高遠遙一
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どこまでも続く水平線。
静かに海を進む船に凜華はいた。
いつも隣にいる人はいない。むしろ黙って出てきた。
喧嘩をした訳じゃない。
これがあの人の為になる。
それなら私はこれで良かったって思えるようにするから。
…これで良かったんだよね?高遠さん。
ちょっとだけ雲がかかった、晴れた日だった。
仕事だからと高遠さんは出ていってしまっていて、今はいない。
滞在日数が残り僅かのオーストリアを、1人で満喫しようと凜華はカフェテリアへ立ち寄った。
「メランジェとザッハトルテをお願いします」
入った店は時間帯が良かったのか、観光客も少なく、落ち着いていて店員の愛想もよかった。
「(高遠さんも一緒に来れたらゆっくりお茶して、それからカツレツ制覇したのにな)」
そんなことを思いながら杏ジャムの入ったザッハトルテを口に入れた。
「…ほんと本場は甘いわ」
そんな事を呟いた時
「ご一緒しても?」
久しぶりに日本語を聞き、ぱっと顔を上げると顔立ちのいい男性が自分の向かいの席を指していた。
「ど、どうぞ…」
「ありがとう」
男性は礼を言うと、流暢なドイツ語で注文を頼んだ。
「…ドイツ語お上手ですね」
「貴女に比べたらそうでもないですよ」
「いやいや、私そんなにドイツ語圏内にいる訳じゃないんで、通じないことばかりですよ」
メランジェの入ったカップを片手に、苦笑いで否定をする。
「ん、そう言えば、何で私が日本人だって分かったんですか?確かにドイツ人みたいな感じではないですけど…」
「…何故だと思います?」
意味ありげに微笑む男性に、凜華は少し寒気を覚えた。
「…な、んででしょう…?どこかでお会いしましたっけ…?」
「いいえ?私は貴女とこうやって会うのは今回が初めてですが」
「じゃあなんで……」
この人は何かを企んでいる。
しかも、私じゃなくて高遠さんの障害になる人だ。
そう頭の中で警鐘が鳴り響いている気がした。
「…あなた、誰なんですか」
「どうぞ」
そんな不穏な空気が流れてるとは知らず、店員がにこやかに注文のメランジェを置いた。
「ありがとう」
「ごゆっくり」
店員に同じようににこやかにお礼を言う。
この人はどこからどこまでが本気なのか分からない。
「随分警戒されてますね。まあ、無理もないですか。…私は明智健悟という者です。以後、お見知りおきを」
「明智…健悟…?」
なんか、聞いたことある名前。
「えぇ。高遠遙一と一緒に行動している如月凜華さん?」
「!」
高遠さんの名前が出た瞬間すぐに思い出した。
高遠さんの邪魔をする警視の名前が確か明智健悟だったはず。
「───へぇ、私の名前までバレバレ…ですか」
「日本の警察は優秀ですから」
「…優秀で厄介な警察ね」
「お褒めの言葉、ありがたく頂戴します」
「ちっとも褒めてないわ。その優秀な日本警察の、しかも警視が何故こんな所へ?生憎あなたたちが追っている高遠さんはいないけど」
「凜華さんに1つ、お話ししたい事がございまして」
何となくのどが渇き、メランジェの隣にある水の入ったコップに手を伸ばし、一気に流し込む。
「へぇ…何かしら?」
「よく、お聞きくださいね。貴女に少なからず影響を与えるお話ですから。あぁ、ザッハトルテを食べながらで結構ですよ」
そう言われて食べながら話を聞けるはずもない。
黙っていると、明智は小さく肩をすくめる素振りを見せて話し始めた。
「…私から凜華さんへ忠告差し上げます。貴女が何故高遠と一緒に行動しているかは分かりませんが、一緒にいる限り常に危険が伴います」
「そんな事分かっ…」
「私たち警察は変わらず高遠を探し追い続ける」
言葉を言葉で制され、口をつぐむ。
「今まで1人だった高遠が貴女というお荷物を増やしてしまったために、確実に私たちが追い詰めてきています。───それでも貴女は高遠と一緒にいることを選びますか?」
嫌な空気が流れる。
「…そ、んな脅しみたいに言ってハッタリかまそうったって…!」
「じゃあ、何故私が今ここに来て、貴女と話をしているんでしょう?」
「……!」
「言わなくても賢い凜華さんなら分かりますよね?」
確実に高遠さんに近づいてきている──。
それは私がいるから、そういう事なの?
「…ごちそうさまでした」
ふと顔を上げると、いつの間にか明智はメランジェを飲み干していた。
「私が言ったことの意味をよくお考えください。貴女自身だけではなく、高遠の為にもね」
これは私と貴女の代金です。遠慮せずに。
そう言って明智は席を立ち上がり、そのまま街の中へ消えていった。
「……」
ただ茫然と外を眺めた。
あまりにも唐突すぎる。
これからどうするべきなのか。
……でも答えが出て決心するまでそう時間はかからなかった。
──────。
「…よし」
あれから考えた。
子供じみた答えしか出なかったけど。
冷めに冷めたメランジェは味が分からなかった。
ザッハトルテはただ口に運んで無理やり押し込めた。
代金は…明智健悟からもらったのをそのまま払った。
持っていたくもないし。
ぼんやりとホテルへ向かいながら、高遠さんの存在がこんなにも大きかったんだと思った。
普段はいることが当たり前すぎて、自分1人の時間もうまく使えてたのに。
今考えたら高遠さんが隣にいてくれるって、そう思えていたからそれができてたんだって。
だけど、それは私の独りよがりな考えで、知らない内に私は高遠さんのお荷物になっていたんだ。
一緒にいること自体が。
いまさら気付いた。
───でももう戻せない。
だったら、彼を守れるならどんな手段でも選んでやろうじゃない。
私の気持ちは二の次。どうにだってなるはず。
私ができることなんて、限られているんだもの。
あれから私はオーストリアからドイツへ行き、陸路を列車で走り、今は船に乗っている。
行き先は特に決めてない。
帰る家はないから日本へ行こうとも思わなかった。
この船が行く先でいい場所があったら降りようかな、そのくらいの気持ちで凜華はいた。
「さよなら、高遠さん」
歪んでるだろうけど、仕事をしている時の高遠さんが好きだから。
私が一緒にいなければ、高遠さんはずっと私の好きな高遠さんでいられるなら、これで良かったんですよね?
今日は雲一つない、星空が綺麗な夜だった。
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大好きなオーストリア。
どこにでもカフェテリアがあります。
メランジェはカプチーノみたいなものです。
ザッハトルテは、本場は甘くて、砂糖の入っていない生クリームと一緒に食べると丁度いい甘さになるそう。
本場のは取り寄せると恐ろしく高いので、未だに食したことがありません…。
また木箱に入って届くそうで、余裕がある人は輸入もいいかもしれないです。
余談ですが、メランジェには何故かお冷やが一緒に出てくるそうです。
学生時代にプレゼンをしなければならず、オーストリアについて必死に情報を集めまとめた日々が懐かしい。
では、前編で出番の無かった高遠さんも後編ではちゃんと出ますので…!
(こんなに長くなる予定ではなかったんです)
2013/10/14
14:03
2018/4/3
0:35一部修正
如月凜華