編成することをその場で決定。中央ザナラーンで獣を掃討していたという彼にも協力を仰ぎ、今に至るというわけだ。

「以前に比べれば関係は改善したとはいえ、まだまだ課題は多いですね……」
「まったくだ。しかし今までを思えば状況は格段に良くなっている。焦らずひとつひとつ解決していくしかあるまいよ」
「ごもっともです」
「お話中失礼します!」
「現状報告だな。頼む」

情報収集と各地の確認を命じていた伝令が戻ってきた。肌で感じられる空気とでも言えばいいのか、予想していたものと概ね同じ報告を受ける。
更に指示を出し、敬礼を一つして走り去っていく伝令を見送った後、少し離れた場所で周りの様子を確認しているのであろう彼に声を掛ける。

「すまない……伝令からの報告だが、この地域一帯に出現した獣は全て掃討できたようだ。医療班も別働隊から援軍が向かっているとの情報も入っているので、このあとは私たちだけでも大丈夫だろう」

話の先が読めたようで、少々怪訝な顔をしている彼に軽くウィンクしてみせる。

「不滅隊本隊を預かる身としてとして毎度君に頼るわけにもいかないしな……それに英雄は“いざ”という時に出てこそ英雄だろう?」
「そんな大それたものになったつもりは今でもないんですがねえ……でも確かに僕がいた方がいい状況は終わったと見てよさそうですね」
「まあ、仕方ないさ。英雄とは人が呼ぶものだからな」

心底嫌そうに肩を竦める彼に、私はくつくつと笑う。流石にあの終末現象を収め、あまつさえ星を救った人間を“英雄”と呼ばない人間はそうそういない気がするが。
少しばかり笑ったあと、表情を引き締めて言葉を続ける。

「おそらくもう問題はないとは思うが、事態が事態ゆえ何もないとは言い切れない。また何かあれば力を貸してほしい」
「分かりました。しばらくはウルダハに滞在してるので、また何かあったら呼んでください」
「ありがとう。……今回の任務、ご苦労だった」

不滅式敬礼を交わし、ここを離れる彼に背を向けて私も指揮に戻った。





──続く
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