ウルダハの長い一日

    その日はグランドカンパニーへ納品する品を揃えるためにサファイアアベニューのマーケットボード前で足りない素材を調達しながら製作に励んでいたところだった。

「おお、人の子よ!今日も励んでおるなあ!」

その快活な声のする方を振り向くと、燃えるような赤髪のヒューランにしては長身の男性が手を振っていた。傍らの青髪の男性と共にこちらに向けて歩いてくる。ちょうど製作が一段落した僕は製作道具一式を片付けながら立ち上がった。

「こんにちは。今日も散策ですか?」
「うむ!人の子の営みはいつ見ても飽きないからのう」

この赤髪の男性──人の姿に擬態したナル神だ──は楽しそうに頷いた。隣に立つザル神も周りを見回しながら静かに同意する。

「一頃はどうなるかと思ったが……人の子は本当に逞しい」

この星を襲った未曾有の終末現象は各地に大きな被害と爪痕を残した。それでもここウルダハは比較的被害が少なかった方だ。ラザハンを始めとした各国では偽神獣と呼ばれる強力な個体が出現し甚大な被害をもたらしたことは記憶に新しいが、それが出なかったことは大きい。
そして生き延びた人々は前を向き、少しずつではあるけれどもまた新しい日々へと歩き始めていた。

「して、何やら作っていたようだが」
「ああ、グランドカンパニーへ納品する品を作っていたんですよ」
「グランドカンパニー?……ああ、エーテライト横のあの施設か」

一瞬の沈黙の後、あそこかといった様子でザル神が頷く。確かに神様には縁がなさそうだもんな、グランドカンパニー……などと考えていると、いつの間にか僕の身長に合わせてしゃがんでいたナル神におでこをつつかれた。僕を見つめる目がキラキラしている。上を見上げるとザル神もそこはかとなく期待のこもった目で僕を見下ろしている。あ、これは。

「「私達もついて行っても構わぬか?」」

……言われると思った。神様なのに(神様ゆえか?)好奇心旺盛なこの双子の神は、僕を見つけるとなんやかんや言って同行しようとしてくるのだ。流石に危険な依頼や機密保持が絡んでくる話がある時は断るのだけど、今回はそういったものもないし……というわけで受諾する。いつもは都市内の簡易エーテライトを使って移動するのだが、二神と一緒なのにそれは味気なさすぎるかと思った僕はナルザル神と共に不滅隊本部へ向かって歩き出した。


□■□■


    エオルゼア三国が有するグランドカンパニーは、それぞれ正規の隊員達だけでなく冒険者も広く登用している。冒険者たちはその本分ゆえ正規隊員ほどの拘束と責任は負わずに済むが、代わりにそのフットワークの軽さを活かした幅広い任務を任せられる。そのひとつがこの納品任務である。その時々で必要な物資リストが開示され、該当する物資を納品すれば専用の通貨である軍票が支払われるという仕組みだ。
ちなみに、──ある程度以上の階級を持つ冒険者でないとできないが──物資リストに載る品以外にも各地のダンジョンなどで見つけた品も納品することができるので使わない装備が嵩張ってきた時などにも重宝するシステムである。
今回製作したものは特に品薄で支払われる軍票に色がつく品を中心に揃えたため、多くの軍票を手に入れることができた。それを元手にリテイナー達に支払うスクリップや装備修理用のダークマターなどを交換する。それを後ろから興味深そうに見つめられると何だか気恥ずかしい。気持ち早めに交換を済ませ、そそくさとカウンターを離れる。

    近付いてきた僕を見て終わったと察したのか、柱に寄りかかって様子を眺めていたザル神が身体を起こす。

「……もう終わったのか?」
「ええ、今回は納品だけですから」

実を言うと僕はちょっとした小隊を任せられている立場でもあるので、そちらの方も気にしなければならない……のだが、今僕の隊は任務に出ているのでそちらは気にしなくてよかったのは幸いだった。流石に神といえどもそこまで見せる訳にはいかない。

「さて、人の子よ。このあと用事は何かあるのかのう」
「いえ、特には。……あ、クイックサンド行きます?新メニュー作ったってモモディさん言ってましたよ」
「ほう?ならばその新メニューとやらを味わいに行こうではないか」
「うわっ!?」

言うが早いが、ナル神は僕を抱き上げると意気揚々と歩き出した。身長差があるから仕方ないのだが、見失うからという口実で隙あらば僕を抱き上げようとするのはやめて欲しい。せめて一言くれ。ザル神はその様子を見ながらくつくつと笑って後ろからついてくるのであった。


□■□■


    不滅隊本部を離れ、クイックサンドへ向かっている時にそれは起きた。突然の悲鳴、大地を踏みならすような地響き。壁がなぎ倒されるような轟音。顔を見合わせた次の瞬間、ザル神が走り出す。ナル神は肩に担いでいた僕をおもむろに小脇に抱え直すと、同じように音のする方へ走り出した。

「ちょっと失礼しますよ」

一応の断りを入れて僕は職人の装備から戦士への装備へと瞬時に着替える。先程とは比べ物にならない重量がナル神の腕にかかったはずだが、一切動じていないところを見るとナル神にとってはなんていうことはないらしい。まあ僕ララフェルの中でも小柄だしな。
現場に近付いて音の正体が判明する……なんてことだ、あれは。

「何故終末の獣が……!?」

見るだけで恐怖を引き起こす黒く禍々しい異形の姿。そして何よりあらゆる生命の律動を感じられないあの空虚感。見間違えるはずもない。

「あれが……終末の獣……」

ザル神が低く呻く。死を司るかの神にとっては見たくもない存在なのではないか、と思う。獣に変わり果てた人はエーテルが腐り落ちてしまい、星海に還ることもできない……それはザル神の御許に辿り着くことはおろか、魂の裁定すら行えないということを意味する。人を愛するこの双子の神はそれをどれだけ悲しんだだろう、と頭の片隅で考えた。
しかし感傷に浸ってもいられない。瞬時に頭を切り替えて、僕を抱きかかえるナル神の顔を見上げる。

「ナル神、すみませんがあの獣に向かって僕を全力で投げてもらえます?」
「「はあ!?」」

流石のナルザル神も驚いたように僕を見下ろす。が、この際構っちゃいられない。

「この距離では普通に走るより投げてもらった方がはるかに早く接敵できます。ことは一刻を争うので時間は可能な限り切り詰めたい」

そう一息に言うと、ナル神がはあ、とため息をついた。

「言って止まるような汝ではないものな……無茶だけはしてくれるなよ!」

そう言うが早いが小脇に抱えていた僕の腰を両手で掴んで腰の辺りに構えると、勢いよく放り投げられた。獣に向かって飛びながら自分の裡に眠る原初の力を解放する。着弾地点を見極めながらその加速を殺さないように斧を抜刀し、振り下ろした弾みで僕の身体を回転させてさらに勢いをつける。
数度回転したところで獣が近付いたので、その勢いのまま獣の頭に斧を叩きつけ、そのまま斬りおろした。獣が雄叫びをあげて仰け反る。着地した勢いのままに今度は獣の胸あたりを狙って斧を振り下ろし、追い打ちをかける。さらに追撃を入れようとした瞬間、獣の頭上に火球が連続して現れ、次々と爆ぜた。爆発と熱に耐えられずに獣が倒れる。
息をつく暇もなく倒れた獣の影からもう一体、別の獣が襲いかかってくる。迎撃体制を整えようとしたその刹那、僕の頭上を飛び越えていく燃え盛る赤が見えた。

「ハッ!」

一気に獣との距離を詰めたナル神の蹴りが獣の顎に直撃し、そのまま流れるように連撃と青い光を放つ波動が獣に向かって叩き込まれる。横からの攻撃で一気に体力を削られた獣は勢いよく壁に衝突し、それがとどめとなったのか先の獣と共に黒い靄となって消え失せた。

「人の子よ……!無事か!?」
「おかげさまで……援護、助かりました」

呪具を持ったザル神が駆け寄ってくる。とりあえずの危機は脱したようだが、まだ騒ぎの声は収まらない。

「た、助けてくれ……!外で見たこともない魔物が暴れてるんだ!」

ハッとしてナル大門の方を見ると、命からがら逃げてきたと思しき人が助けを求めて叫んでいた。確かに外から微かに悲鳴も聞こえる。考えている暇はない。僕はクイックサンドに駆け込んで叩くように扉を開けた。

「モモディさん!」
「貴方は……!?一体何が起きてるの!?」
「詳しい説明は後でするから、とりあえずここを避難場所にさせて!」
「え、ええ……!?分かったわ、逃げている人達がいたらここに連れてきて!」

モモディさんは状況が分かってないながらも僕の無茶を二つ返事で了承してくれた。今度来た時は奮発して注文しなきゃな。そんなことを思いながら追いついたナルザル神の方に向き直る。

「状況が状況です。……手伝ってくださいますよね?」
「「愚問だな」」

頷く二神。僕は頷き返すと、手短に告げた。

「ザル神は逃げ遅れている人をここに誘導してください。ナル神、すみませんが僕と一緒に中央ザナラーンへ来て下さいますか」
「あいわかった」
「任せておけ」



──続く
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